二人が村の広場に戻ると、俺たちの前には再び村人によって人垣ができた。

 俺たちが人垣を体よくあしらい、何とか自分の席に座ったのもつかの間、村人によって再度人垣ができあがってしまった。

 その人垣の中に、アコードの親友シューの姿があった。

シュー

アルモと一緒だったようだが、うまいこといったのか?

アコード

シュー!そんなんじゃないって…

 勘違いしている…俺はそう思ったが、うまい弁解が思いつかず、シューの質問に対して返答ができずにいた。

シュー

また振られたのか?

アコード

またって、俺はまだ一度も振られていないぞ!

 シューの言葉に、思わず声を荒げる。

シュー

そうか…ていうことは、アコード、お前アルモに気があるってことだよな

アコード

シュー!

 悪戯な質問を投げかけ、不器用にウィンクをしながら、シューは人垣の中へ消えていった。

 そんなシューを横目に、俺はふとアルモを見た。

 月明かりに輝く金色の髪、俺好みの、いや、男性であれば「美しい」と感じるにはいられないであろう整った顔立ち、そして、コボルトとの戦闘でアコードが垣間見た、慈悲深く、それでいて何者にも負けまいとする気迫…

 アルモの全てが、俺にはまるでフォーレスタの森に君臨した戦女神(ヴァルキリー)であるかのように感じられた。

 豊穣と戦勝を祝う祭事も酣を迎え、村人たちの盛り上がりが最高潮になった夜半過ぎ。

 俺がアルモの席の方を見ると、先ほどと同様、まるで神隠しにでも遭ったかのように、アルモは姿を消していた。

 再びアルモを探しに行こうと立ち上がろうとしたその時、母である村長が俺の前に腰を降ろした。手の平についた土を両手で軽く叩き、正面にいる母に向かい直す。

アコードの母

アコード。アルモが旅に戻っていった。私はせめて明日の朝にと引き止めたのだが、聞き入れてくれなかったよ。どうしても、行かなきゃならないそうだ

 俺は、狼狽せずにはいられなかった。先ほどまで、良い雰囲気で話せていたのに、なぜこんな重要なことを直接伝えてくれなかったのだろうか。

 そんなことを思う前に、俺の体は動いていた。

 アルモが向かったであろう方向へ全力疾走する。

 いつも陽気で何でも話してくれる母が、なにも言わなかったことも気になった。シューの言うように、俺は本当にアルモのことを好いているのだろうか。

 その気持ちに気づいていないのは、他でもない自分だけなのか…さまざまな疑問が浮いては消え、浮いては消えを繰り返す。

 回想世界では堂々巡りを繰り返し、現実世界ではアルモの後ろ姿を見つけることができず、どうしようもない無力感が俺を襲ってきた。

 だが、同時にアルモと初めて出会った時のことを思い出していた。

アコード

最初に出会ったのは村の倉庫が置かれた南の森の外れだった。村に立ち寄ったような話もしていなかったし、北の街道を進んだのだろうか

 ふと気づくと、俺は分かれ道に差し掛かっていた。片方は南の森へと抜ける道。もう片方は、北の街道への近道だった。

アコード

だが、もし俺との出会いを少しでも良く思ってくれているなら…

 俺は、どちらの道へ進むか迷い、その場に立ち止まった。こうしている間にも、アルモとの距離が少しずつ、だが確実に離れているというのに…。

 そう思っていた矢先、今一番聞きたい人物の声が耳に入ってきた。

アルモ

アコード!どうしてここが…

 驚いて振り向いた先には、月明りに照らされたアルモが驚愕した面持ちで佇んでいた。

 アルモの姿が目に入った俺は、考えるよりも先に言葉が口から出ていた。

アコード

まだ、伝えてないことが、たくさんあったんだ!

アルモ

そ…それは、私もよ…

アコード

まだ、きちんとお礼できてないし…とにかく、ありがとう。そのさ…

アルモ

…なに?

アコード

いや…俺たちを、フォーレスタを救ってくれたこと、そして、俺の気持ちを変えさせてくれたことをさ…

アルモ

…君の気持ち?

アコード

俺は将来、母さんの跡を受け継いで村長になる。父さんが死んでから、ずっとそう思って生きてきた。村長になることが、俺の運命なんだ、って

アルモ

アコード

でも、君と出会い、初めての実戦を君と戦って、気づいたんだ。このまま、俺は村長になっていいのか、と。今の俺じゃ、村長になるには役不足なんじゃないか、って

アルモ

アコード

それに、俺の力が君の旅の役に立つなら、力になりたいんだ。君の旅の目的はまだ聞いてないけど、君の持つ剣が尋常でないものくらい、一緒に戦った俺には分かるよ。君にとって迷惑じゃないなら、俺を旅の仲間に加えてくれないか…

 俺の言葉に、アルモの緊張した顔がふっと抜けた。

アルモ

本当に?私と?

アコード

ああ、君さえ良ければ…

アルモ

だけど、村はどうするの!?あなたがいなくなったら…

アコード

大丈夫さ。母さんだって、まだ若い。俺が数年いなくなったって、全然平気だよ

アコード

それに、君がこの村に来て見せてくれた姿に、俺は憧れたんだ。外の広い世界を、この目で見てみたい!

アルモ

そう…なら…私は断る理由なんてないわ!

 手を差しのばすアルモ。俺は差し出された手を無言で握り締め、それに返した。

 すると、アルモは光の剣を鞘から抜き、頭上へ掲げた。剣が月明りに照らされ、神秘的な光を放つ。

アルモ

行こう!月光の導きのままに!

 そう言い放ったアルモの顔はとても眩しく、空に浮かぶ月より綺麗だった。

 数日後、フォーレスタを南北に突き抜ける街道の北側を歩く、二つの影があった。

 一方の影が携えた剣の鞘からは微かな光が放たれ、旅行く二人を守るかのように、淡く包み込んでいるのだった。

Episode3 に続く

Episode2「旅立ち」第4話~アコードの想い。そして旅立ち~

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