香奈恵のマンションを出ようとしたオレの耳に、どこからか金属の打ち付けあう音が響いて来た。
じゃあ、大学行って来る
帰りにまた寄るからさ……
うん……
香奈恵のマンションを出ようとしたオレの耳に、どこからか金属の打ち付けあう音が響いて来た。
この音……
今日から前のマンションが改修工事するみたい……
そう言って憂鬱そうな表情でベランダの方を見つめている。
欲しいものとかあったらまた連絡しろよ?
うん……ありがとう……
……なんかあったらすぐ電話くれ
大丈夫だよ、いってらっしゃい……
…………ああ、いってくる……
昨日は、ほとんど眠れなかった。
目をつぶると、アノ女の死の瞬間が目の前に鮮明に思い起こされどうにも落ち着かず、更に香奈恵の見た不気味な夢の話がどうにも気になって仕方なかったからだ。
とりあえず、香奈恵は今日も一日家にいると言っていたから安心だろう。
どうせあんな予言なんてデタラメだ
アノ女も死んだ……
きっと香奈恵は大丈夫だ
不安な気持ちは変わらなかったが、自分にそう言い聞かせ続けた。
本当ならオレも大学を休んで香奈恵の側にいたかったが、昨日の事を考えると普段通りの行動をするのが得策と思われた。
香奈恵のマンションから大学までは偶然にも近く、徒歩で行ける距離だ。
それがオレ達の中を急速に進めた要因の一つでもあった。
歩きながらただひたすらにオレは考えていた。
きっと大丈夫……誰もオレがアノ女を押した所なんて見ていないはずだ……
けど、ならべく目立つ行動は避けなければ……
何か別の事をして気を紛らわせてないと、またアノ女の事で頭がいっぱいになってしまいそうだった。
気付けばアノ女の事ばかり考えている──
最悪だ。
これじゃアノ女の思い通りなんじゃないのか?
忘れなければ……あんな女の事は……
先輩!
宮田……
構内に入るとすぐに声を掛けられた。
昨日、結局電話に出る事も返す事もなかったからだろう。
宮田は酷く心配している様だった。
悪かったな、電話……
昨日、あれからどうしたんですか?
……あぁ、香奈恵の家に行ってたんだ……
……そうですか……
先輩、ニュース観ました……
…………
……先輩
…………
あの時、現場にいたんですか……?
…………
…………彼女、死んだんですね……
オレは無言で頷き、宮田に事故の経緯を話した。
もちろん、オレがアイツを押した事は言わなったが……
そ、それで、一人でフラフラ道路に飛び出して……アレは自殺だったんだと思う……
そうですか……
彼女……自分の死は予言出来なかったんですね……
まあ、自殺となると予言も何も無いでしょうけど……
……あぁ……そうだな……
宮田はそれからしばらく黙ったままで、オレの横を歩いていた。
実は、僕気になって彼女の事あれから少し調べていたんです……
アザミの事を?
はい。ちょっと気になる事があって……
気になる事?
宮田はしばらくの沈黙の後、重々しく口を開いた。
先輩、シデノクニって言葉知ってますか?
シデノ……クニ…………
オレは背筋に冷たいモノを感じた。
ナゼ? ナゼ、香奈恵が夢の中で聞いた言葉を宮田が?
それとアザミになんの関係があるっていうんだ!?
僕とサキちゃんが聞いたんです。
オフ会の帰りにアザミが言っていたんですよ……
『シデノクニ』って……そこからナゼかその言葉が気になって……
シデノクニ……一体、どういう意味なんだ……?
言葉の意味的には恐らくあの世へ行く事、つまり死という意味だと思うんですが……
死……
それで……サキちゃんの塾に、彼女の着ていた制服の学校に通っている子がいて、それと関係しているのかはまだわかりませんが、ある噂を聞いたんです……
噂?
アザミの呪いっていう噂話なんですけど……あっ、実は明後日、サキちゃんとその友達に会って話を聞く約束をしていて……
よかったら先輩も一緒に行きませんか?
『シデノクニ』それが本当に宮田の言う通り死ぬことなら……
『シデノクニヘノ行き方……
それはつまり死に方という事か?
いや、ただ夢で言われただけだ。
夢の中での死の予言なんて……アノ女じゃあるまいし……。
…………
そのアザミの呪いっていう話なんですが……
どうやら夢が関係しているとかで……
夢……!?
ええっ、彼女も夢で人の死を予言出来るって言っていたし、何か関係ありそうだと思いまして、その呪いは夢で人を殺せるっていうものだそうなんですよ
夢……で……人を殺す……?
いや、もうアザミは死んだ。
関係無い、あるはず無い。
夢なんて誰でもみるんだ、香奈恵が見たのは気味の悪いただの夢だ……。
スマホが鳴っている。
香奈恵からだ……!?
もしもし!?
ザッ……ザザーっ……
もしもし、香奈恵!?
ザザザッ……シ……デ
香奈恵っ!?
シデ……ノ……クニ……
っ!……ツーツーツー……
くそっ!!
先輩!?
香奈恵……
香奈恵さんに何かあぅたんですか!?
行かないと……
先輩!?
宮田が呼ぶ声を背中に受けながら、オレはすぐさま香奈恵のマンションへと戻る為に走り出した。
香奈恵! 電話に出ろ
向かう最中も何度も電話を掛けるが、通じない。
いや、家にいれば大丈夫だきっと……
自分を落ち着かせながら、マンションのすぐ下にある公園近くまでたどり着いた時だった。
あれ? どうしたの?
大学は?
公園へ続く遊歩道に香奈恵が立っていた。
香奈恵!? オマエこそどうして!?
香奈恵は近くのコンビニの白いビニール袋を持っていた。
ゴメンなさい、すぐそこに買い物に行ってたの、工事の音がうるさくて気分転換に……
……電話は?
しただろ? オレに……
電話? してないけど……?
どうかしたの?
オマエから電話があって……
あっ! ママ~僕の風船が!
その時──
公園のすぐ脇の道で、少年の手から青い風船がスルリと逃げ出しちょうどオレたちの方へと飛んできていた。
あっ……
香奈恵は風船に手を伸ばそうとした、しかしあと少しという所で風船は香奈恵の手をすり抜けていく。
公園へ続く道……
風船は頭上の少し上をフワフワと飛んでいく。
それを追いかける様にして、2歩、3歩とオレと香奈恵の距離は離れていった。
丸く青く浮かぶ…………
もう……少し……
香奈恵の指先が風船の結びついた紐に届く。
取れた……
そして、一際強い風が吹いた時だった──
香奈恵っ!!
危ないっ!!
……えっ?
工事中のマンションから、ガラガラと音を立てて大量の鉄骨が落ちて来たのだ
香奈恵の上に何本もの鉄骨の雨が降り注いだ。
香……奈恵……
オレはフラフラと落ちた鉄骨の方へと歩み寄る。
足元に流れて来る香奈恵の血。
オレはその場に跪きかき集めた。
よく見れば、あちらこちらに香奈恵が飛び散っている。
香奈恵だつた血と肉片。
すくってもすくっても、指の隙間から香奈恵の一部が零れていく。
すくってもすくっても……それはもう元には戻らない。