お前は幽霊ってもんを欠片も分かってない。このままじゃ、死ぬぞ

えっ……?

 私はコウさんの言葉の意味を必死に考える。何かもう直接的な脅迫だけど、私には何のことやらさっぱりわからない。しばらく私が唸っていると、コウさんは笑うでもなく、真面目な顔をして私に言った。

冗談でも何でもない。今すぐ会社――出版社を辞めろ、と言いたい程だ

それって……オカルト系の雑誌だからですか?

それもあるが……それ以上にお前自身がオカルト記者に向いてないからだ

 そう言うと、コウさんは私の目を真っ直ぐ見つめる。あんまり私は頭がいいわけじゃないけど、これは分かる。嘘は、吐いてない。

…………

 私は言葉を失った。まだなったばかりの、念願のお仕事。それなのに今日出会ったとはいえある意味プロ(?)の人に頭ごなしに否定されてしまうなんて。
 俯いた私に、コウさんは満足そうな声で言った。

わかったらとっとと退職しろ。お前には幽霊も何も分かんねーんだから。命の方が大事だろ

 そのまま手を振って立ち去ろうとするコウさん。私は思い切り顔を上げ、その背中にぶつけるように言ってやった。

私、辞めませんから!

は!?

 思いもよらなかったらしいその言葉に足を止めたコウさんは慌てて振り返るが、私はその場から逃げ出すように走った。後ろから聞こえてくるコウさんの制止を振り切るように、出来るだけの速さで走る。
 コウさんは、追ってはこなかった。

ちくしょー……天邪鬼かよ。チッ、仕事継続か

ただいまー……

 特に誰かがいるという訳ではないが、小さい頃からの癖でそう言いながら私は部屋に入った。逃げるように帰ってきてしまったため、ご飯を買いそびれてしまっていることに気付きそっと冷蔵庫を開けて中身をチェック。辛うじて食べられるものがあるので今日はこの辺りでガマンする。

ご褒美はおあずけ、かぁ……

 つい出てしまった溜息ごともう一度飲み込んでしまおうとご飯を勢いよく食べてしまうと、ふと窓の外が気になった。
 なんとなく、外で何か動いた気がしたのだ。

んー?

 風でも吹いたのかな? そう思って見やった窓の外、ほんの少し開いていたカーテンの隙間から、きらりと何かが光る。窓ガラスに反射した光かと思ったけど、どうもそうじゃないらしい。
 気味が悪くなってくるのと、わくわくしてくるので、私は好奇心を抑えられずにカーテンを開けた――

あっ! 起きたな茅ヶ崎! ったく、寝落ちしやがって

ふぇ……?

お前は全く……。疲れてんだか知らんが、思いっきり突っ伏して寝やがって

わ、私、寝てました……?

ああ、もう清々しいぐらいぐっすりな。おかげで起こすタイミングを失っちまった

え、え、じゃあ、今何時ですか!?

日付変わった辺りかな

えええええええ!? しゅ、終電!!!

 思い切り立ち上がり、急いで片づけを始める私の姿に、編集長は我慢できないとばかりに大笑いを始める。ううー、どうして起こしてくれないんですかー、と心の中で思うも、そもそも寝てしまった私が悪いので仕方なく何も言わない。

うう……どうしよう……タクシーで帰るしかないかぁ……

 タクシー、結構高いんだよなぁ……。と、予想外の出費の文のやりくりをどうしようか必死で考えていると、編集長が思いもよらない言葉をかけてくれる。

そうだ茅ヶ崎、家まで送るくらいはしてやるよ。野郎の車に乗るのに抵抗がなきゃだけど

ほ、ほんとですか!? 是非!

……いや、いいんだけどよ、もうちょいなんかこう……まぁいいや、茅ヶ崎らしい

 何故か溜息を吐く編集長に首を傾げながらも、そのありがたい申し出に乗らないわけがなく、私は編集長の後ろに付いていった。

そういえば編集長って、奥さんとかいらっしゃるんですか?

は? ……本当お前凄いよな、無意識か?

無意識か……。独身だよ、悪かったな

あ、ごめんなさい、聞いちゃいけないことですか?

いや違くて…………もういいわ。車持ってくるから、待ってろ

 そう言って歩いていく編集長の後姿を見送りながら、手持無沙汰な私は鞄をぶらぶら、景色をぼーっと眺める。

 時間も時間とはいえ、都会の割にはかなり静かな気がする。出歩いている人も見えず、お店は全て閉まっている。さっき編集長は日付が変わった辺りって言ってたけれど、そのくらいでもこんなもんなのかなぁ。
 少し待っていると、遠くから車が走ってきた。
 ……ん? 遠く?

 と、私の目の前で止まる車。しかし、編集長の車がそんなに遠くから来るものだろうか。だってこのビルにだって駐車場はある訳だし、ここに止めないのはおかしくない? 
 そして、私の疑問に答えるように、車から降りてきたのは、

見つけた

コウさん!?

綾芽、どうしたらいいですか?

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