現実に疲れた
永遠のKODOMOたちに贈る
フリーマガジン――
現実に疲れた
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◇今月号の特集
おとぎ界の頂点から見た景色ー
桃 太郎氏に聞く
―p.5
◇『このおとぎ話がすごい! 2016夏』
―p.11
◇マル秘・財テク! 正しい“打出の小槌”活用術!
―p.14
◇遂に!○○姫が脱いだ…! 袋とじグラビア
―p.18
P.5
今月の特集――
――今月号の特集は、言わずと知れたおとぎ界のドン、桃 太郎氏である。不躾を承知の上で取材の申し入れをしたところ、快諾してくださった。
本来ならばここで氏のプロフィールを紹介すべきところであるが、もはや必要はあるまい。――桃、黍団子、三霊獣、そして鬼。氏の英雄譚は日本に住むものであれば、一度ならずとも耳にしたことがあるだろう。
唯一無二の貴重なインタビュー記事になったと筆者は自負している。紙面は限られている。さっそく本文に入ろう。
初めまして。拝顔の栄に浴し、大変光栄に存じます。本日はよろしくお願いいたします
ははは(笑) まあそう固くならずに。私ももう大分歳を取った。お手柔らかに頼むよ
ありがとうございます。早速ですが質問の方を。
まず、現在のお仕事についてお聞かせください
私は現在、株式会社MOMOの代表取締役社長をしております。一応副業として、実家のキビ団子屋は続けてはおります。……細々とですがね(笑)
キビ団子屋……! 鬼ヶ島からの帰還後、大ブームとなったあのキビ団子屋ですか。先代がお亡くなりになった後、閉店なされたとの噂もありましたが
はいはい。確かに一時は閉店しておりましたがね。猿のやつが「また店をやれ」とうるさいんですよ(笑) あのキビ団子は依存性が強いみたいでね。先代のばあさんは何かイケナイものでも入れていたんじゃないかなあ(笑)
結局、閉店から半年もしないうちに再開しました。今はキジに運営を一任してます。私はたまに顔出すくらいですね
なるほど。会社についてもお聞かせ願いますか
うちの会社はいろいろと手出してしまってるもんで何の会社だかわかんなくなってしまって。一応、この会社の始まりは御伽プロダクションですね。現在も柱はこれです
御伽プロダクションですか! 失礼ながらイメージと違いました……
ははは。そうですか?
私が鬼ヶ島から帰って、しばらくしてから第1次おとぎ話ブームが来ました。これは金になるんじゃないかと思いましてね(笑) ちょうど鬼を退治して、財宝もありましたし、やることもなかったですから、なんでもやってやろうという気持ちでした。
若い男の子を捕まえてきてですね、「おまえ、とりあえず寝ろ」と
…!? それは紙面に載せられないです…
ははは(笑) 記者さんは勘違いしておられる。
私が声をかけたのはある庄屋の息子でね。何もせずふらふらしておった。周りは呆れていたが、顔だけはよかった。それであることを思いついてね。私は彼に「どうせ何もする気がないんなら、3年寝続けろ。言うこと聞けばお前をビッグにしてやる」と言いました
3年…! もしかしてそれは…
そうです、彼が三年寝太郎です。彼に寝てもらっている間、私はあらゆるコネと財力をもって彼の住む村の灌漑を行いました。もちろん村人にはばれないようにね。そして灌漑工事が終わった頃合いに彼を起こしに行きましてね、「おい、この灌漑はお前がやったことにしろ」と
なんと! 三年寝太郎にはそんな裏話があったのですね
そうなんです。もう彼もおとぎ界を引退しましたし、時効でしょう。
それが最初のおとぎ話プロデュースでしたね。これに味を占めた私は、次々におとぎ話をプロデュースしていき、会社を拡大していきました
他にどんなおとぎ界のスターを輩出されましたか?
流石にここで言ってしまうと、業務に支障が出ますので回答は差し控えます
そこをなんとかなりませんかね…!?
うーん、そう言われると弱っちゃうなあ(笑)
……「○○太郎」系は大抵私が手がけました。おっと、これはちょっと言い過ぎたかな。幹部連中にあとで叱られる(笑)
なんと!? 大変なお土産を頂きました……
身振りを交え、熱く語る 桃 太郎 氏
桃太郎さんはおとぎ界のパイオニアでありながら、到達点であると思うのですが、昨今の物語業界についてどう思われますか?
そうだねえ。私が会社を興したころは物語といえば“伝承”が主だった。要は「口コミ」だね。これの良いところは人から人へと広まるうちに尾ひれがついていくことだ。
正直に打ち明けてしまえば、私の話だって事実と異なる点はたくさんある。例えば、私は桃から生まれてはいないし、鬼ヶ島へは定期的に出ているフェリーで行った(笑)
しかし、皆はエンタメ性を求める。伝わるうちに話が大きくなるのは仕方がないことだ。私もこの辺の人間の性質を利用して御伽プロダクションをやっているのだから、多大な恩恵を受けている。かつては少々の脚色は許されていたんだ。私が今この地位に居られるのもそんな時代背景があったからだ。運がよかったんだね。
しかし、現在は状況がまるっきり異なる。物語は文字として残る。ちょっとでもインチキしようものなら、「やらせだ」と叩かれる。その点、最近のおとぎ業界の若手は大変だね。
この前なんて「体が右半身しかない若手が出た」なんていうから半信半疑で見に行ったら、本当に真っ二つだった(笑) あそこまで体張らなきゃならないとはね。生きづらい世の中になった
なるほど。では今後おとぎ業界は衰退していくと?
いえいえ。そうは思いませんね。昔のやり方が通用しなくなっただけで、無くなることはないでしょう。ニーズと表現の手法が多様化したということです。これは歓迎すべきことでしょう。
ただし100年先まで残るようなおとぎ界のスターが出ることはないでしょうね。しかし、それでいいのです。個々人の中にそれぞれおとぎ話があって、スターがいる。ある意味理想的な在り方だと思いますね。……私どもの商売はあがったりですが(笑)
それでは今後の展望についてお聞かせください
目下の目標はテーマパーク開発ですね。企画は進行中です。
計画名は『鬼たのしい☆アイランド計画』。そのために鬼ヶ島を10億円で購入しました
鬼ヶ島ですか!? しかしあそこは代々、鬼の一族が管理していました。軋轢などはなかったのですか?
ははは(笑) そんなものは一切ありませんよ。
おそらく多くの方が勘違いなされてると思いますが、鬼一族とは懇意にさせていただいてます。そもそもかつて私が退治した鬼というのも一族の中でも乱暴者で、島の者が皆迷惑をしておりました。私が島へ渡ったのも鬼ヶ島の長であった二本津野氏の要請があったからです。「あやつを懲らしめてやってくれ」とね。
乱暴だった、件の彼も今では改心して、節分の時期になると都内の幼稚園・保育園を廻って、豆まき指導のボランティアを行っています
二本津野さんと現在も交流があるのですか?
もちろんです。お互い忙しいですから、昔ほど頻繁には会えませんが、年に2回は必ず会うようにしています。未だに彼の青い顔には慣れませんがね(笑)
2015年夏、二本津野 鬼也 氏と鬼ヶ島にて
よい写真ですね。それでは最後の質問です。
桃太郎さんにとってOTOGIとは?
私にとってOTOGIとは「キビ団子」ですね。
キビ団子が私と犬・猿・キジを繋いだように、おとぎは私にいろんな出会いをもたらしてくれました。こうして私とあなたが出会えたのもおとぎがあったからこそです。
育ててくれたばあさんが私にキビ団子を授けてくれたように、私はおとぎを通して次の世代に何かを伝えていかねばなりません。それが老い先短い私に残された、最後の仕事なのだと思います。
なんか臭いですかね?(笑) これで終わりってのもなんですから、最後に一言言っておきますと、私はキビ団子は嫌いです
インタビューは以上になります。本日はありがとうございました
いえいえ。こちらこそ感謝しています。またいらしてください
文責:名無 権兵衛
☆編集部便り
▼今月号より全ページモノクロ仕様に変更となりました。カラーを楽しみになさっていた読者の方々には大変申し訳なく思っております……。▼昨今、“the end”や“fin”、“(了)”などが物語の終わりを告げる常套句として用いられるようになりました。それによって当社が商標権を所有しております、“めでたし”の利用者が減りつづけており、同時に当社に入ってくるロイヤリティも年々減り続けております。▼今回よりモノクロ仕様となりましたのもそういった懐事情があってのことです。クリエイターの皆様におかれましては、ぜひとも“めでたしめでたし”をご利用いただくようお願い申し上げます。▼それでは次号でお会いしましょう。
to be continued…