第一章

モーフ・ザ・キャット










ここは人がノスタルジーを求めに来る町、




浅草。




浅草寺のお膝元、

人力車が雷門の車道で威勢よく客引きをし、

和菓子の銘店、寿司屋、蕎麦屋、お好み焼き屋、

そして怪しいお土産屋が軒を連ねる。




しかしその一方、

人気チェーン店も多数存在し、

意外と来てみるとノスタルジーは薄かったりするが、

それでも江戸っ子の景観がほんのり香る
全国的人気の観光スポットである。










そんな観光ムードの街並みとは
真逆の面持ちで



織原経華、



21歳は浅草寺の境内に深々とお辞儀をし、
手を合わせた。

織原経華

早く内定取れますように


自分の柏手のショックで立ちくらみを
してしまうほどに
経華は就活でメンタルを追いやられていた。

100社面接して内定ゼロ。


もう後が無かった。

織原経華

必ず内定を取ってみせる!


そう心に何度も言い聞かせながら経華は
景気付けにと
浅草名物の舟和の芋羊羹を頬張るが

織原経華

う、ウガッ!!

忘れかけてた胃痛を悪化させるばかりであった。



今回の企業は就職サイトで見つけた
全国チェーン展開している
大手整体リラクゼーション施設の運営会社。


今日はその浅草支店へ面接説明会を
受けにやってきた。


バイト経験のある接客サービス業であること、



❝業界未経験者歓迎!❞



という記載と、

織原経華

上手いこと話が運んだら自分の肩こりを直してもらおう!





という浅い動機で
エントリーしてみたのが経緯である。




しかし、

地図を辿っていけば行くほど、

華やかな観光スポットとはかけ離れ、

寂れたラブホ街や切れかかったネオンの店
ばかりが目立つ怪しい通りへと入っていった。

織原経華

きっと地元密着型の経営方針なんだな。多分面接で聞かれるから要チェック!

と面接への傾向と対策をしているが
アナログ派の経華は大学の就活センターで
プリントアウトしてきた地図とは
完全に間違った道へと進んでいたのだった。


歩き疲れて左足にしびれを感じ始めたころ、

たどり着いた雑居ビルの看板にはチャイナドレスに身を包んだ女性がマッサージする写真。

織原経華

店舗名『アロマ洗体エステ香蘭』…それっぽい、間違いない!




整体関係だからきっと合ってる!


という大雑把な考えから
経華は自信満々にキナ臭いビル内へと
入って行った。

ポストには他に

メイド雀荘、(ハプニング)BAR、熟女パブ

などなど
如何わしいテナントが何個も名を連ねていた。

織原経華

なるほど、成人男性向けの大衆総合娯楽施設か。きっと緻密なマーケティングの結果、これらのコアなテナントが企業シナジーを産んで…



とポジティブな分析を進める
経済学部4年の経華であったがそれはただ


≪そのエリアの治安の問題である≫


ということには全く気づかないのであった。





3Fのエレベーターが開くと
目の前の照明を絞り切った
薄暗いカウンターに薄汚い中年の男が
下を向いて座っている。

織原経華

お忙しい中、失礼いたします!!本日説明会を受けに参りました織原経華と申します。よろしくお願いいたします!

腹の出た中年男は
その元気いっぱいの声にびっくりして振り向いた。

店長

あれ、バイトの申し込み?電話あったっけ?

織原経華

はっ!!大変申し訳ございませんでした!たしかにWEBエントリーの時点で日時のやり取りは済んでいるかと思っておりましたので…

店長

何言ってんだこいつ?


と店長は心の中で思ったが

経華の整った顔と胸とヒップラインを
さっと見て

93・61・89

の数字を
瞬時にはじき出してから
スイッチが切り替わった。

店長

君いくつ?

織原経華

失礼しました!只今履歴書を出しますので少々お待ちを

店長

イヤ、うちはそういう面倒なのいいから。
年齢は?
今まで付き合った人数は?
スリーサイズは多分上から
91・61・89
と見たけどどうかな?

織原経華

いきなりプライベートな質問…これは日常会話から接客能力を試されているパターンだ!

織原経華

はい。
織原経華、21歳。
恥ずかしながら男性経験は今までございません。
スリーサイズは昨日、スイーツバイキングでいささかやりすぎてしまったので不安ですが、
自分の記憶が正しければおおよそ貴社の読みで合っているのではないかと思われます!

店長

そうかやりすぎちゃったか。
うーん!
まさに巨峰、グレープなGカップ、と。
この業界は初めて?

織原経華

はい。
でも昔よく父が治療の一環で整体院に通ってて、施術されて状態が改善していく父の姿を見て、幼いながらも憧れはありました。
あと自分が在学中に飲食業ではありますがサービス業をしていたので、
その経験を活かしたいと思い、今回エントリーさせて頂きました

店長

イイネ、泣かせるね。
ところで初体験はいつ?
その体で本当に男を知らないなんて言わないよね?

織原経華

申し訳ございません。質問の意図が分からなかったのでもう一度言っていただけますでしょうか?


聞き返す経華の表情は
芝居でも恥じらいでもなく
純粋なる無知だった。



そしてそれを店長は
長年の経験から瞬時に悟った。

店長

採用!
君はダイヤの原石だ!!

織原経華

え!あの失礼ですがそれは内定と受け取ってよろしいのでしょうか?

店長

大げさに言えばその通りかな。じゃあ、さっそく技術研修に入りたいけど時間ある?

織原経華

はい、もちろんです!ありがとうございます!

店長

ちょうどこの先を行った黄色いカーテンにバナナのマークが貼ってある部屋があるから。そこに制服置いてあるんで着替えて待っててもらえる?

織原経華

はい、頑張ります!ありがとうございます!

会話をしながら店長は経華の死角ですでに
自店のHPに彼女の“新人紹介”プロフィールを
着々と製作していたのであった。



続く

第一章 モーフ・ザ・キャット

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