~機織らない鶴~

ということで本日よりソナタの家に厄介になることにしたから。

はあ。

食事と着物の用意をなさい。それと、湯浴みの支度を。あと、この部屋はあたくしが使うことにしたから、入ってはだめよ。

あの、その、ちょっと困るんですけど。いったい誰なんですか、あんた。

あのとき助けて頂いた鶴です。

やや、これはどうもご丁寧に。

えぇーそれ、もう公言しちゃうの。物語続くのこれ?

わたくし、種族の違いなんて気にしませんから。正体がバレたからと言って去ったりしません。

お帰りくださって結構ですよ。

鶴の恩返し。
 貧しい老夫婦はある雪の日、鶴を助ける。後日、鶴は美しい人の娘に化け老夫婦の家を訪ねる。娘が言うには機を織るので部屋を決して覗くなとのこと。三日目に出来上がった布はたいそう美しく高値で売れたそうな。
 覗くなとと言われてもつい好奇心に負けた老夫婦は、部屋を覗いてしまう。そこにいたのは、自分の羽を使って機を織る一匹の鶴だった。それが、鶴にできるただ一つの恩返しだったのだ。
 姿を見られたからには、と娘は元の鶴の姿に戻り、飛び立っていってしまったそうな。
 古くより伝わる、昔話。

―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―

鶴さん、鶴さん。ご飯の支度が出来ましたが。

ありがとう、そこに置いておきなさい。

…………

何を見ているのです。用はすみました。あっち行きなさい。しっし。

あんた何しにこの家に来たんです?

機織りでもすると思いましたか。

はい。

鶴の機織りとは、すなわち己の羽を使い生地を織り上げるということ。自分を犠牲にする精神、美しい話ではありますが。

あたくし、思うのです。過ぎた自己犠牲などに頼らなくても、お互いが笑い合っている方がずっと面白い世界ではありませんか。

フフン、どう? あたくしちゃんと考えているんですからね。

ほっぺにご飯粒ついてますよ。

―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―

せっせせっせ、せっせ。フキフキ。

掃き掃除に拭き掃除、精が出ますね。感心します。バリバリ、ボリボリ。

おせんべ食べてないで、手伝ってくれたらどうです?

フン、お掃除など下々の者に任せておけばよいこと。そう、例えばソナタのような、ね。

それとも、ソナタがどうしてもとお願いするなら、考えてあげないこともない。さあ、膝をついてお願いしなさい。

あんた何様なんです?

あの時助けて頂いた鶴です。

いえ、そういうことではなく。

仕方ありません。そこまで言うなら掃除の手伝いましょう。だけど覚悟なさい。あたくしが動く以上、中途半端では済ませませんから。

そこ! まだホコリが残ってます!

この棚、足がガタガタじゃないですか! さっさと処分なさい!

はいはい、承知しましたですよ。

はい、は一回! 口より手を動かしなさい!

ぼくは何のために生きているんだろう。

さて……見違えるほど綺麗になりました。やればできるじゃないですか。

どうも。

部屋がまるまる一つ空きましたね。何かに有効活用できないかしら……

ひらめきましたわ! あたくし、昔から起業するのが夢でした。ここは心機一転、ここを営業所として事業を営むんです!

うちにはそんな元手がありませんよ。

嘆いてる暇があったら考える。二人で考えればきっといいアイデアが浮かぶはずです。考える事、それが人間の特技なのだから。

あんた鶴でしょ……

元手、元手……そうだなあ、カイコを数匹飼っとりますが。

それです! 紡績で大業をなすのです。

ソナタは起業の技を学ぶために学校へ。燃えてきましたわ。そのための資金はあたくしがなんとかします。

えっ どこにそんな大金が。ここにきて助けたお礼が――

夢みたいなこと言ってないで。バイトします。ソナタも夜はバイトを入れておきますから。

苦学生コース

―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―

 こうして、数々の困難を乗り越え無事起業した二人。数年後には紡績業の第一人者として、国内に名が響くほどになりました。

従業員も100人を超え、工場も新設しました。ここまでよく成長しましたね。

まさかここまでになるとは。そう言えば、鶴さんの思いつきでしたよね。……協力してくれて、ありがとうございました。

最初は恩返しもせず居候決め込まれて、どうしようかと思いましたが。

はっ……恩返し……? もしかして、最初からこれが目的だったんですか?

…………

よく、ここまで来ましたね。

国内外を問わず活躍し、有能な部下も得た。随分と裕福にもなった。あたくしの役目はこれでおしまいなのでしょう。

ソナタが恩返しの真意に気づいてしまった以上、あたくしはここには居られません。

さようなら。今まで、ありがとう。

あ……そんな……鶴さんが行ってしまう。

でも仕方ない事なのか。彼女は鶴。いつまでも一緒には居られない。

大きな恩を返してくれた。それだけを糧に、生きていこう……

あれっ鶴さん。何か忘れ物でも?

何を一人納得してるんですか! バカ! 追いかけて来なさい!

待ってたのに来ないんだから、泣きそうだったじゃないの! 甲斐性なし!

紛らわしいこと、せんといてくださいよ。

 こうして二人は、末永く幸せに暮らしたそうな。
めでたし、めでたし。

機織らない鶴

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