皆様、三枚のお札と言う話をご存じだろうか。

 栗を山に拾いに行った小僧が、偶然会った老婆の家に泊めさせてもらったことがきっかけで始まった話だ。

 小僧を泊めさせてくれた老婆はヤマンバだったのだ。ヤマンバは、小僧を泊めさせて、身も心も喰らい尽くす魂胆であった。

 相当ヤバい形相で包丁を息を上げながら研ぐ様は、間違い無く変態だった。ヤマンバに身の危険を感じた、お経を読まれたい小僧ランキング一位のベビーフェイスな小僧は、トイレへと避難した。

小僧

 トイレへ来たとは言え、トイレにずっといてもヤマンバに怪しまれる。かと言って、このままヤマンバの前に姿を現わせば食われる。あの変態に食われるのだけは嫌だ。絶対に。

 小僧は一枚目のお札に、自分の身代りをさせてトイレの窓から逃げた。しばらく騙すことは出来たが、ヤマンバに感づかれると一枚目の札は破けた。ヤマンバは小僧を追っかけた。ヤバい、迫っている。

 小僧は二枚目の札を使い、勢いの強い川をヤマンバの元に呼び寄せた。しかしなんと、あのヤマンバは飲んだのだ。川の水全てを。化け物か。そう思ったものの、もう札は一つしかない。

 最後の希望の札を使い、火の海を呼び寄せた。暗い道が明るくなる。おお、案外寺も近かったんだな。寺の存在を確認し、小僧も俄然やる気が出る。振り返ると、もうすでに火の海は消えかけていた。ヤマンバが飲んだ川の水を、吐きだして消していたのだ。マジシャンか。小僧は他のネタも見たくなった。

 だが、これにつられて近寄れば、襲われるのがオチ。小僧は何とか寺まで逃げ切った。

小僧

助けて下さい!!

 小僧は寺へ入ると、木魚と間違えて叩かれたいランキング一位のDカップの和尚に泣きついた。

和尚

これから真面目に修行するのだぞ

小僧は和尚の条件を呑むと、人一人が入れる程の壺に入った。

 此処からが、和尚とヤマンバの一騎打ちだ。和尚の巧みな口車に乗せられ、さまざまな形に変化したヤマンバは、最終的に豆になった。その豆を丁度焼きあがった餅でくるむと、それをポイッと和尚の口の中に入れ、一夜の戦いに決着がついたのだ。この説明は簡単か? その問いの答えは、己の胸に問いかけてほしい。ただ、この説明の全てが事実とは言えない。

――これは、そんなこんなな三枚のお札の出来ごとから一年後の話。

 小僧は約束通り一生懸命修行にはげんだ。それは、和尚の力と並ぶ程に。一人前になった彼は、先日和尚からお札の勉強を受けたばかりだ。まさか、あの時命を助けてもらったお札に、また触れられる日が来るとは。小僧も感慨深い。案外真面目に修行に取り組むと、学ぶことも多くて楽しいのだが、一つだけ気がかりなことがあった。

 最近、和尚の様子がおかしいのだ。胸の形はいつも通り美しいカーブを描いているのだが、精神面と言うべきか。普段は厳しくも優しい姉の様な存在の和尚が、夜中になると、唸り声を上げるのだ。悪い夢を見ているのだろう。自分なりに和尚のお祓いもしてみたが、そこはまだ未熟者。事態は変わらずだ。苦しむ和尚を気にかけながらも、自分には何も出来ない。嫌な予感がしていたが、その予感は、案外早く的中した。

 夜、小僧は目が覚めてしまった。普段なら、早寝早起きで夏休みのラジオ体操には毎日出ているタイプの彼が、夜に起きたのだ。まるで、あの時のようだ。小僧は気味が悪かった。 

 まさか。そう思いながらも、調理場をこっそりと覗く。そのまさかが的中してしまった。

 あの美しく、綺麗な胸のカーブを描く和尚が、包丁を研いでいたのだ。相当、相当ヤバい形相で。あの姿は、一年前のヤマンバと瓜二つ。顔が綺麗か醜いかだけの違いだ。結構違うな。

 それはさておき、とにかく和尚が包丁を研ぎに研ぎまくっており、もう刃が無くなりかける程研いでいる事実に戻ろう。小僧はまたもや身の危険を感じた。ただ、以前と違うのは、それがヤマンバから和尚に変わっていると言うことだ。あの目、唇、胸、何もかもがたまらない。彼女ならば、襲われても構わないと思ってしまうのだ。むしろ、お前を食べちゃうぞと言ってしまいたいくらいなのだ。年頃の少年なのだ、仕方ない。

小僧

お前を食べちゃうぞ~

そう言って調理場に入ろうとすると、和尚のエンジェルボイスが、あの枯れ果てた老婆の声のしゃがれた笑い声に変わっていた。あいつに食われるのだけは絶対無理。小僧は気配を消して移動し、トイレへと避難した。

 あの和尚の行動、表情、そして何よりあのカラオケで熱唱しすぎたかのような枯れた声。確実に体内にいたヤマンバが浸食している。あの美しい和尚をヤマンバ如きに食われてたまるものか。食うのは絶対に私だ。小僧は和尚から貰っていた数枚のお札を手探りで確認すると、調理台へと向かった。

 和尚は包丁を投げ捨て、中にいるヤマンバと葛藤している最中だった。小僧は駆け寄り、和尚の肩を掴んで加勢した。出ていけ、出ていけ! と、肩を強く叩いて霊を出させようとする。その度に揺れる胸を見たいからと言うよこしまな理由も無くは無い。和尚の胸が上下に激しく揺れた瞬間、和尚の口から一粒の豆が飛び出た。豆は飛び出た途端にヤマンバの姿に変化した。和尚は驚きながらも、平常心を取り戻すと、いつもの厳しい目つきに戻った。

 先程の顔は相当ヤバかったが、元が美しいだけに、普段見ることの出来ない甘えた子猫の様な好ましい顔つきでもあった。それだけに、少々勿体無い。この和尚では、食べることも出来ないし。このもどかしさ、苛立ち、ぶつける相手は一人しかいない。

 小僧はお札を構える。続けて和尚もお札を構えた。

 二人の僧に迫られ、さすがのヤマンバも、後ずさりした。小僧も伊達に一年修行していない。以前に比べて気迫も感じるのだろう。その上和尚の姿を利用する際に自身の力を多く使っていたので、もう残りの力も限られてきている。己に限界を感じたヤマンバは、両手を上げて降参の意を表した。一応二人とも僧をなので、降参する相手に危害も加えられない。様子見に、和尚が事情を聞いた。

 ヤマンバは、若い頃は多くの男が周りにおり、その度に男をとっかえひっかえしたそうだ。それは、妻や子のいる男でもお構いなしに。しかし時と言うものは残酷で、美しい身なりをしていたヤマンバも、自然の流れには逆らえず徐々に老いていった。ゆえに、ヤマンバは有り余る力を活用し、山に迷い込んだ男を包丁で脅して襲うという習慣を繰り返していたのだと言う。

 何てババアだ。和尚も小僧も吐き気に襲われる。恐るべき、ヤマンバの心理攻撃。

ヤマンバ

何で吐いてるんだよ!!

 ヤマンバは本気でキレていた。

 嗚咽を繰り返しながらも、和尚に一つの妙案が浮かぶ。

和尚

ヤマンバには、何にでも姿を変える能力がある。その能力を使って一時的に美人に変わり、男を騙して家に呼び込めば良いのでは無いだろうか

 和尚とは思えないあまりにも非道な発想だったが、ヤマンバには仏の言葉にすら感じた。おおっ! 手を胸に当て、乙女の様な目をするヤマンバを見て、たまらず和尚は座り込んだ。出来ることなら今すぐトイレへ駆け込みたい。

 ヤマンバは気にせずにその醜い姿を色白の美人に変えた。先程まで吐き気に苦しんでいた小僧が顔色を変えると、顔をにやつかせた。やはりそこは年頃の少年だ。しかしそれも、声を聞くまでの話。しゃがれた声を聞くと、無い無いと首を振った。ヤマンバもそこは困っているらしく、どうしようと二人に聞いた。そもそも、何でこんなしゃがれたババアの悩みなんぞを聞かねばならないのか。そうは思ったものの、小僧には一つの案があった。

 懐から一枚の札を取り出すと、札にヤマンバの声を可愛い村娘の声に変えよと命令してヤマンバに手渡した。ヤマンバが受け取ると、どこぞで聞いたことがあるような、普通の娘の声に変わった。どうやら成功したらしい。ヤマンバは飛び上がって喜び、急いで隣の村へと走っていった。
やれやれ。

小僧

やれやれ

嵐も去った所で、二人は眠りについた。

 それ以来、ヤマンバは寺へ何度も通うようになった。平凡で可愛い声を得る為に。
いちいち相手をするのも面倒になった小僧は、三百六十五日分の札を渡し、ヤマンバを追い返した。

 一方、村の方ではヤマンバとは別の、新たな噂が出始めていた。沢山のお札を持った、一夜だけを共に出来る色白の女がいると。その噂に、男達は皆今夜こそは我の元にと願った。その女が、あのしゃがれた声のヤマンバだとも知らずに。

ヤマンバのお札

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