昔々あるところに、
 おじいさんと、おばあさんがいました。

 おじいさんは、山に芝刈りに、
 おばあさんは、川に洗濯にいきました。


 おじいさんが山で、芝刈りをしていると、
 山の上から大きな熊がのっそのっそと歩いてきました。

 おじいさんは、笑顔で熊に話しかけました。

やあ、熊さんや。春はどうだい。
この山の春はずいぶんと気持ちの良いものだろう

 すると熊もこう返しました。

ああ、じいさん、とても気分が良いよ。
この山の春は最高だなぁ

 でも気持ちの良さそうな顔でそう言う熊に、
 おじいさんは眉をひそめて言いました。

でもな、熊さんや。用心しておくれ。
この山に、余計な奴らが来るんだよ。

都の連中が ”りぞーとかいはつ” とかなんとか言ってこの山のてっぺんに寺を建てるらしい


すると熊は、驚いた顔で、そして強い口調で言いました。

なんだって!?

じいさん、それは本当か! 
くそっ!ついに来たか! 

”おぞましい人間ども”!

 そう言うと、熊の目の黒い部分が赤く染まって
 体はぶるぶると震えだした。

 よく見てみると、手の爪がさっきよりも、
 ぐんぐん伸びてそりゃあもう
 あぶなっかしいのなんのって。

 熊のクチからもダラダラと
 よだれが落ちてきて
 さっきとは全然違っていたんだよ。

 声だっていつもよりも
 ずっと低くなって、
 おっかない唸うなり声を出し始めたんだ。

 ああ、こわい。

 でも、それを見たじいさんは、
 険しい顔で言ったんだ。

おいっ!熊さん!やめるんだ!
そんなおっかない顔したって
武器を持った人間には勝てやしないよ。

お願いだから、やめとくれよ。
それよりも、今すぐあなぐらに帰って家族みんなでとなりの山に逃げとくれ

……。

 熊はそれを聞いて、少し考えました。

 たしかに、人間の固い鉄の武器や、
 飛んでくる矢にはかないっこない。

 それにこないだ生まれた子熊を
 戦いに巻き込むわけにはいかない。
 あいつは少し身体が弱いんだ。

 そう思うと熊は、落ち着きを取り戻しました。
















 そんな熊にじいさんはさらにこう続けた。

なぁに、しばらく隠れるだけでいいんだよ。
ワシが山のふもとに爆薬をありったけ仕掛けておくからね。

うん。それで人間が全員吹っ飛ぶだろうよ。

そんな事が起これば都の連中も『やまのたたりだ!』と、だあれも山には近づかんじゃろう。

なぁに、何人死のうが知らんわい。


大切なワシの山だからのぅ……。



勝手は許さんよ。

 


 



 爺さんは笑顔が崩れる事無く、その言葉を熊に向かって言ったんだ。








 熊は、そんな『おぞましい人間のおじいさん』を見て、二度とその山には戻っては来なかったんだ。



 おしまい。

【3分で読める】おじいさんと熊

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