ふーぅ……

 私は一人、大きく深呼吸をする。
 この場所の名前は“幽霊対策庁”、通称幽霊庁。私の今日の仕事は、ここで働く職員にインタビューをすること! 編集長曰く、アポは取ったらしいから私の名前を言えば後はちゃんとなんとかなるはず!

よーっし、頑張るぞ!

 意気揚々と幽霊庁に入ろうとする私。しかし、建物から出てきた一人の男性が私を引き留める。

君、職員かい? ここは関係者以外立ち入り禁止だが

 そうなのだ。まだ新設だからなのか扱ってるモノがモノだからか分からないけど、ここは出入りが相当厳しい。私は他の省庁とか入ったことないから知らないけど、多分きっとかなり厳しい。……どうなんだろう?
 とにかく、私は胸を張って答える。だって編集長は問題ないって言ってたし。

えっと、私、『月刊オカルティズム』の茅ヶ崎です! 本日は取材をさせていただきに参りました!

 敬語とか問題ないかな? とか思いながら精いっぱいの笑顔を男の人に向ける。これできっと通してもらえる……と思った私の期待は一瞬にしてたたき折られてしまう。何故なら、男の人は訝しげに私を見たからだ。

『月刊オカルティズム』……? 聞いたことないな。悪いけど、帰っていただけませんか

 たっ、確かに、まだ『月オカ』が無名雑誌なのは認めるけど……。でも、取材アポを取ってる記者に対してその対応は無いんじゃない? カチンと来た私が名刺とかまで見せて強気に出ようと鞄に手を突っ込んだ時、その手が後ろから止められる。

ひゃぁっ!?

 突然だったので変な声が出てしまった。その手の持ち主を見ると、私より少し上くらいの、それでもかなり若い男の人が此方の顔をじっと見ていた。そして、私を中に入れてくれない人――もうおじさんでいいや、おじさんをちらりと見やると、私の手を引いた。

え、ちょっと!

いいから

 明らかに若干苛立っているような男の人は私を幽霊庁の入り口の門の辺りまで引き戻すと、もう一度おじさんの方を見る。おじさんは私を一瞥すると、そのまま幽霊庁へ入って行ってしまった。

何するんですか! っていうか、アナタ誰ですか!

それはこっちの台詞。さっきのアレも言ってたでしょ? ここは関係者以外立ち入り禁止なんだけど

 おじさんをアレ呼ばわりした男の人は辺りを見回したかと思うと、私の事を足元から舐めるように見る。

……な、何ですか

 正直セクハラに当たると思う。見ず知らずの人をそんな変な目で見る普通? この男の人がちょっとイケメンだから一瞬感じなかったけど、でもやっぱり気持ち悪いよ!
 そんな私の抗議には微塵も反応しなかった男の人は顎に手を当て何か少し考えた後、口元を緩ませる。

面白いな、お前。追い返そうと思ったが、気が変わった

 そう言うと、彼は胸元から何かを取り出して私に差し出す。どうやら名詞だ。片手で出されたそれを私は反射的に両手で受け取り、読む。そこには「幽霊対策庁民事局除霊課、花房甲」という文字があった。
 

ハナフサコウ……除霊課!?

 彼の名前を読み上げた直後、彼は何かを言おうとしたように見えたが、特に何でもなかったように改めて笑みを作っていた。

そ。つまり、俺もちゃーんと中の人間なの。不審者じゃねーよ、本物の不審者サン

ふ、不審者じゃ……!

一個教えてやる。元々幽霊庁は取材なんてほっとんど断ってんだ、お前のとこみたいなゴシップ誌じゃ取材なんて無理に決まってるぜ

でも、編集長がアポ取ったって言ってますし……

大方、電話かけて適当に捲し立てたのをアポとか何とか言ってんだろ? 

 一々腹の立つ言い方をしてくる男の人――花房さんに何か言い返してやろうかとも思ったが、さっきのあの対応を見る限り完全に否定はし切れない。幽霊庁が取材を受けないというのも有名な話だからこそ、彼の言葉には真実味がある。この場で真実を持っていないのは、私の方だ。

で、でも、じゃあ……どうしたら

 今から会社に戻って編集長にそう言うの? 「アポなんて取ってないじゃないですか!」って? ……でも、他にすることもないか……。と、私がとぼとぼ帰ろうとすると、ニヤニヤと笑ったままの花房さんが「おい」と声を掛けた。

俺で良ければ受けるぜ、取材とやら。どうせ今日は午後休なんだ、これから帰るところだったし

 思いもよらない申し出だ。色々と変な人だし何かセクハラっぽいことしてくるけど言ってる事は一応まともだし何しろ幽霊庁の人間が取材を受けてくれるなんて! ……って、良い話過ぎない? まさか、取材とか何とか言って、アヤシイ事になるとか……。

悪いけど、お前の貧相な体はどうでもいいから。変なドラマの見過ぎか? それともそういう思考をするようなゲームのやりすぎか?

むぐぐっ……色々と失礼な……っていうか、何で分かったんです……!

この流れでそんな顔してりゃ気付くっての。お前こそ失礼な奴だ……、そこまで餓えてねーわ

いや、乙女ゲームの内容の方を……

じょ、常識だろ!? よくある物の話をしてるんだよ俺は!

 何故か顔を真っ赤にする花房さん。何となくだが、危ない人には思えないので私は改めて申し出を受けることにする。一応マナー的に、まだ名乗っていないことに居心地の悪さを感じる私は彼と同様に鞄から名刺を出そうとするが、彼がそれを制する。

どんだけ名刺に拘ってんだよ。さっきも身分証明に使おうとしたろ、やめとけ

え? な、何でですか?

今お前が持ってる名刺は絶対に出すな、としか言えねぇ。……三流雑誌のライターっていうのはお前が思うより信用薄いぞ

 何でこの人は一々人を馬鹿にしなきゃ喋れないんだろう。でも、何となくそれは正しい気がした。名刺を見せることがいけないというよりは、彼の言うとおり本当に、“今私の持っている名刺”を出してはいけない気がしたのだ。仕方なく、私は何も出さずに自己紹介をすることにした。

それじゃあ、口頭だけですけど。茅ヶ崎綾芽です! よろしくお願いしますね、花房さん!

お、おう

 私が折角笑顔いっぱいで挨拶したというのに、花房さんはどこか不満げだ。また何か悪口でも言われるのかと思ったが、どうやらそうではないらしく、花房さんは私に小声で言う。

苗字呼ばれるのあんま好きじゃないんだわ。とはいえ下の名前呼び捨てっつーのも落ち着かねぇから、コウさんとかで頼む

コウさん、ですね……わかりました!

 きっとさっき私が彼のフルネームを口に出した時のあの反応はこれが原因だったのだろう。うんうんと頷きながら、私はコウさんを近くのカフェに誘った。

多分、中には入れて貰えないでしょうから……近くにおいしいケーキのカフェがあるんです! そこで取材という事でどうでしょうか!

ケーキ……は捨てがたいけどよ、一応個室とかが出来るところで頼みたいわ。話の内容が内容だろう

た、確かにそうですね! 個室もあったと思うので、ちょっと電話してみます!

 私がこの辺でお気に入りのカフェに電話をかけている間、コウさんは何か考え込むような動作をしていた。やっぱりいきなり取材とか、難しかったのかな? でも本人が良いって言ったんだから大丈夫だよね?
 

えへへ……ここのケーキ、おいしいんですよ!

良く来るのか?

はい!

 と、やってきたカフェの個室で目の前のケーキにはしゃぐ私。勿論コウさんの目の前にも同じケーキがある。
 私がケーキを頬張りながら幸せに浸っていると、少し困ったような顔のコウさんが私の顔を覗き込んでいた。

……? 何ですか?

いや、取材……じゃなかったのか?

 ……言われて気付いた。そうだった。ケーキに幸せになってる場合じゃない。

あわわわわわごめんなさい! つい……

 慌てて私はペンやメモ帳を取り出す。ボイスレコーダーを手に取ったところで、コウさんが制した。

一応それは却下で。メモまでは……まぁいいかな

 本当はおっちょこちょいな私が正しくメモを取れる自信がないために使いたかったものなのだが、そう言われては使えない。しぶしぶ私がそれを仕舞うと、コウさんはやれやれと肩を竦めた。

一丁前に持ってるもんは持ってるんだな。ナメてたわ

そうやって、悪口ばっかり言うから録音されたくないんじゃないんですか?

ま、それもあるってことにしておいてやるよ

 ……なんだかんだ言って、そこからの取材は上手くいってしまっていた。私が事前に作っておいた質問を、コウさんは彼が答えられる範囲でしっかりと答えてくれた。幽霊庁が何をしている、という部分に関してはほとんど調べれば分かる程度の事しか教えてくれなかったが、彼がやっているという除霊課の仕事に関しては多少突っ込んだ話も聞けた。

じゃあ、基本的には幽霊と対話して和解の方向に導くのが除霊課のお仕事なんですね

まぁな。だから中に居るのは大体霊媒師とかそういう家系とか、とにかく霊とコンタクトが取れる奴だ。昔は誰も信じちゃいなかったくせに、政府公認の霊媒師となりゃあ周りの目も変わったよ、面白いくらいにな

大変だった、とかそういうお話って聞けますか?

一応守秘義務があるから詳しくは話せねぇけど……生きた人間相手にするより、もしかしたら危ない橋渡ってるかも、って時はある

ほうほう……

……こっからは俺の興味なんだが、お前は幽霊とかそういうのは信じる方か?

えっ!?

 突然話を振られたので驚いてしまった。でも、改めて考えてみると、幽霊庁なるものに取材している割には私自身はそんなに幽霊といったものを信じていなかった。それを正直にコウさんに話すと、嫌な顔でもするのかなとか思ったけれど、意外にも彼は「だろうな」と笑っていた。

そもそもお前、幽霊とか分かって無さそうだからな

失礼な! わかりますよ! お化けの事ですよね!

ま、そうなんだけどさ。……おっもしれー奴

 何が面白いのか全く分からない。けど、だからといって詳しく分かるわけでもない。このままこの話が終わってくれるならそれでもいいか、と私は口をとがらせるだけで抗議はせずに留まった。
 結局、それきりその話は終わり、残りの取材もきちんと終えた。真面目な話ばかりだし、難しい言葉をメモするのは大変で、私のメモ帳は大分真っ黒になっていた。

今日はありがとうございました! 助かりました!

それはよかった。……それより、この後お前は職場に行くのか?

そりゃあ、そうですけど

……俺も行っていいか? 入口まででいいから。三流雑誌の出版社ってのがどんな場所なのか気になる

 変な人、とは思ったけれど、特に断る理由もない。だから私はコウさんを私の職場へと案内することにした。
 ――今思えば、それが始まりだったんだな、と思う。

綾芽、初仕事です!

facebook twitter
pagetop