ハミンズ公爵家からの使いは訪れない。

ライオネスの行動は迅速だった。

生家――ザロイとの通信手段に彼は鳥を使っていた。

手紙を携えた鳥を放つと、三日で返信があった。
やはり手紙を携えた鳥が村に戻る。

ライオネスの生家からハミンズ公爵家に伝令を走らせる、というものだった。

それから半月が経っても、ハミンズ公爵家から音沙汰はなかった。

コーラルは沈黙を貫くつもりではいたのだ。

しかしずっと近くにいてくれたラトゥスだけには、と事態を説明したところ、どこに耳目があったのか、瞬く間に村中に広がり――ハミンズ公爵家への反発は高まっていた。

ラトゥスもひどく怒っている。

巻きこまないよう彼女は解雇となっていて、すでに侍女ではない。
ドゥルザ医師の元で家政婦として働いている。

なにが邪眼なもんですか!


ドゥルザ医師の診察室の掃除を手伝うコーラルに、ラトゥスは手を休めずにいう。

あたしはたまたま目が治っただけです。なにが祝福されてるもんですか、馬鹿らしい! 違いますよ、って否定するのをめんどうがっていたら、あれよという間に祝福されたんだって話が定着しちゃって……ひとの話なんて、全然聞きやしないんだから!


苦笑していると、ラトゥスはコーラルを見た。

……ずっと、不満だったんです。目の色だけで、よってたかって好き勝手いって

仕方ないわ。そう司祭さまにいわれたら、どうにもできないもの

教会はマディスでは絶対だ。

ザロイではどうやら違うようだが、それこそ部屋に閉じこもっていたコーラルにはわからない。

――わからないことだらけだ。

わからないが、コーラルは怖くなかった。

部屋から出ていれば、わからないままではない。

様々なものを見聞きできる、ふれることができる。

知ることができるのだ。

なにが司祭ですか。もう自分で決めたらいいんですよ。邪眼だろうがただの娘っこだろうか、もう帰らないでいればいいんです


すっとラトゥスは声を落とした。

……いい旦那さんになりそうじゃないですか、ライオネスさんは。でも、結婚するまで許しちゃいけませんよ

ゆ……許すって……

男のひとは、気を許すとすぐ不埒なことをしかねませんからね。べっぴんなんだから、気をゆるめちゃいけませんよ

顔を赤くしたコーラルの耳に、ドアを早急に叩く音が聞こえた。

返事をする前に開かれ、息を切らしたライバが立っている。

コーラル、実家から使いが来たよ! いまライオネスが話を聞いてる!

コーラルを緊張が駆け抜けた。

取るものもとりあえず、おもてに走る。

道にはいくつもの顔があり、コーラルに先をうながしている。

中央通りにはひとだかりがあり、使いのものと馬、そしてライオネスの後ろ姿が見えた。

使いが携えたものがなんなのか、振り返ったライオネスの顔を見ればわかった。

コーラル!

コーラルはライオネスと視線を交わす。

彼から視線を逸らすことはない。


ライオネスの笑顔に、コーラルも笑み返していた。

ep13 終わるもの、はじまるもの

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