エリオ

ココだな

 広く深い青。宇宙へと来ていたリアン王国の兵士エリオは、宇宙船の窓から映ったデコボコの星を見つめていた。噂には聞いていたが、アレが「月」と呼ばれるものか。

 船長とこうして話をするのも、最後になるやもしれない。エリオは船長に挨拶をして、宇宙船を飛び出た。

 エリオは国から大きな任務を任されていた。

 月にはたった一つの国があり、そこには、エリオ達が住む火星などより余程科学の進歩した最新設備の城があるのだと言う。

 エリオの国は、レンガを幾つも重ねた城壁だ。他の国に比べても少々古臭い構造ではあったが、あの城壁も、幾度の戦いで王を守ってくれた有難い存在であった。

 勿論、この月へ来たのは月の国の報告でもあったが、エリオに託されたのはそれだけではない。

 カグヤ。人々からそう呼ばれる月の姫に出会い、自国と友好を誓ってもらうことなのだ。

 エリオは国を目指し、広い星の上を重力製造靴を使って時速二十キロで移動する。その途中のことであった。

 クレーターの上に立ち、果てしも無い宇宙の先を見つめている女性がいた。

 黒く長い艶のある髪、幾多にも重ねられた着物、そして赤く聡明な瞳。エリオが写真で見た女性と瓜二つの、美しい女性であった。そう。彼女こそカグヤ姫。

カグヤ

……時の流れは早いの

エリオ

物思いにふけていらっしゃいましたか? カグヤ姫

カグヤ

ああ

 見知らぬ男から声をかけられたと言うのに、カグヤの視線は宇宙を見つめたまま。返事にも、感情はこもっていないようであった。

 この宇宙の先に、彼女は一体何を見ているのだろう。エリオはカグヤの見つめる先を見てみる。ここからは他の生物が住む星は見えない。だとすれば彼女が見ているものとは。

 エリオの視線の先に気付いたのか、カグヤは目線を変えずにそのまま話を続けた。

カグヤ

この先にはな、昔、地球があったのだ

 地球。文献で聞いたことのある星だ。多くの人間が住んでいたと聞く。

 以前、カグヤは地球に住んでいたことがあると聞いたことがある。カグヤが地球から月へと帰って来ると、彼女の優れた指揮によって、月の国は活性化した。それによって月の国は瞬く間に文明開化し、カグヤ自身もそのテクノロジー手術によって不死の体を得たそう。実際、カグヤはかれこれ五千年は生きているはずなのだが、その肌はエリオの妹のようにピンと張っている。

エリオ

地球は良い所でしたか?

カグヤ

ああ。余には勿体ない程にな

エリオ

確か、御出生は竹の中だったとか

カグヤ

らしいが、赤ん坊のことだ。よくは覚えていない。あの時は唯一の成長期間ではあったが、じぃじとばぁばは良いお人であった

 

 赤ん坊の小さなカグヤを見つけたのは、竹林に住む老人だった。老人が竹を切った所、切った竹の中に手の平程の赤ん坊がいた。老人が家へ連れて帰ると、赤ん坊をカグヤと名付け、妻と二人でカグヤを育て始めた。

 手の平程だったカグヤは、本来の人間より抜きんでて体の成長が早かった。三か月程で今の美しいカグヤの姿になると、男達が彼女を奪おうとよってたかった。

 カグヤのことを案じた老人は、カグヤを諦めきれなかった男達に珍妙な品を持ってくるよう命じた。しかし、誰一人としてカグヤに老人指定の品を持っては来なかった。

エリオ

もし、ご老人が指定された物を持ってこられた際は、結婚するお気持ちで?

カグヤ

いいや。男達には悪いが、余は月の使者より以前から呼ばれていたのだ。それさえなければ、余だってじぃじとばぁばの最後を看取りたかったもの

エリオ

そうだったのですか……ですから、この場所を

 青い惑星のあった、その空間を見る。今は宇宙の塵となったあの星に、彼女は今も親の姿を見ているのだろう。

カグヤ

で、用は何だ。火星人よ

エリオ

この度は、国をかけて参った所存です。どうか、貴方様と友好関係を結びたい

 カグヤは視線を逸らし、腕を組む。カグヤの話を聞いたのは純粋な好奇心であったが、近付き方が悪かったかもしれない。カグヤの表情は、信用しきれないと言いたげだ。

 エリオはじっとカグヤの横顔を見る。

 カグヤは地球のあった場所を見つめながら、エリオに聞いた。

カグヤ

火星はどんな星だ?

エリオ

そうですね。海が青く、緑の生い茂った所で御座います。此方程のテクノロジーは御座いませんが、人々はそれぞれの目標に向けて日々励んでおります

カグヤ

ほう。聞こえは穏やかそうで良いと思うが、今も貴国では戦争をしていると聞くが?

エリオ

ええ。それは事実です。今も国同士の争いに、民が巻き込まれています。私の父も、戦争に短い一生を捧げました

カグヤ

そんな国を、何故救いたい? 父上を殺した、その国を

 カグヤの問いに、エリオはしばらく言葉を返すことが出来なかった。エリオがカグヤから視線を逸らすと、今度はカグヤがエリオを見つめた。

 表向きに言えば、父がこの国に身を捧げたから。しかし、父同様に、自分も国に捨てられかけているのだ。一人で、視察に向かわされた自分も。

 母親も、長期に渡った栄養失調によって病を患い三十と言う若さで亡くなった。今、エリオに残されているのは体の弱い妹のみ。強いて理由を上げるならば、病弱な妹の為、かもしれない。かもしれないが、エリオはそれだけで片付けることが出来なかった。

エリオ

……分かりません

カグヤ

おや。素直な男だ。恨んでおるか? 国を

 姫の問いで、人生を思い返す。

 父は愛国精神が強く、戦争になった時は国の為と意気込んでいたものの、敵国の計画的な策略に圧倒され、戦場に散った。

 しかし、父が無くなった後も、戦争は繰り返された。

 戦争が起こるまでは。笑顔だけの溢れる幸せな家庭だった。妹が体が弱くなったのも、戦争によって作られた兵器から出る毒ガスの所為だ。戦争は、家族の何気ない幸せをこれでもかと奪っていった。

エリオ

はい

カグヤ

そうか。ならば安心だな

エリオ

……安心?

カグヤ

兵士よ。友好を誓おう

 カグヤはエリオの方を向き、手を伸ばした。握手を求めているようだ。エリオがその手を握ると、カグヤは僅かに微笑んだ。

 エリオは首を傾げ、カグヤをいぶかしげに見る。その視線に気付いたカグヤは口を開いた。

カグヤ

愛しすぎていても、周りが見えないものだ。そちは、国を嫌っておる。だからこそ、余は希望を感じた。一つだけ言おう。これは、国への友好では無い。そちへの友好だ

エリオ

それはどう言う……

カグヤ

余の言葉をどう捉えるかは、そちが決めろ

 その時は、エリオにはカグヤの言葉の意味が理解出来なかった。

 カグヤに案内され、ハイテクノロジーな月の国を見て回ったエリオは、機械の溢れた世の中でも、それなりに楽しそうな人々を沢山見た。

 それでも、やはり火星の青や緑が恋しい。あの穏やかな場所で、子供達が安全に暮らせることが出来たなら。民も、そして月の国の人々も、もっと幸せに暮らせるのではないだろうか。徐々に、そんな希望を膨らますようになっていった。

 エリオが月に行ってから一年後、エリオは無事火星へと戻って来た。

エリオ! 戻って来てくれたか!!

エリオ

はい。国へ良い報告をしに

そうか、でかしたぞ! これからまた戦争を控えているのだ。月の国を味方につければ此方の勝利は確実だ。

エリオ

……戦争、ですか

 王の言葉を聞いた瞬間、エリオは後方へ向けて手招きをした。エリオの合図によって、城に数人の月の国の兵士が入って来ると、王めがけて走って行った。

 王を守ろうと国の兵士達が剣をふるったものの、相手が強い。大抵の物は傷一つ付けられずに吹っ飛ばされて気絶する。

 そのうちの一人が、起き上がり、隙をついて月の国の兵士の腰目掛けて剣を突き刺した。

 だが、刺したはずの腰が固い。兵士は目を凝らすと、相手の肌色に塗られていた腰は、兵士の剣先で本来の銀色の姿が見えていた。

兵士

もしや、これがアンドロイド……!

 この国の強さは、エリオは良く知っている。月の国の人間では太刀打ち出来ないだろうと考えたエリオは、この一年の間にアンドロイドに剣技を教え込んでいた。努力の成果は遺憾なく発揮されているようだ。

 国の兵士を皆気絶させると、アンドロイド達が王を捕まえた。

ハメたな!!

エリオ

いいえ。ハメたのは貴方です

……何!?

エリオ

貴方が裏切ったのです。平和を望む、民を

 エリオが手で合図すると、アンドロイドは王を連れて宇宙船へ戻って行った。

 大きな窓に近づいて城下町の方を見ると、連れられて行く王を見て、民が慌てふためいている。

カグヤ

エリオ、これからどうするつもりだ

 気絶した兵士達を踏み越え、カグヤがエリオの元まで歩み寄って来る。エリオは、城下町の一角で遊ぶ、少年達を見つめながら言った。

エリオ

民や兵には睨まれると思います。ですが、この国の王として、この国が幸せになるのを見届けなくては。そう思っております

カグヤ

そうか。……エリオよ、一つ頼みを聞いては貰えぬか

 今まで心を開かなかったカグヤが、エリオを見つめて言った。エリオが首を傾げると、カグヤはその願い事を彼に言った。

 王がエリオに変わってから三年。エリオが思っていたよりも、民や兵はエリオが王になることをすんなりと受け入れた。それは、今までの彼の境遇や、人となりを知ってのことだろう。

 今日も窓から、大地を自由に駆け回る少年達を見る。エリオの日課だ。

 同様に、彼女にも欠かせない日課がある。

 エリオは裏庭へと移動すると、レンガで出来ていた建物から一転、裏庭に作られていた木目調の小さな家の縁側に移動した。

 この家にいるのは決まって一人。

 この家の中でも、彼女は特に縁側が好きだった。今日も縁側に座り、火星人には聞きなれない歌をうたっている。

 エリオは何を言うでもなく、彼女の隣に座った。彼女も、エリオを気にすることなく歌をうたう。地球に住んでいた時のことを懐かしみながら。

pagetop