眠井朝華

私——眠井朝華は今日も今日とてキメていた


キメていた、といっても、元野球選手で話題のアレじゃない。
重役出勤からの保健室登校を、である。

自慢じゃないが、私はとても品行方正なのだ。
ちょっと人よりも起きるのが苦手で、人と関わることも苦手なだけで、決してヤンキーではない。

眠井朝華

私には少し人とは違うところがある


それは、決してポジティブなものではなくて、他者との障害になる物だと思っていた。

【違い】

私は、人と夢に入ることができる。

童話に出てくる【獏】と同じ。
そんな私のことを周りが恐れないわけがない。

けれど幼い私はそんなことはわからなくて……。
いろいろあって、結果的に私は人間不信になった私は立派な保健室登校児となったわけで。

ずっと、この能力を疎ましく思っていた。

眠井朝華

けど


最近、それが少しだけ変わった。

チーシャとかいう化け猫が、私の能力の正しい使い方を教えてくれたんだ。

チーシャ

化け猫じゃないよ


どこからかそんな声が聞こえたような気がしたけどきっと気のせいだ。

だって、彼(?)は夢の中だけの存在なのだから。

眠井朝華

私の能力は、悪夢を見ている人を助けるためにある


そのことをチーシャは教えてくれた。

そう、あの出来事をきっかけに私は自分の能力を前よりも嫌いじゃなくなって、人間嫌いも治って——

眠井朝華

なんて、うまくはいかない


能力を使って、悪夢から人を助けられたときはちょっと良い気持ちになったし、こんな能力も悪くないって思ったけど。

眠井朝華

悪夢なんて所詮起きたら忘れるもの


助けたところで寝覚めがちょっと良くなるぐらいで、放っておいても実害もない。

眠井朝華

この世界に生きる人たちの小さな幸せを守るのが私の幸せなの……

眠井朝華

なんて言えるほどお人好しじゃないし


だから私は今日もいつも通りに重役出勤をキメて、保健室で自習しているわけです。

眠井朝華

……面白いことないかなぁ


今日進めるべき自習を範囲を終えた私は独りごちた。

なんだかんだ言ったけど、他人の悪夢の中に入って助ける、なんて漫画のヒロインみたいな出来事は刺激的で、ちょっと楽しいかったのだ。

眠井朝華

誰か眠りに来ないかなぁ

——そして悪夢を見れば……。

そんな不謹慎なことを思いそうになって、ダメダメ、と首を振る。
社会不適合者な私だけど、だからこそ心根だけはまっすぐありたい。

Apricot

失礼します

眠井朝華

!?

言ったそばから人がやってきてしまった。
慌てて隠れようと立ち上がった私は、派手に椅子を倒した。

Apricot

…………

眠井朝華

恥ずかしい、恥ずかしすぎる、死にたい。誰か殺してくださいお願いします

Apricot

先生は……?

眠井朝華

せ、先生はっ! しょ、職員室によ、よ、用事、って……!

Apricot

……そっか。わかった。ちょっと寝不足で、ベッド借りていいかな?

眠井朝華

ど、どうぞ!

別に私が許可する権限とかなにも持ってないんだけど、私はぶんぶん頭を振って答えた。

Apricot

ありがとう、じゃあちょっと寝るね。先生が来たら伝えといて

眠井朝華

は、はい

そういうと彼女は、カーテンを引いてベッドに入っていった。

眠井朝華

うぅぅ、めっちゃ噛んだ……絶対に変なヤツって思われた……

衣擦れの音だけが部屋に響いて、私の所在なさをいっそう強くさせた。

Apricot

zzz……zzz


制服から彼女は高校生なのがわかった。
うちの高校は中高一貫で、校舎も繋がっている。
ネクタイの色からして一年生だろう。

派手な見た目から、てっきりサボるために保健室に来たんだと思ってた彼女は本当に眠かったらしくあっさりと眠りについたみたいだった。

眠井朝華

なんで寝不足になったんだろう?

そう自分に問い、派手目の可愛い子が寝不足になる理由なんて男以外にないだろう、とすぐに思いつく。

眠井朝華

くそ……爆発しろ

ボソッと小さな声でつぶやいた。

Apricot

……ぐ

眠井朝華

!?

聞かれていたかと思いギョッとして身を固めるが、どうやら寝言のようだ。

Apricot

……う

眠井朝華

Apricot

やめ……だ……く

彼女はなにか夢を見てうなされているらしかった。

Apricot

ク……クマ……

眠井朝華

くま?

私の中の好奇心、もとい、良心が頭をもたげた。

眠井朝華

…………

少しの逡巡。
けれど、答えは決まっていた。

私は彼女の隣のベッドへと入り、眠りにつく。
意識を彼女へフォーカスさせて。

そして私は、深層心理の入り口へと辿り着く。
扉につり下げられたネームプレートには『アンズちゃんのお部屋』と書かれている。
丸文字で。

眠井朝華

クール系を装っている割に中身は乙女チックな子みたい

眠井朝華

じゃあ、早速、お邪魔しまーす


私はドアを開ける。
視界が強い光に覆われていく。


やがて視界が晴れると、私はピンクの部屋にいた。
いかにも女の子の部屋、って感じの部屋だ。

おそらく彼女の部屋だろう。

その部屋の中で、彼女はなにかと言い合いをしているようだった。

Apricot

……!

……

なにか、というか

眠井朝華

クマ?

宙をぷかぷか漂うクマの人形と、彼女はなにかを言い合っていた。

チーシャ

やぁ、また会ったね

眠井朝華

うわ、出たよ

チーシャ

そりゃあいるさ。僕は夢の住人なんだからね

以前はぬいぐるみのような姿だったが、今回は前回よりもリアルな猫寄りの姿をしていた。
作画の問題かな?

チーシャ

僕らは不定形。君の認識の仕方でどんな姿にでもなるさ

眠井朝華

やっぱり心を読まれるのは慣れない

チーシャ

まぁまぁ、そういわないで

眠井朝華

ところで、今回のこれは、悪夢なの?

彼女は相変わらず、謎のクマと言い合っている。
中身は、取り立ててたいしたことではない……気がする。

Apricot

だから、なんでいつも私のところにくるわけ!?

愛情表現♪

そんな端からみたら、アホな会話を延々している。

チーシャ

彼女にとっては、そうなんだろう

眠井朝華

ふーん。漫才みたいにしか見えないけど

まぁ、事の善し悪しなんて人によりけり。

害意のないクマのぬいぐるみのようなものがイヤになる子もいるんだろう。
けど。

眠井朝華

じゃ、帰るね

チーシャ

助けに来たんじゃないのかい!?

眠井朝華

え、だって、その必要なさそうだし……

チーシャ

じゃあなんでここに来たんだい?

眠井朝華

それは……

興味本位だったなんて言えない。

チーシャ

興味本位だったのか……

眠井朝華

だから心読むなよ

そんなことをチーシャと話していると、

あれあれあれあれ? こんなところにお客さんですか?

変なクマに話しかけられた。

眠井朝華

こ、こんにちは

こいつが悪夢の正体なんだろうか? と思いながらおそるおそる私は返事をした。

はい、こんにちは!

えへへ、かわいい子だなぁ

ここに他の子がいるなんて、初めてだよ!
きみはだぁれ?

眠井朝華

わ、私は、その……あ、朝華です

朝華ちゃん! なるほど、よろしくね☆

Apricot

あ、さっきの子だ

え、Apricotちゃんの知り合いなの?
友達いたんだね

Apricot

友達ぐらいいるわ!
この子は、さっきちょこっと見かけただけの子

あーやっぱり

Apricot

あ゛?

ねぇねぇ朝華ちゃん。朝華ちゃんは何年生?

眠井朝華

ちゅ、中二です

中二! 14歳?

眠井朝華

は、はい

14歳の中学二年生!!!!!!

眠井朝華

ふぇ!?

うっひょー! JC2の14歳とかもう輝きすぎてて直視できないよぉぉぉぉ

眠井朝華

……

高校一年生の15歳もいいけど、やっぱり中二の14歳っていうはかなさには叶わないよねぇ

眠井朝華

……

中学生と比べたら、女子高生とかおばちゃんだよね

眠井朝華

……こいつ

朝華ちゃんサイコー! JCサイコー!

眠井朝華

うざいな

Apricot

こ、このクソクマ! いつも私のことが一番とかいってたくせに!

あれー、Apricotちゃん妬いてる?

Apricot

くそ、クソ! この野郎!

もっと! もっともっと!


顔を真っ赤にして激怒する女子高生と、女子高生に殴られ蹴られ狂喜乱舞するクマのぬいぐるみ。

眠井朝華

あ、悪夢だ……

これが悪夢? って思ったことをお詫びします。
間違いなく、これは悪夢でした。
特に乙女にとっては、耐えがたい悪夢です。

眠井朝華

チーシャ

チーシャ

やる気になったのかい?

眠井朝華

うん、やってやるわ

チーシャ

そうこなくっちゃ

チーシャは楽しそうに笑った。
私は意識を集中させて、戦闘モードに気持ちを切り替える。

眠井朝華

くそねみまじかる、参上!

あ、朝華ちゃんが変身した!

Apricot

ほんとだ

眠井朝華

乙女の純情もてあそぶ
悪逆非道なクソクマは
お天道様が許しても
この私が赦さない!!

ひゅーひゅー!

チーシャ

よ、魔法少女!

Apricot

ノリノリだね

眠井朝華

〜〜〜〜!!

眠井朝華

なんだか勢いに乗って決め台詞を言ってしまったけど、めちゃくちゃ恥ずかしい

眠井朝華

か、覚悟しなさい、この悪夢!

へ?

アベシ!!

眠井朝華

どう、やった!?

チーシャ

本当に君は物理攻撃好きだね……

うぅぅ、魔法少女になったJCにぶたれるなんて……うぅぅ……もう、もう……

サイコーだよぉぉぉぉぉ!!!!!

眠井朝華

ぜ、全然きいてない!?

チーシャ

前にも言ったけど、普通の攻撃じゃ悪夢は倒せないよ。イイユメツールを使うんだ

眠井朝華

あ、そうだった

眠井朝華

でも、いったいなにを使えばあのクマを倒せるの!?

チーシャ

それは君が考えなくっちゃ

ヒントになる物はなにかないか……そう思って探していると、

はいはい!

眠井朝華

ニーソを履いた太ももで首を挟むと倒せるよ!

眠井朝華

は?

だから、君の太ももで、首を挟むの!

チーシャ

だってさ

眠井朝華

そ、そんな!

へいへい、はやくはやく〜!

ばっちこーい、とクマは自分の顔をぽふぽふ叩いて見せた。

眠井朝華

こ、この! この! この!

ふふふ、そんな攻撃じゃ、ボクは倒せないよ

太ももで首を挟む以外に倒す方法はないんだよ!!

眠井朝華

う、うぅぅ……

チーシャ

どうするの? このままだと、君が負けてしまうかもしれないよ?

眠井朝華

ぐ…………

Apricot

……

心配そうな表情で、私のことを見つめる視線に、私は覚悟を決めた。

目を閉じて両足に意識を向けた。

部屋全体と、両足がまばゆい光に包まれ——

Apricot

プロレス場?

白ニーソ様ぁぁぁぁ!!!!

私の両足が白ニーソで包まれ、舞台がプロレスのリングの上へと変化した。

ゴングが鳴る。

私の太ももに飛びついてきたクマをヒラリと躱して、腕をひねり上げ、クマの背後を取る。

へ?

そのまま、クマの両肩に太ももから飛び乗り——

わーい、太ももd——

右足のつま先を左の膝裏に引っかけるようにして、一気に引き絞る。

チーシャ

そ、それは……後ろ三角締め!

Apricot

故・橋本真也さんの得意技だった後ろ三角締めをこんな綺麗に決めるなんて……!

ぐ……ふぐ……ぐぐ……あぐ……!

眠井朝華

落ちろおおおお!!!!

わ、我が人生に……一片の悔いなし……

こぷ

ゴトリ、と見かけよりも重量感のある音を立てて、クマは倒れた。

周囲の景色が滲んで徐々に明るくなっていく。

眠井朝華

た、倒した!?

チーシャ

ああ、見事だったよ

眠井朝華

うぅ、でもでも、めちゃくちゃ恥ずかしかった……

試合に勝って勝負に負けた気がする。

チーシャ

まぁ、悪夢を倒せたんだから、よしとしようじゃないか

眠井朝華

そ、そうだよね

眠井朝華

あ、そうだ、あの人は?

Apricot

……

彼女はこちらを不思議そうな目で見ていた。
そりゃそうだよね、なにも説明もしてないものもの。

けど、いいんだ。
どのみち、この夢はもう醒める。
そうしたら、全ては忘れられることなんだから。

眠井朝華

……

Apricot

あ、あの——

彼女が口を開いて何かを言いかけた。
そこで、夢は醒めてしまった。

Apricot

はっ

夢を見ていた。
またあのクマの出てくる夢だった気がする。

いつもいつも、くっそむかつく思いばかりさせられて、ストレスが溜まるあのクマの夢。

だけど……今日は、ちょっと胸の空く思いがした。

Apricot

眠井朝華

zzz


隣のベッドで眠る女の子の姿が、カーテンが揺れる拍子にふと見えた。

Apricot

ありがとう


なぜだか、そんな言葉が私の口をついた。

あくまを倒せ!

facebook twitter
pagetop