「壊れた時計」を作ってからどれくらいの年月が経ったであろうか。
しかし、それでもラインによる脅威は拭えず、人間が安心して暮らせる世界は築けぬまま。
私の命が尽きるのが先か、ラインが滅びるのが先か…。

壊れた時計、二の刻アラン。只今参上した。

来てくれたか、アラン。して…首尾はどうだ。

今のところは順調だ。ただ懸念することが一つ。

ほぉ、言ってほしい。

ラインの中でも特に巨大な力を持つ者がいるとの報告が四時のエレアード、七時のギルティアからあった。

巨大な力を持つラインとな。

エレアードはオルテア小国にてヴェルギオスと名乗るヴァンパイアと戦闘、
ギルティアは旧ランディール王国にて鬼のライン、ブロウと戦闘。
エレアードとギルティアは任務を優先し、また無駄な戦闘は避けて退却したが、彼ら曰く戦闘能力はともに互角かその上をいくだろうとのことだ。

…なんと、人間を捨てたお前たちを超えるラインがいるというのか…。
それで、エレアードとギルティアの様子は？

共に負傷はしているが、大事には至っていない。
数日で任務に参加できるだろう。

そうか。何はともあれ、無事で何よりだ。ところで…鬼と吸血鬼の行方は分かっているのか？

…現状、奴らの居場所は特定できていない。
ただ、気になる情報が一つ。ラインの本拠地ではないが、彼らが暮らしている村があるとのこと。

そのような村が…。
しかし、我ら人間の住む世界に堂々と暮らして居るとはな…。虫唾が走る。
その村を探し出し、有力なラインの情報を知っていれば、吐かせ、用が済んだならば滅せよ。

承知した。…クロックマスター、先ほどの報告で気になることがあるんだが。

どうしたのかね。

どうも、「ラインが暮らしている」というの言い回しが気になっていてな。
今までのラインはどちらかというと獣に近いものだったが、村で暮らしているとなるという事は…。

鬼や吸血鬼の類…つまるところ高い知能を持ち、人語を話せるラインかもしれない、と。

あぁ。警戒したほうがいいだろう。

そうだな。向かわせるメンバーも慎重に決めなければならんな。

さぁ、今日も張り切って行きましょー！

やけに張り切ってるのな、アリス

それは勿論！　大好きな友達と旅ができるなんて楽しくてしょうがないんです！

あんまり浮かれすぎて怪我すんなよー。

そうは言うがレイジス。アリスはお前より…もしかしたら俺以上に戦いの場数を踏んでると思うぜ。

あぁ、そっか。なんだろ、見た目と違って頼りになるってのが悔しいな。

ふふ。それで、次の目的は決まってるんですか？

いやー、それがまだ決まって無いのよね。
セイルがどこに行ったか分からないし、ラインがどこに現れてるかって情報も掴めなかったし。

なるほど…。

何か心当たりでもあるのか？

はい。皆さんを連れていきたいところがあるんですけど。

連れていきたいとこ？　どこに？

いやー、それがあんまり口に出せないと言うか、何と言うか…。

…ふん。

何か言いたそうですね、ゼノンさん。

別に。

まあ、今は何も言わずについてきてもらえませんか？
きっとまだ疑いはあるとは思いますが、これだけは信じてください。

…そこまで言うなら、あたしはアリスを信じる。

俺はもとより疑ってないよ。…行ってみよう。

…俺は。

ゼノンさん、あなたはどうしますか？
学園から一緒だったリィちゃんやレイジス君はともかく、あなたは事情が違います。
今から行くところは簡単には引き返せない場所です。
着いていかないのであれば、まだ間に合いますよ。

いや、ついて行こう。この目で確かめさせてもらう。

そのくらい疑いがあったほうが、私も返って気が楽です。
さぁ、いきましょうか。

アリスを信じて着いて行くとは言ったけどさ…。

まさか海を渡るとは思わなかったよ。

言ったでしょう？　そう簡単には引き返せない場所ですって。

…それにしても、大丈夫なのか？

この小舟ですか？

いや、海の中にもラインはいるんだろ？

そうですね。でも陸と比べて海にいるラインは圧倒的に少ないんですよ。

でもいないって訳じゃ無いんだろ？　万が一襲われたらどうするんだ。

おそらくそれは無いと思います。私がいるので。最悪ラインと交渉だってできますし。

そうか…。

皆さんが不安なら、私が海の中を見てきましょうか？

そうしてくれると助かる。

分かりました。
…レイジス君、船の操作は任せます。
そのまま真っ直ぐ進めば大丈夫ですから。

あ、あぁ。

アリス、危険じゃない？　ゼノンもアリスのこと疑い過ぎよ。

心配してくれてありがとうございます。
でも大丈夫、すぐに戻ってきますよ。
よっと…。

…改めてみるとやっぱり、アリスはラインなんだよな。

人間でもラインでも、アリスはアリス。そうじゃない？

…だよな。分かってる。

…凄いよな、お前らは。

どうしたの、ゼノン。

友達が人間じゃなくてラインだったんだぜ？
そんな簡単に受け入れられるもんじゃねえだろ、普通…。

多分、そうかもしれない。
俺だって驚いたし、ショックだった。
今まで俺たちを騙してたってことになるもんな。でも――

あたしとアリス、それにレイも今まで学園生活で積み重ねたものがある。
それは本物だったから受け入れられるんだと思う。

ふーん、友情って奴か？

それが――

それが仲間ってやつじゃないかな。

あー！　いいところ持っていかれた！

へへん。

レイのくせにー！

ちょっと待って！
ここ船の上だから！
押すなって！　あー、落ちる落ちる落ちるー！

落ちろー！

…仲間、ねぇ。俺、ずっと一人だったからなぁ…。

ん？　どうした？

何でもねえよ。独り言だ独り言。

ぷはっ。

おかえり、アリス。どうだった？

安心してください。
一通り見て回りましたが、ラインの気配はありませんでした。

…そうか、ご苦労だったな。

へへへ。

…なんだ、気持ち悪い。

いや、ちゃんと感謝するんだなーって。

…俺たちの安全のために行ったんだ。当然だろ。

素直じゃないの。

あれ？　島が見えてきた。

あの島です。あそこに船を停めましょう。

えぇ！？　連れていきたい場所ってあの島！？

行ったらわかりますよ。

話していても埒が明かねえ。取りあえず島に行くぞ。

…なぁ、アリスー。さっきからずっと歩いてるけど、誰もいないんだけど。

ここにはいませんよ。この先の森のずっと奥深くまで行きます。

えー、まだ進むのかよ。

ごちゃごちゃ言わない。ここはアリスを信じて行くしかないでしょ。

とは言え、森の奥が目的地ってことは普通じゃねえだろ。
取りあえず何があっても対応できるように戦闘の準備だけは欠かすなよ。

はいはーい。

しっかしまあ、歩いても歩いても人もいなけりゃ、ラインもいないわね。

アリス、本当にこの道であっているのか？

おかしいですねぇ。もうすぐ着くはずなんですけど…。
もしかして、道間違えちゃいましたかね。

…勘弁してくれよ。

誰だ！！！

ひぃっ！？

これは…ボウガンか！　どこだ！？　出てこい！

おっと、そのまま動くんじゃねえ。お前が剣を振るよりも早く俺の矢がテメェの頭を撃ち抜くぞ。

くっ…。

待ってください！

あんたは…アリスちゃん！？

この人たちは人間ですが、私が信頼できる仲間です。
どうしても知ってほしいことがありましてここに連れてきました。
村長さんに合わせてもらえませんか？

アリスちゃんが言うなら…いや…しかし…。ぬぅ…本当に信用していいのか？

はい。ですので武器を収めてください。

…分かった。ただし、武器を収めるのはそっちもだ。後、この島の事を絶対に口に出さないことが条件だ。

約束します。

…そんなこと信用でき――

いいですね、ゼノンさん。

…ちっ、分かったよ。

というわけです。

ゼノンとやら、信用していないのはこちらも同じだ。…ついてこい。

うわぁ、本当に村があったよ。

でも、人の気配がしないね。

多分警戒して隠れてるかなんかだろうな。

着いたぞ、ここが村長の家だ。

ご案内感謝します。

問題ない。ただし、約束は絶対守ってくれよ、じゃあな。

こんにちは、アリスです。

…はい。

あなたが…村長？

いえ、私は村長の娘、イシュアと申します。父は家の中にいますので、どうぞお上がりください。

おぉ、アリス。元気だったかい。
はて…この子たちは？

この人たちは私の…人間の友達です。この村のことを知ってほしくて連れてきました。突然の訪問をお許しください。

なぁ、アリス。そろそろ、その知ってほしいことってのを教えてくれよ。

この村は――

アリス、実際に見せたほうが早いでしょう。私は病の身で見せる力はないが…イシュア、見せて差し上げなさい。

…はい。

つ、翼が！？

やっぱり…ラインだったんですね。

そう…厳密にはラインと人間との間に生まれたハーフだけれども。
あなたたち人間には同じようなものでしょう。

ラインと人間の…ハーフ！？

この村は、ラインと人間が結びついてしまったが故に、ライン、人間両種族から忌み嫌われ、
迫害されてきた者たちが住む村なのです。

村長さんは…？

私はラインですよ。妻は人間ですが、ラインの私を愛していることが知られてしまい、異端者として同じ人間に殺されてしまいました。

そんな…。

酷い…。

私は妻と生きた証であるイシュアを連れて、人間、ラインの手の届かないこの島に村を作り、移り住んだのです。
その時に協力してくれたのがこの子、アリスだった。

そして父は、同じ境遇の人たちが安心して暮らせるように、この村に移住するように促しました。

…俺、何も知らなかった。

少し、質問していいか。

どうぞ。

人間はラインをただの獣だと思ってる。
俺もこの話を、いや、アリスと会うまでラインが知能を持ち、人の言葉だって話せることすら知らなかった。
何故こうも知られていない？

それは…。

知った者は、勿論真実を告げようとします。ラインは人間と同じだ、と。
しかし殆どが、ただの凶暴な獣だと信じ、忌み嫌う人間たちは彼らの言葉を狂人が発する妄言として相手にしなかった。
それどころか排除しようとしたのです。

なるほど…。

ちょ、ちょっと待ってください！
ラインも人間と同じ知能があるなら…何故、人間を襲うんですか！？

…私たちラインはね、君たち人間より大陸にすむ前から暮らしていたんだ。
ラインは普通の獣よりも遥かに強い力を持っていた。一方、人間は非力だった。
だが、彼らは物を生み出す能力に富んでいた。

まさか…。

人は武器を用いて我々ラインと対抗したのだよ。そして我々は負けた。
人間はさらに成長し、より高度な知能を、高度な物を生み出していった。
対するラインは強靭な肉体のみを武器としていたため、必然的に排除されていったのだよ。

私たちラインが人間を襲う理由、それは奪われた土地を取り返すため。
しかし、いつのまにか、ただ人間が憎いからと変わってしまったのです。
ラインは人間が憎くて襲う、人間を襲うから人間はラインを憎む。
こうして今の関係ができあがってしまいました。

取りあえず話はここまでとしましょうか。知らなかったことを知ってあなた方も困惑しておいででしょう。
でも、少し私たちの事を理解してくださったかと思います。

…はい。

アリスが認めた方々だ、きっと信用に足る人たちなのでしょう。
今日はこの家に泊まっていってください。ここに来るまで大変だったでしょうし、ゆっくり休んでください。

くそっ…。

ゼノンさん。いないと思ったら浜辺にいたんですね…。

何しに来た。こんな俺の姿を見て笑いに来たか？

あなたがいじけてるだろうと思って心配で来たんですよ。

…勝手に言ってろ。

…色々、ぐるぐるしてるんじゃないですか？

ラインは俺の、祖国の仇だ…。
この憎しみはラインを切り裂いて、内臓を引きずり出しても足りないくらいだ。だが――

今は…悩んでるんですね。

もう訳が分からねえ…。俺は一体、どうすれば…。

私はですね、今こう言うのは変ですけど、ゼノンさんがこの真実を知って、悩んでくれていて…嬉しいですよ。

…。

あなたが復讐の道を選んでも、私たちは否定しません。それだけのことを私たちはしてきたのですから。

何を今更…。

ただ、もし、ラインのために悩んでくれるのであれば、もっともっと悩んで、悩みぬいてくれませんか？
答えはずっと先でもいいですから。
答えが出るまで私は待ちますから…。

はぁ、疲れた…。長旅で体も痛いし、ラインのこともあるし、くたくただよ…。

レイ、入るわよ。

どうしたのさ。

あのさ、ちょっと散歩に行かない？

え？　あ、あぁ、別にいいけど…。
急にどうしたのさ。

気分転換よ、気分転換。
…なんか一人で考えているとこんがらがっちゃてさ。

そっか。丁度俺も気分転換したかったんだ。よし、行こう！

うん、ありがと！

それにしてもラインが人間と変わらないなんてなー。俺、未だに信じられないよ。

うん。アリスと戦ってなかったら、きっと知らないままだった…。ん？　アリス？

アリスがどうかしたのか？

いや、アリスって誰にも気づかれずにあたしたち人間の中に溶け込んでたじゃない？
もしかしたら他にもいたりするのかな…。

どうだろ。でもこの村の人たちは、ラインの殆どが人間を恨んでるって言ってたからそれは無いんじゃないかな。
アリスが珍しいってだけで。

そっか…。もしいたら心強いのにな。

そうだな。…そう言えば、リィ。

なによ？

散歩に行く前に考え込んでたことって何だったのさ？

…あ。

ん、あぁ、ごめん。話しづらい内容だったら、無理に言わなくていいよ。

いや…そう言う訳じゃないんだけど。…あたしのパパとママの話なんだ。

…確か、ラインに…。

うん。でも、ラインに襲われた割には変なことが多くて…。

どういうこと？

ラインって人間だけじゃなくて建物も壊していくじゃない？
でもパパとママが襲われた時は…二人だけを襲って他に何も壊さなかった…。
あたしが帰ってくるまでの景色も何一つ変わってなかった…。

それって…まるで…暗殺…。

うん。ラインには人間と同じか、それ以上の知能がある。
それならきっと、そんなことだってできるはず。
でも…なんでパパとママがラインに？
別に個人的にラインに憎まれるようなことはしていないはずなのに。

…セイルさんなら何か知ってるんじゃないかな。

…そうね。余計にあいつを探し出さなきゃならなくなったわね。

長い旅になりそうだなぁ。…ん？　あれは――

あら、あなたたちは…リィさんにレイジスさんですね。

イシュアさん…。その子たちは？

この村で生まれた子たちです。人間も、ラインもこの村にいる人しか知りません。

ということは平和に暮らせてるんですね。

はい…。願わくば、人間とラインが互いに手を取り、隔たりのない世界でこの子たちが生きてほしいものです。

人間とラインが手を取る…。

互いに心と知能があるんです。不可能ではないはずです。

おねーちゃん！　遊んで遊んでー！

ふふ、可愛い。いっちょ前にかっこいい角生やしちゃって。

自慢の角だよ！

…こうしてみると、見た目が違うだけで、本当に変わらないな。

そうでしょう。

ねえボク、平和な世界になるといいね。

うん！

違うってリィ。なるといいねじゃなくて、するんだよ！

お兄ちゃんかっこいい！

そ、そうかな？

なぁに本気になってんのよ！　かっこいいにはまだまだ遠い！

…えー、かっこよさ、何点くらい？

13点。

きーびしー。ってか点数が無駄に生々しい。

でも…良い事言ったと思う。あたしたちが頑張らなくちゃね！

あぁ！

…ふふ。

ん？　イシュアさん、どうかしたんですか？

ラインも人間も、あなたたちみたいな人だったら、仲良く手を取り合って暮らせるのかもしれないって、思いました。

へへへ。

あたしとレイジスは暫くイシュアさんと一緒に子供たちと遊んだ。
ライン。その正体は人間と同じ、知能を持ち、言葉を話す存在だった。
人間との関係、パパとママを襲ったこと、まだ色々分からないことはあるけど、今はせめてここで暮らしている人たちだけでも何者にも邪魔されずに平和を享受してほしいと思った。
…でも、その願いはすぐさま打ち砕かれることになるとは、今のあたしには予想だにしなかった。