明るい照明が照らす中、私は大きな機械を使って金属を削り出し、小さな部品を作っていた。
 ここは都内に有る小さな金属加工工場。高校卒業後すぐに就職し、ここで働き始めた。
 すぐに就職したと言っても、大学進学を諦めたわけでは無く、私が通っている大学は夜間で、日中はここで仕事をしている。
 別に実家の家計が苦しいわけでは無い。むしろ私の家は裕福な方だろう。だけれども私はあの家に居たくなかった。
 私の家は格式有る家柄で、高校生の時にお見合いをさせられたりもした。その時、私には断る権利など無かったのだけれど、どういう巡り合わせか、相手は後輩の友人だったので、なんとか頼み込んで相手方に断って貰ったのだ。
 それ以降、私は家で居づらい思いをした。もしかしたら、あの時の縁談に乗って婚約を交わしてしまった方が楽だったのかも知れない。
 でも、どうしてもそれは受け入れられなかった。

 高校在学中、図書委員を務めていた私は図書館の中の本を沢山読んだ。その中で、異質な本が数冊有るのに気がついた。
 その本は他の学校の文芸部が発行している物で、どうやら漫研の部員が図書館へと持ち込んだ物だったようだ。
 興味本位でその本を開き、他の学校の生徒はどんな話を書くのだろうと目を通した。
 執筆者は3名。鉱石を巡る古代の話、宝石を詰め込んだような優しい物語、そして、煌めくような星の話が載っていた。
 私は、星の物語にどうしようもなく惹かれた。多分、この3本の中では一番拙い出来だっただろう。だけれども、その物語から伝わってくるおおらかさ、優しさ、自由、そしてほんの少しの寂しさが、私の心を捉えて放さなかった。
 気がつけば私は、その物語に、その物語を書いた顔も知らない人に恋をしていた。

 工場でいくつもの部品を造る日々。その中で、1つ年上の先輩が何かと私を気にかけてくれていた。

うーん、ちょっと今日はミスが多いね。
廃棄分が結構出ちゃってる

はい、すいません

でも、入って来たばっかりの時よりはちゃんと出来るようになってるから。
今日は学校の後ちゃんとゆっくり休むんだよ


 私達が作ってる部品が、一体どういう製品に使われているのか。話は一応聞いたけれども製品の用途が難しすぎて私は勿論、先輩もよくわかっていないようだった。
 ただ、少しでも規格から外れると人の生死に関わるものだと、その事だけは言われて理解出来たし、いつも心に刻んで作業をしている。

 お昼休みになって、先輩と一緒にお弁当を食べる。
 先輩は実家からこの工場に通っているそうで、お弁当はお母さんのお手製らしい。

毎日自分でお弁当作るなんて偉いなぁ

あらぁ?先輩は、自分でお弁当作ったことあるんですかぁ?

料理は学校の調理実習でやっただけなんだけど、それだけでも大変なのに、毎日ご飯やお弁当を作ってる人は、本当にすごいと思うよ


 普通なら、自分がやらないことの労力なんて想像しない人が多いだろう。けれども先輩は、自分に出来ないことを出来る人はすごい人だと、信じて疑っていない。
 そんなに素直な先輩が、学校は大学まで行くべきと言う世間の風潮に流されず、高卒で就職したのは不思議に思えた。
 しばらくその疑問を抱えたままだったのだけれど、ある時先輩に訊ねたのだ。何故大学に進まなかったのかと。
 すると先輩はこう答えた。

天文学をやれる大学行きたかったけど、俺バカだからさ、大学行けるほど成績良くなかったの


 昼休みに驚くほどいろいろな星の話を聞かせてくれる先輩が、まさか大学に行けないほど成績が悪いとは思っていなかったので、驚いた。

高校の時、星空をの眺めるのに夢中でいつも寝不足で、授業中ずっと寝てたんだよね。
後輩にもそれで怒られたんだけど、その時は学校の授業がそんなに大事な物だって思ってなかったんだ


 いつも元気な先輩が、その時寂しそうな顔をした気がした。

大学に行かないでも天文学の勉強出来るって思ったんだけど、天文の勉強するのに中学や高校で教わることが必要だってわかったの、最近なんだ。
だから今は、高校の時の教科書使って、妹に勉強教えて貰ってる


 もしかしたら先輩は、学校でちゃんと勉強をしていなかったことを後悔して、挫折しそうになったのかも知れない。けれども、素直に人を頼ることが出来て感謝も出来る先輩は、きっと強い人なのだろうと思った。

 学校が終わり、すっかり暗くなった頃、私は家に帰ってきてから食事とシャワーを済ませ、部屋の電気を落とした。
 てのひらの中にあるのは、先輩から貰った簡易プラネタリウム。先輩が高校生の頃、文化祭の出し物として作ったものらしい。
 紙で作ったドームの中に電球を入れただけの簡素な作りだけれども、先輩はとてもこれを気に入っていたようだ。
 お気に入りのプラネタリウムをなんで私にくれたのだろう。先輩に、寂しいとつい零してしまった翌日に、これをくれた。
 これで少しでも元気が出たらと、先輩は言ってたっけ。

 プラネタリウムのスイッチを入れると、部屋の中に暖かく光る星が浮かび上がった。
 きっと、きちんとした設備で見るプラネタリウムに比べると見劣りする物なのだろう。でも、私はどんなプラネタリウムよりも、先輩が作ったこの星が、きれいだと思った。

うふふ。なんだか、高校の時の事を思い出すわねぇ

 部屋の中で淡く光る星を見ながら、高校の時に読んだ星の物語を思い出す。
 あの話を書いた人も、きっと先輩と同じように、強い人なのだろう。

 好きな物を諦めない強い心は、天から与えられた才だと、私は感じた。

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