――遠くの闇に、紅く白い光が見える。

華やかだね

うらやましい

なら代わりに、言葉と命を泡にする?

 耳へ聞こえてくる、仲間達の声。
 あの遠い光を見ながら語る話題は、いつも同じようなもの。
 わたしは少し、飽きがきているくらい。
 ただ、あの街の灯火は、ずいぶん熱っぽく見えなくもない。だからこそ、なんだろう。
 憧れというより、断片でしか知らない世界ゆえの空想、と言った方がいいものだけれど。

 ここは、想像を働かせるには、とても良い。
 星明かりだけが降り注ぐ、暗い世界の狭間。
 生ぬるい冷たさへ身を浸し、激しく熱い遠くの炎へ、想いをはせるわたし達。

祭りかな

運命の出会いもあるのかしら

あるいは悲劇の始まりかも

 観察し、期待し、悲観する。
 わたし達らしい会話に、けれど、わたしは混ざらない。

あなたはどう?
泡になるまで命をかけるか、
それとも恋い焦がれるか

 問いかけられた伝説への憧れに、わたしは眼下を見つめて答える。

どちらも、この闇の底にあるじゃない

 わたしの言葉に、仲間達が一瞬沈黙。
 ふぅ、とため息を吐かれるのも、何度目か。

まぁまぁ神話のお話だし

でもでも常識に縛られるのはつまらない

だけれどあの火にとっては空想と一緒だよ

 あの三人はこの闇の底でも仲がよい。
 なぜわたしが混じってしまったのか、たまに自分に問いかけたくなる。

 そんな仲間達の会話を無視して、わたしは下半身を動かして闇を切る。
 ざばん、と音をたてて、濡れた尻尾が狭間の世界に姿を現す。
 上半身だけでなく下半身も露出したわたしは、狭間の水面に身体を浮かせた。

 この狭間の世界に身を横たえている時間が、わたしはとても好き。

 夜の乾いた風が、表皮を撫でる。

……ぅん

 心地よい微風を味わいながら、今日は声がよく響きそうだと感じとる。
 そして、その舞台となる水面を映す空もまた、それに合わせてくれたかのよう。
 わたし達の故郷と向かい合う、大きな一面の別世界。
 横たえた眼を開いて、真珠のように白く輝く、夜空へと視線を巡らす。

きれい

 数え切れないほどの輝きを見て、そう呟く。
 いつ見ても、そう想うから、何度同じ言葉を言ったか覚えていない。

確かに美しい

でもでも、毎回同じ景色で、飽きないのかな?

確実に同じではないな。
星は動き、形を変えているのだから

 仲間達の会話は、呆れも混じっている。
 すでに数え切れないくらいにこうしているから、当然だと想う。

 でも、と考えもする。

 沿岸で灯される華やかな祭りの火には、確かに心と意識が誘われる。
 とはいえ、命や声を代償にしてまで、行きたいとは想えない。
 仮初めの命を得て、この狭間の世界の存在意義を捨てるのも、わたしには理解できない行動だからだ。

 ――そんな相手がいれば、誘われる側に変わりたくなるのかしら?

 夜空を見上げ、満点の星空を見上げる。
 この光がいい。
 海の真ん中、この狭間の世界にたゆたうからこそ見れる、永遠の星の海。

……すてき


 うっとりするように言ったわたしの様子は、仲間達には筒抜け。

いつもの星空を見ているね

星座に夢を見ているのかしら

夢で食事はできないがね

 散々な言われようだ。いつものことだけれど。
 でも、かまわない。
 仲間達の関心は、別のところにあるだけ。だから、心地良い闇の世界から出てきたのだから。
 なにより……この四人での失敗は、まだしたことがない。
 だから、相性はとても良いはずなのだ。

あっ……

 わたしが星に魅入られ、想いを馳せていた時だった。
 仲間の一人が声を漏らし、次いで他の二人の頷(うなず)く気配。
 わたしもまた、視線を移す。
 天空の闇から、水平線の先にある、作られた光へと。

離れた。あれは、個の光だ

あれは逃避の光かしら。
それとも不誠実の炎かしら

どちらにしろ、悲劇への道標だね

 闇を払うような街の光から雫(こぼ)れた、小さな光。

いえ。幸せへの、純粋な旅立ちよ

 その小さな光は、か細くゆらりと、大きな光の群れから離れていく。
 淡く消えそうになるのを知りながら、その身を引き剥がしているかのよう。
 ちぎりとられたその小さな篝火は、街からどんどん離れていく。
 そしてその光がどこへ向かっているのか、わたし達の眼が逃すはずもない。

 ――だって、その時を、待っていたのだから。

夜なんて珍しい

怖いもの知らずだ

確かに人眼は避けられるよね

 くすくすと喜びの声をあげる仲間達。
 混じってはいないけれど、わたしもそう。
 こんなに早く、目的が達せられるなら、星を見る時間を増やせそうだし。

 ――それに、仕事が終われば、綺麗な輝きがまた増えていいことだから。

 小さなか弱い灯火は、闇と闇に挟まれた、こちらの世界へやってくる。
 聞こえるのは、木彫りの船体に当たる水の音と、きしむ響き。

――

……

 混じってくるのは、人語らしき、意味のありそうな言葉の羅列だ。
 その船の上に、灯りがある。
 そして、灯りの下には……それに守られなければならない、聴衆がいる。

 ――あぁ。作られた灯りも、いいものね。

 息をのみ、呼吸を整え、仲間達と合流する。

 闇夜を通す眼に映るのは、おそらく、今のわたしと同じような顔。
 喜びに満ち、発声器官を震わせ、今か今かと待ちかまえている。

 ――本当、きれい。星の海に捧げる供物を、教えてくれる光。

 夜空からこちらを見つめる、天空の光。

 そして、その天に行くための案内である、かつての人里の光。

 ――つなげるのが、わたし達の役目。

 二つの世界は、つながっている。
 夜の海に沈んだ欠片が、空の光に転写されている。
 老魚達はそう言い、自分達の役目を誇らしく語っていた。
 それは、つまり……わたし達が誘い、闇の海へと眠った灯りが、新たな星空になるってこと。

――あなた達は、どんな星になるのかしら?

 彼らの命は、わたし達より、ずっと短いと聞く。
 ならこれは、救いであり、奇跡でもある。
 だからこそ、わたし達のような存在が、狭間の世界に生まれたのだ。

 ――ゆっくりと、この水面の海で、恋人との逢瀬を楽しんでいってね。

精一杯、唄うから

 ――だって、星の海で永遠になれるんだもの。
 ――これ以上に素敵な添い遂げ方が、あるのかしら?

 その考えに、身震いする。
 羨ましい。
 ハーモニーを奏でる彼氏もいないわたしには、あなた達の幸せを祈ることしかできない。
 だから、星空へとたどり着いた姿を見るのが、わたし、とても楽しみだわ。

……『永遠を、あなた達に』

 だから――

 わたし達の声と一緒に、

 逝きましょう?

・セイレーン

神話より伝えられる、海の魔物。
人と魚の入り混じった姿で、海を行く船乗り達に、その美しい歌声を聴かせる。
だが、その歌声を聴いたものは魅入られ、虜にされる。
また惑わされた影響により、船は難破や転覆など、不幸な出来事に陥ってしまうと言われる。

星の海への誘い

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