見えていますよね?

 不意に背後から飛んできた、若い男の言葉。咎めるわけではなく、本当に不思議そうな声音だった。
 

 夜明け前の人気のない道端、それは頼りない街灯に照らされていた。振り子のように揺れる体に、バタバタともがく足。

 形態や場面は違うが、今までも何度かそれと遭遇したことがある。
 俺はそれがぶら下がっている先を見上げたが……何もない。
 ……不思議だ。手が届くそれの足首を掴もうとしたが、やはり何の手応えもなくすり抜ける。これでは調査しようがない。
 そう思い、立ち去ろうとした時、声を掛けられたのだ。

見えていますよね?

 立ち去ろうとした足は、一瞬動きを止めたが、すぐに歩き始める。

ああ! 怖がらないで下さい! 僕、生きてますし、普通の人間です!

そんなことは、わかってる

 思わず振り返って言う。

 お互い声をあげた。
 そこに立っていたのは若い男だったが、警察官の服を着ていた。
 秩序を守る役割だ。これはややこしい。
 男は宙をばたつく足を見上げ、

彼に死んでいることを教えてあげられないですかね?

 顔を曇らせ、訊いてくる。

知らんな

線香でもあげればいいんですが……

そんなことで、それはいなくなるのか? 初耳だ。要調査だな。

 
 俺のやる気を感じたのか、男の顔がほころぶ。

あ、もしかして、線香あげてくれるんですか? 良かったぁ

 男は頭をかき、

本当は僕が出来ればいいんだけど。僕、生きてる普通の人間ですけど、今は何も触れないんですよね。それに、今の出来事は忘れてしまいますし

ん? どういうことだ?

 首を傾げる俺に、男も同じように首を傾げる。

ところで、貴方はどっちなんですか?

何を言って……

緑の肌なんて、初めて見ました

……!

 息を呑む俺を残し、男は夜明けの光に溶けるように消えていった。

……幽霊? だが、生命反応があった……わからん

 数時間後、あの男と再会した。
 駅前の交番に、あの時の制服姿で座っていた。
 俺が交番の中に入ると、男は笑顔で出迎える。

どうしましたか?

 ……初対面の反応。
 なるほど。本当に忘れている。
 あの時、生命反応があったのは当たり前だ。生きているんだから。
 じゃあ、夜明けに出会った時、男が消えたのは……生霊というやつか?
 死んでも生きてても霊というものになるらしい。

ん~……なんてややこしい生物だ。
この男の場合、警察官の上に生霊にもなるのだから、ややこしさ倍増だな。

あのぅ~……どこかでお会いした事ありませんか?

 考え込んでいた俺に、男は眉を寄せて訪ねてきた。
 ぼんやりとは記憶に残っているらしい。
 俺は首を横に振って否定すると、男は気まずそうに笑う。

あ、そうですよね、はは。すみません。知人に似ている気がして……。ところで、何か御用ですか? 道ですか?

 俺は頷く。

そうですか。どちらに?

……金星

はい?

固まる男を残し、交番を出て行った。

 地球の生物は、生命活動が停止した時、幽霊になる。生きてても幽霊になる。
 それなら、地球出身でない俺は、生命活動が停止したとき……どうなるのだろう?
 不思議だ。


 

奇妙な警察官

facebook twitter
pagetop