とある山頂。そこにいたのは、おかっぱ髪の少女。少女は赤いドレスを着て、背中元に「金」の文字のワッペンを付けていた。
身長は百四十センチの少女だが、山一番の力持ちだ。
今も、動物達が橋が壊れてしまって向こう谷に行けないと泣いていた動物達の為に、大木を折って橋代わりにしてやったばかり。
ほら、これでみんな渡れるよ
とある山頂。そこにいたのは、おかっぱ髪の少女。少女は赤いドレスを着て、背中元に「金」の文字のワッペンを付けていた。
身長は百四十センチの少女だが、山一番の力持ちだ。
今も、動物達が橋が壊れてしまって向こう谷に行けないと泣いていた動物達の為に、大木を折って橋代わりにしてやったばかり。
そんな少女を、木陰からじっと見つめている者がいた。
金太郎系女子、可愛すぎるクマ……
彼(?)は、この森で少女以上に異彩を放つミステリアスなぬいぐるみ。その名も、「森のクマさん」だ。
森のクマさん。略してクマは、少女のことを金太郎系女子と言い、いつも少女に熱視線を送っていた。
時々愛情が行きすぎて少女の胸元へと飛び込んでいくと、決まって少女に張り手で弾き飛ばされた。
今日も、少女とどう関わるべきなのか。クマは考えてみるが良い考えが一向に浮かばない。なぜならぬいぐるみだから。
どうすれば良いクマ? ああ、せめてお話だけでもしたいクマ
クマは、一筋の涙を流した。ぬいぐるみではあるが、細かいことは抜きにして。
クマの涙は草むらに落ち、大地に轟き、空が啼いた。
な、何か大げさすぎないクマッ!?
空が啼いた直後、青い空が真っ黒な雲で覆われていった。
森の動物達は怯えて山の下まで駆け下りてしまい、山頂に残っていたのはクマと少女のみ。
動揺を隠せないクマであったが、少女の表情は精悍であった。真っ暗な空を睨みつける。
これはもしかして、千年に一度訪れると言われていた、マボロシの……鬼人(きじん)狩り!!
鬼人狩り!? 物騒すぎる言葉クマ! 鬼人狩りって一体何クマ!?
鬼人狩りは、千年に一度、森の住民をランダムで選び、その住民を鬼人狩りにすると呼ばれる神の戯れ。鬼人を見つけてやっつけないと、私達が殺されてしまうわ!!
ナ、ナンデクマーッ!!!?
決して二人は会話をしているわけではないのだが、クマの質問に答えるかのように、分かりやすく大声で説明した少女。
お陰さまでクマのふわふわの耳にもしっかりと聞こえたものの、それは本人が知るにはあまりにも辛い事実であった。
何せ、自分が涙を流した瞬間に大自然が蠢いたのだ。人でも鬼でも無いが、確実に自分が鬼人にされてしまったことは明確だ。
少女は辺りを慎重に見渡し始めた。まさか、こんな近くに鬼人がいるとは思ってもみない。
ど、どうしようクマ……これじゃあ金太郎系女子に殺されちゃうクマ……
幾ら少女の命がかかっていても、すぐに死の覚悟など出来ないのは、人間もぬいぐるみも一緒なのだ。
クマは泣きながら、その場から逃げ出した。
どうして? どうしてクマが狙われるクマ? 神様なんてキライクマ……
大木にもたれかかり、両手をこすって涙を拭うクマ。涙が布製の手に染みて、手が少しだけ重い。
クマは、今まで何か悪さをしたわけではない。ただ、森で息をひそめて暮らして来ただけなのだ。
クマはその異彩な体ゆえに、他の森の動物からは、距離を置かれてしまう存在であった。ただ、心臓かあるかないかだけなのに。生き物とは冷たいものだとひしひし感じた。
そんな時、彼の前に現れたのが、あの少女であった。
これから森にお邪魔させていただきます。ヨロシクネ
少女が森に訪れたのは、一年程前。
始めはクマも、彼女もどうせないがしろにされて森から出て行くのだろうと思っていた。実際、動物達も自分達と姿が違う人間に警戒を示していた。
その関係性が変わったのは、この穏やかな森に、一人の猟師が足を踏み入れてしまったことであった。
逃げ惑う動物達。銃を片手に、颯爽と森を歩きまわる猟師。
そんな猟師の前に立ち塞がったのが、少女であった。
森の動物達を傷つけることは、私が許さないわ!
嬢ちゃん退けな、さもないとケガするぜ
そう言って笑ったが最後。売られたケンカを買った少女は、猟師を持ち上げて真っ青な空へと投げ飛ばした。
男の人を投げ飛ばすなんてすごすぎるクマ!
この日もまた、クマは始終を木陰から見ていた。
今までもこうして少女のことを木陰から見ていたので、少女が力持ちであることは知っていた。
それにしても、自分よりも数十センチ高い、それも銃を持った男を投げ飛ばすとは。彼女の力と勇気は、クマの予想をはるかに超えていた。
そんな彼女を見て、クマは尊敬の意と、小刻みな胸の高鳴りを感じていた。
それからと言うものの、クマは少女と会話をしたくても、出来ずに悶々とする日々であった。
こんなシャイな自分を、何故鬼人にしてしまうのか。クマは悔しくてならなかった。でも、自分の力ではもうどうしようも無かった。
ガサッ、ガサッ。近づいてくる少女の足音。クマは全身の毛を震わせて、木陰からそっと少女の方を見た。ココからでは表情までは見えないが、自分を探していることは間違いない。
もう……だめクマね
クマは、震える足で立ち上がった。
やりきれない気持ちもあったが、クマにはもう一つの気持ちもあった。
山に猟師が入って来た時、自分を信頼もしない動物達の為に、森を守った少女。彼女は見返りを求めずに、ただ純粋に森の動物達を守っていた。自分は、そんな彼女に恋をしたのだ。だとすれば……。
木陰から離れ、遠くにいる少女の元へとテクテク歩いていく。あまりにもクマが小さく、幾ら近づいてきても、少女は気付かなかった。少女の目の前に移動すると、少女の膝をトントンと叩いて、クマは顔を上げた。
あの、きんたろうけ……
顔を上げた時、クマは気付いた。いや、気付いてしまった。
少女の額に、二つの角が生えていることに。
どうして……
少女の顔は青ざめ、今にも倒れてしまいそうだった。呼吸は途切れ途切れで、唇も紫色だ。
少女はクマの存在に気付き、俯くと、弱々しい笑みを向けた。
逃げて。私、もう少ししたら、きっと貴方を殺してしまうから
殺す以前に、今にも少女が死んでしまいそうだ。どうしてこんなに弱々しいのだろう。誰よりも力持ちで、優しい子なのに。
そもそも、少女は一体何者なのだろう。気になったクマは、少女に聞いた。
あの、どうしてあなたが鬼人に……?
ごめんなさい。実は、私は本当は鬼の子だったの。でも、鬼の子だとバレたら、みんなから殺されちゃう。だから、神様に頼んで力持ちの人間にしてもらった。十年って言う、制限を付けて
十年の制限。それは、十年後に人間の魔法を解き、そして元の体に戻すと言うこと。
そして、魔法をかけてからあと一カ月で十年になるその時、少女は村から抜けだし、森で暮らすことを決めたのだと言う。
しかし、鬼の体に戻りつつある今、彼女の感情も鬼に戻りつつある。同時に、強かった体も、生まれつきの弱い体に戻りかけているのだそう。体の弱い彼女が、今生き残る方法。それが、動物の血肉を喰らうこと。
ボクはぬいぐるみだから大丈夫クマ! でも、あなたが……
私は良いの。あの暗い雲、あれは神の怒りを買った証拠よ。だから、私を一人にして。私が何とか、神に怒りを静めてもらうわ
少女は胸を抑えながら、空を睨みつけて歩いていく。
この少女は、何時もこれだ。
みんなの為に頑張って、一人で抱え込んで、苦しむ。そんな時、周りには誰もいてくれない。彼女がそれで良いと言っても、本当にそれで良いのかな? クマにはそうは思えない。そんな都合の良い関係、あってなるものか。
そんなことはさせないクマ! 君は一体神様に、村の人達に、動物達に何をしたって言うクマ!!
……!
ヒドいことなんてしてないクマ! むしろ、良いことばかりしてるのに……そんなのあんまりクマ!!
そうなのだ。自分も彼女も、どうして何もしていないのに、周りはこんなに冷ややかなのだ。やり場のない怒りに、ずっと苦しんでいた。それでも、二人は器用になることは出来なかった。ずっと不器用なままだった。
空が啼いた時だってそう。動物達は自分達のことばかり考えて一目散に逃げ出した。困った時にいつも頼る少女のことを考える動物は誰もいなかった。クマは何より、それが悔しくてならなかった。悔しくて、涙があふれ出た。手を持ち上げられない程、湿って重たくなってしまった。
泣きじゃくるクマを見て、少女はクスリと笑った。少女はしゃがむと、クマを優しく抱きしめた。
私の為に、有難うね。私、きみと出会えて嬉しかったよ
嬉しかった、なんて。そんな過去形で言ってほしくは無い。それでも少女の笑顔は本当に嬉しそうで、クマはただ涙を流すことしか出来なかった。
少女の心臓が大きく動いた。少女は目を見開くと、咄嗟にクマから離れ、クマの元から逃げ出した。
もしや、もう彼女の命が……。クマは少女の居なくなった方向を見つめると、少女とは反対方向に走り出した。クマには、一つの策があった。
そもそも、何故ぬいぐるみが心を持ち、喋るのか。誰とも関わってこなかったので聞かれることも無かったことだ。
クマが心を持ったのは、決して生まれつきでは無い。彼にもまた、魔法をかけたものがいるのだ。
それは神でも魔法使いでも無い。しかし、クマはその存在に恐れを感じ、その存在から逃げ出す為にこの森へとやって来た。
その存在がいる所は、案外そう遠くはない。それどころか、クマが向かったのは、少女が抜けだした村であった。
悪魔様! どうかお願いが御座います!!
クマがやって来たのは、村の中にある一番小さな小屋。そこにいる黒髪の青年。見た限りは普通の人間。だが、彼は紛れもなく、クマに魔法をかけた悪魔であった。
一度逃げ出して、よくオレの前に顔向けできたな、熊男(くまお)
そ、それはすみませんでしたクマ……けれど、許可なく勝手に魔法をかけられて怖かったんだクマ
ふわふわのぬいぐるみであるクマだが、こんな彼も元は熊男と言う名の、人間の男。それもこの村の住民であった。
彼の運命が変わってしまったのは、この男の家に行った際、彼の日記を見てしまったこと。そこには、近所の村娘への歪みに歪んだ愛情が日記になって書かれていた。
それを見てドン引きする熊男。見なかったことにしようと本を戻して振り返ると、そこには顔を真っ赤にした悪魔がいた。
それからと言うものの、熊男は悪魔の恋愛相談相手兼召使いにされていた。彼が悪魔だと知ったのも、恋愛相談にのっている時のこと。始めは驚いたが、日ごとにそれを受け入れるようになっていた。
熊男の転機になったのは、それから二カ月後のこと。何時ものように悪魔が熊男に恋愛相談していた日のことだった。
でしたら、プレゼントをするとかはどうです? 女性なら、ぬいぐるみとか喜びそうですよ
ぬいぐるみか……! そうだな、ぬいぐるみなら彼女の私生活をそれとなく聞くことも出来る!!
いや……それはちょっと……
熊男、お前に大仕事をくれてやろう!
悪魔はそう言うと、男に向かって指を差した。するとたちまち、熊男の体はふわふわもこもこのくまのぬいぐるみになってしまった。その上、語尾に、「クマ」が付くオプションまである。
熊男は驚いたものの、悪魔のおぞましい笑みを見ると、身の恐怖を感じた。体を元に戻してほしい。そんなことを言ったら殺されてしまうに違いない。ならせめて命だけは。熊男ならぬクマは、すぐさま村から逃げ出した。
なんだ、あのことか。言ってくれれば戻したのに
いや! 少なくともあの時は、絶対に殺す気だったクマ!!
まぁそうかもな。でも、結果俺とあの子は友達になれたから、今戻してくれってんなら戻してやるぞ
本当かクマ!? ……って言いたい所ですが、今はそれよりも頼みたいことがあるんだクマ
ほぉう? 姿を戻すよりしてほしいことか。恋愛相談料代わりだ、聞いてやろう
クマは、悪魔に今までの経緯を話した。自分が隣の森へ逃げたこと。そこに少女がやってきたこと。その少女に惚れたこと。しかし、少女は本当は鬼であったこと。彼女が今危険な状態にあることを。
あの嬢ちゃんか。確かに何らかの魔法がかかってるとは思っていたが、鬼だったとはな
そうなんですクマ。でも、彼女は本当に良い子なんだクマ。だからせめて、彼女だけでも救ってやってほしいクマ
……分かった。やってみよう
ほ、ほんとクマ! 有難う御座いますクマ!!
悪魔は抱きつくクマを引っぺがすと、クマをカバンに入れて山へと移動した。
山頂へ到着し、いなくなった少女を探す為にクマと悪魔は走り回った。しかしこれではキリが無いと感じた悪魔は、木に登って少女を探した。
……アレか!
少女は崖の手前でフラフラしながら立っていた。あの体では、下手したらそのまま谷底に落ちてしまう。
悪魔は急いで少女の元へ向かった。
あなたは村の……
かなり戻っちまってるみたいだな。なりたいか? 人間の姿に
それは……
少女は頷いた。悪魔も応えるように頷くと、少女に指先を向けた。
少女の額から角が消え、青かった顔も健康的な肌色に戻る。急に溢れ出る力に、少女は戸惑いながらも喜んだ。
凄い! どうして!?
なに、これくらい俺にかかれば簡単さ。にしても、これをたったの十年とは。聞いて呆れるね。神ってヤツは
悪魔はにやりと笑って真っ暗な空を見上げた。黒い雲は逃げるかのように消えて行き、空は何時もどおりの青に戻った。
やったクマーっ!! さ、ボクも元の姿に
何言ってんだ。自分はいいってご遠慮してたろ。それにな、こんな魔法、するのも大変なんだ。少なくともあと十年は出来ねーよ
悪魔のような言葉を残し、悪魔は去って行った。
自分で言ったことではあるが、またこの姿か。クマはその場に座り込んだ。
もしかして……私のせい?
少女も座り、クマの目線に合わせて話しかけた。少女の悲しそうな顔を見ると、クマはブンブンと首と手を振った。
違うクマ! あなたが十年頑張った! だから、ボクだって十年くらい全然大丈夫クマ
でも……
良いんだクマ。愛する人を守るのは、男の役目なんだからクマ!
愛する人……?
恥ずかしい話クマが、きみのことがずっと好きだったクマ。だから、きみの役に何時かたちたいって思ってたんだクマ
今まで、ずっと言いたくても言えなかった言葉。つっかえが取れたかのように、クマの口からは簡単に言葉が出てきていた。
言った後で恥ずかしくなったものの、どうせクマだから良いか。クマは少女にニコッと笑った。
少女も笑顔になると、クマの頭をなでた。
有難うね。きみに貰った命だもの。私も頑張るよ
フられたな。
優しいことばゆえに、クマは即座に感づいた。だが、決して悪い気分じゃ無い。むしろ、素直な気持ちを伝えられたことで、肩の荷が降りたのがわかった。
少女はクマを抱えて立ち上がると、森の麓へと歩き始めた。動物達に山に安全が戻ったことを知らせる為だ。
皆に伝えに行くその道中、少女は呟いた。
私も大好きだよ、熊男さん