最初は小さな解釈の違いだった。そこから小さな口論が起き、小さな小競り合いが起き……気がつけば、負の連鎖は誰にも止められず、加速して行った。
そして……長い長い戦争が始まった。

長い長い戦争は、人も建物も文化も壊した。信仰を守るための闘いは、その信仰さえ壊していった。

はあ……

少年の重い溜息を聞く者はいない。
もう長い間、荒廃した世界を歩いていた。
かつて人々が集い、様々な祈りをささげていた場所は、がれきの山と化している。

はぁ……

ふぅ……

何度目かの重い溜息を吐いた時、がれきの山から、同じくらい重い溜息が聞こえた。

えっ?

よいしょっと……

がれきの山から立ち上がったのは、一人の少女だった。少女の手には神の木像が握られている。

あっ……

えっ? ……なに?

少年は少女と目が合い、少女は不審そうに少年を見る。
そして、まるで少年から盗られないように、握っていた神の木像を後ろに隠した。

あなた、見かけない顔ね。どこから来たの?

……遠く。ずっと遠くから来たんだ。その神の木像は君の?

違うわ。誰のか知らない。この有り様じゃあ、元の持ち主はとっくに逃げてるか、神の身元へ召されたんじゃない?

少女は意味ありげにまわりを見回す。よく見れば、がれきの山にステンドグラスの破片が混じっている。元の建物がわかる唯一の手がかりだ。

教会……だったのか。君はこの教会の信者?

違うって! あたしは教会に行った事もないもの

じゃあ、その神の木像はどうして?

最近、夜は冷えて大変でしょ? これは夜に燃やすの。小さいけど、薪になるわ

少女は悪びれもせず、笑顔で言う。
少年は驚き、顔を曇らせる。

そんなひどい事……

ひどいこと? 何がひどいの! これは変わった形したただの木片よ! 

少女は怒りで顔が赤くなる。

神様なんて、この世界にいないわ。……神様に祈っていたあたしの両親は、なんで殺されなければいけなかったの? 良き人がどんどん殺されていく世界で、どこに神様がいるの? 神様は何をしてるのっ?

……ごめん

別にあなたに謝られても……

突然、二人の会話を遮るように、上空から轟音が聞こえる。二人が空を見上げると……

戦闘機が上空を旋回しているのが見えた。

ひっ! 戦闘機! 

逃げろっ!

少年は恐怖で立ち尽くす少女の手を掴み、走り出す。

しかし、辺りが急に赤く染まり、少年と少女の視界も赤く見えなくなった。

少女が目を覚ました時、目の前は暗く、身体も上手く動かせなかった。

うっ……重い。なに?

自分の体を覆い被さる重い何かに気づき、ゆっくり起き上がりながらどけてみる。
それは、背中が焼け爛れ、ぐったりした少年だった。

……! あ、あたしを庇ってくれたのっ?

っつ! ……よかった。無事だったんだね

なんで? なんで会ったばっかりのあたしなんか、庇ったの?

少年は荒い息で、静かに微笑む。

僕は……何の力もないから。誰も助けられない……。神も……力がなければ、ただの役立たずだ。でも、信じて欲しいんだ

……何を?

神はきっといるから。今はどっかに行ってるけど……きっと戻って来るから……どうか信じて

……違う。いるよ。どっかに行ってなんかない

え?

少女は力を失った少年の手を握り、泣きながら言う。

あたしは神様は信じない、感じた事もない。でも……あたしを庇ってくれたあなたに、あなたの心に神様を感じたの……

僕の心に……?

少年はふっと笑う。

そうか……。神の力って……どこかにあるんじゃなくて、最初から僕の中にあったのか……

……あたしはレイ。ねえ、あなたの名前を教えて?

僕……僕の名前は……

少年の身体が光り、ふわりと浮かぶ。

なにっ?

その日、大勢の人々が戦いを止め、空に昇る大きな光を見上げた。
人々が忘れ去っていた神が、戻って来た瞬間であった……。

神様の居場所

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