「いやぁ……。今日も忙しかったな…」

店じまいをしながら道具屋の店主がそう言うと、
妻のオドリーは、カウンターの後ろで明日売るための薬草を作るため、すり鉢で数種類の薬草をごりごりと混ぜながら聞いた。

あら、やだ。おまえさん…。
ここにあった実を知らないかい?

ほうきで、店の売り場を掃きながら店主は答える。

シグナミの実か?
それなら、さっきお客さんが傷薬を買いにきたんだが、在庫切れだったから、急いで擦ってよ、新しい傷薬を作る為に使っちまったよ?

それがどうしたんだ?

シグナミの実というのは、近くの林で取れる実である。
通常食用には向かない実で、ある薬草と混ぜることにより冒険者の傷を治す効能がある為、傷薬精製には欠かせない実である。

あらやだよ、おまえさん。
あれはシグナミの実じゃなくて、アマツユの実だよ。

まったく、老眼にでもなっちまったのかい?

なんだって?アマツユの実!? 
知らずに薬草と混ぜちまったぞ。

それをさっきの剣士に売っちまった……。


こりゃあ。明日はクレームだな……。

店主と女将がそんな会話をしている時、その傷薬を買った剣士は、夕暮れを背にモンスターと戦っていた。


激しく音がなる、金属音。

相手は人狼。ウェアウルフだ。

どうやら半月刀を持っていて、いかにも盗賊風の姿をしていた。

剣士は、ウェアウルフと互角の腕前……。


いや、やはり、少しだけウェアウルフの方が上だった。

くそっっ! 
こんなことなら昼間のうちに次の町に行けば良かったぜっ!

剣士はそう言うと、ウェアウルフに負わされた傷を
治そうと先ほど道具屋で買った傷薬を、腰に掛けた小袋から出して
傷を負った左腕に塗った。


……次の瞬間。

剣士の全身に激痛が走った。

いや、それどころではない。
激痛以上の衝撃だった。

うわああああああ!な、なんだこれ!?

剣士はうずくまってしまった。


ウェアウルフは、ここぞとばかりに剣士に向かって剣を振りかぶった。
斬撃は剣士のうずくまっている背中に当たった……。












しかし、ウェアウルフはふとおかしいことに気づいた。

通常、この状況だと血が出て剣士は息絶える前に声を上げるはずだ。
そう。痛みに悶もだえる声だ。しかしそれがまったく聞こえなかった。
いやそれどころか血も出ていない。
ゆっくりと、剣士の方を覗くように見てみた。

剣士の背中は鋼鉄のような硬さだった。


ウェアウルフは持っている半月刀を剣士の背中から退かした。

すると、剣士はすくっと立ち上がり、ウェアウルフを睨んだ。

その目は、もはや先ほどの剣士ではなかった。

いや、目だけではない……。

皮膚は鱗で覆おおわれ、それは全身を占めていた。
口は大きく尖り、ワニのような形をしていた。

ウェアウルフは、本能で悟った。

これは生物的に上の存在だ!

そう、確かに人型をしてはいるが、
それは完全に見たことのある造形をしていた。

グルルルルルルルルルっっ。

もはや、それは人間でも動物でもなくなっていた。
剣士だったものは、姿を変えていたのだ。

剣士はドラゴンになっていた。


その後は、ウェアウルフにとって、

いや、誰か他のものが見ても「惨劇」……。


その一言に尽きる展開だった。

あんた。これで何回目だい?

オドリーはため息を尽きながら言った

いや、すまない。また高価な実を無駄にしちまって。

店主を肩をすくめた。

あんた。

あれは『人がドラゴン化する実』なんだよ!

きっとそのお客さん今頃ドラゴンになってるわよ。

まぁ、1時間で元に戻るから良いけど……。


はぁ……。

今月3回目よね。


さすがにお小遣いから引いておくわよ……。

オドリーがそういうと、店主は目をつぶって
明らかに落ち込んでいた。

うう…………。

しかし。

翌日になると、剣士は道具屋に戻ってきた。

そして、満面の笑みを浮かべて店主に言った。

あの実のおかげで命を救われた!
おじさん!サンキュでした!


なんと、礼を言うためだけに戻ってきてくれたのだ。

ミスはミスでも「命を救うミス」というのは
世の中あるものなのだ。

【3分で読める】道具屋のミス

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