君はずいぶんと可愛がられてきたようだ。

開口一番、目の前に座った男はそう言った。
その言葉は、僕を刺し殺すような、鋭いモノだった。

・・・仰っている意味が分かりません。

自分でもわかるくらい動揺していた。
なんとか体裁を取り繕おうと、無理していた。
背中を汗が一筋流れ、そのくせ身体はカタカタと震えていた。

自分とこの男以外に乗客のいない車両の中に、自分の声はやけに響いた。

だいたい、いきなりなんですか。
まるで僕の事を知ってるみたいに。
失礼な人ですね。

・・・!

・・・これは参ったなぁ。

男は目を細めて笑った。
何も知らない人が見れば、その男の笑顔は愛想の良い、好感が持てる笑顔だ。
でも、僕にはその笑顔が、今まで経験してきたどんな『出来事』よりも恐ろしく感じた。

地下鉄の、駅と駅の間の僅か2分が、こんなにも長く感じたのは初めてだ。

本当は全部知ってるくせになぁ?

なんだと?

おや、怒らせてしまったか。
いやいや悪かった、謝罪しよう。

すまないね、『坊ちゃん』。

っ・・・!

一気に身体が強張った。
その男が発した言葉は、僕を絶望に突き落とすのには十分だった。

電車が駅に着いた。
僕は隣に置いていた鞄を引っ掴んで男の前から逃げた。

あの男が誰だかわからない。
だけど、あいつはきっと全てを知っている。

僕が今までしてきた事も、されてきた事も全て。
そうでないと、僕を『坊ちゃん』なんて呼ぶはずがない。

僕は、まだ、ダメなのか。
僕だけは、まだ許してくれないのか・・・?

土砂降りの雨の中、僕は空を見上げながら、身体の中にある毒を吐き出すように、長く長く息を吐いた。

やっぱり、良い反応をしてくれたな。

いいじゃないか、面白くて。

電車の窓を雨粒が叩く音を聞きながら、停止したまま動かない電車の中で男は満足したように笑っていた。

車内を点検している車掌が、男の前を通り過ぎていった。

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