僕が産まれてその後の記憶と言えば段ボールの中から覗く、街並みだった。そこに敷かれた毛布だけの暖かさと井草の香りにくるまれる。

なーなー


僕はあくびをするような形で鳴き声を上げる。ひょこりと顔を出して僕は段ボールからコンクリートの街並みを見る。

カワイイ

捨て猫かな?

でも、飼えないしねー


何人かの人が足を止めて段ボールから僕を抱きかかえる。

時折食パンやお菓子なんかをくれる人がいる。水は近くの池で飲めるからいらない。

抱きかかえられた僕はその毛布とは違う温かみを感じる。

そんなことを僕は長く暮らしている。人は徐々に半袖の服になってそしてまた長くなって空からたまに白い粒がふって、また袖が短くなっていく。 

僕はもう一回りぐらい大きくなっていた。

なーなー


少し低くなった声で僕は鳴く。箱はもうどこかに消えていた。

成長した僕は自分でエサを捕ることを覚えた。人間は勿体無い。宝の山を黒い袋に入れてその辺に置く。最近のライバルは黒い鳥。彼らを追い払いながら僕はムシャムシャとパンの欠片などを食べる。

人間が近寄ると僕は逃げる。いつの間にか僕にかけられる声すらも、低くなっていた。


辺りを偵察しながら黒い鳥を見て、そして人間が来ればすぐに逃げる。いつの間にかそれが簡単にできるようになっていた。

コラッ!


食事にありつけた嬉しさから警戒心を失っていた。急な後ろからの声に僕は驚き慌てて逃げる。

ニュッ


逃げる途中に木の枝に引っかかって怪我する。喉に声が詰まり声が飽和する。

前足首から血が出ていて僕はそれをチロチロと舐める。痛い。素早く走れなくなってしまう。僕は木陰に隠れて傷が治るのを待つ。

早く治ればいいけど。今はお腹いっぱいだ。今は———。

だけど、そんな時間は長く続かない。お腹は傷の治りの遅さと反比例して僕はお腹を空かせる。

エサを取りに行く危険性を考えて茂みに隠れている。

水だけは飲んでいるが食事には数日ありつけていない。もしもの事を考えると怖いからだ。

空腹に耐えていると隣に影が落ちる。

黒猫

ニャァー

鳴き声につられて、僕はそちらを見る。僕より一回り大きな黒猫がいた。首元には青いわっかが付けられている。

黒猫は一鳴きするとポトリと美味しそうな食べ物を落とした。

フシィー


僕は毛並を逆立たせて前足にダメージを与えないように威嚇する。

その猫は僕に鳴き声を残すと去っていく。威嚇のモーションから僕は姿勢を正す。

きっと、僕の居場所を奪おうとしていたに違いない。それが威嚇されたことで逃げたんだ。

僕は勝ったんだからこの餌にありついてもいい。黒猫の落としたその小さくて丸っこいフーズを食べた。

太陽が昇って、また落ちて、また昇ってを繰り返していると傷が癒えていく。

だけどもその後も食事を取りに行くことが無い日が出てきた。

それは時々あの黒猫が現れて僕に食事を落とすからだ。目的はわからない。なんであの猫は僕にエサを渡すんだろうか。

そのことに不思議な気持ちを思いながら僕は鳴く。

あー……

あの怪我をした日から体が少しおかしかった。

歩くたびに体へ痛みが走り出す。

どうしてどうしてと自問する。僕だって馬鹿じゃ無い。今までたくさん見てきた、死というものを。

きっと僕はこのまま。どうしてこんなことに……。その時―――。

黒猫

ニャー


と鳴き声が聞こえる。見上げると黒猫がノッペリした顔で僕を見ていた。

その黒猫は僕を毛繕いする。何もできなくて僕はただ目を瞑る。

この黒猫は一体なんなんだろう。もしかしたら死期を悟ってやって来た死神なのかもしれない。僕は最期になく。

ニャー

黒猫も返す。

黒猫

ニャー

なぜだろう。とても懐かしい声に聞こえ心地よさの中から眠りについた。

その時その黒猫からふわりと井草の香りがやってきた。


最期を見送った私はまだ小さなその黒い毛並みを噛んで運ぶ。そして誰にも見られない茂みに置く。誰かに食べられるという事はないだろう。

そこに置いた亡骸に背を向ける。

それは本当に偶然だった。トボトボ歩いている時に男の人間の声が聞こえた。

コラッ


その言葉は誰かが悪いことをした時に発する言葉だというのを経験的に私はしっていた。

後悔がよぎる。あの時、数年前。ご主人に逆らってこの子と逃げていれば。もう少し早く見つけていれば。

怪我をしたその血からバイ菌が入って死ぬこと事がなかったかもしれない。

さようなら、私の息子。ゆっくり眠ってね。

私もいつか会いに行くから。

産まれてすぐに別れ、また逢えて、また別れて、また逢えることを期待して。

その時はなさけない力を振り絞ってあなたの母であると名乗り出るから。

ストリートキトゥン(野良猫の話)

facebook twitter
pagetop