東京にある笠音高校の放課後。
 その生徒が部屋に入って来た途端、空気が凍りついた。
 生徒会室を瞬間冷凍したのは、一年生の志賀久狼。
 身長は180センチ以上の痩せぎすな体格。一重の鋭い目つきに、ぼさぼさの金髪。常に眉間に皺を寄せ、不機嫌を貼りつかせた顔を直視する者はいない。目が合ったら最後、どこかへ拉致される噂があるからだ。
 見た目と名前のせいで、付いたあだ名は一匹狼。
 久狼は瞬間冷凍中の室内を見回し、

おい、生徒会長はどこだ?

 地の底から湧きあがるような低い声で訊いてきた。
 誰も答えない。いや、怖くて声が出なかった。

……生徒会長出せって言ってんだろ!

 生徒会室に久狼の怒鳴り声が響く。

せ、生徒会長はまだ来てな……

生徒会室に殴り込みとは、素晴らしい勇気ですね

 ドア近くにいた眼鏡の生徒が、怯えながら答えている時、久狼の背後から楽しげな少女の声が掛る。

はあ?

 久狼が振り返ると、小柄な少女がニヤニヤ笑いながら立っていた。

あんだよ、てめぇ

 久狼の眉間のしわが深くなる。

わたし? わたしは君が探してる生徒会長様。名前は天城ユウ。自分のボスの顔くらい覚えておきましょうね。志賀久狼くん

ボス?

そう。ボスです。今回は殴り込みに来た君の勇気を称えて、本来は停学のところを見逃してあげましょう。さっさと出て行って下さいね。とても邪魔です

……

 穏やかな笑顔で酷い物言いの天城に、久狼を怒りに任せて怒鳴ろうと思ったが、ここに来た目的を思い出し、ぐっと堪える。

今日は殴りこみに来たんじゃねえよ

ほうほう。今日は? では、明日や明後日は殴り込みに来るかもしれないってことですね

……頼みがあって来たんだよ。生徒会長様にしか頼めない事なんだ!

ほうほう、お断りします

はっ?

 天城が間髪いれずに断り、久狼は間の抜けた顔をする。

君みたいな人の頼みなど、嫌な予感しかしません。さあ、早く帰宅して下さい。ゴー・ハウス!

てめえ……!

 久狼はしばらく無表情な天城の顔を睨んでいたが……

はぁ~、わかったよ

 大きな溜息を吐いて、背を向けた。

わかって頂いて幸いです。寄り道せずに帰って下さいね。途中で、泥棒や殴り込みなどしてはいけませんよ

するかよっ! ……ポスターの公約なんて、ウソじゃねえかよ。信じた俺がバカだったぜ……

 久狼がボソッと呟く。その小さな呟きは、天城の耳にも聞こえていた。

お待ちなさい

 天城は久狼の腕を掴み、引き留める。

ポスターの公約を見て、来たんですか?

ああ、てめえ、生徒会長に立候補した時のポスターに書いただろ? 皆さんの力になります! ってよ

……ええ。確かに

顔は忘れちまったけど、その言葉は覚えてたんだよ。気紛れだけど……てめえに投票したんだよ、俺。……バカだろ? はは……

 久狼は自嘲気味に笑う。天城はその顔をじっと見つめ、

君がバカなのは、誰の目にも明白です

おいっ!

でも、公約を信じたのは、バカではありません。正しい判断です

天城……

君の頼みを聞きましょう。ただし、法に触れる行為をできませんよ

……俺を何だと思ってるんだよ

 天城はにっこり微笑み答える。

学校の有害生物です

 
 場所を生徒会室から屋上に移し、久狼は天城に頼みたい事を話す。
 久狼は北海道の女子高生とネットで知り合い、夏に彼女のいる北海道まで行き、直接会って付き合う事になった事。来週、彼女が東京に会いに来る事を話した。

へぇ~……一匹狼なんて言われながら、君なんかにも恋人がいるんですね

 ここらへんで、相槌を打つ天城の声が低くなってきたが、久狼は気付かない。

そこで、大問題があるんだ! 実は俺……彼女には生徒会もやってる優等生っていう設定になってんだよ

君が生徒会? 優等生? 君のやさぐれた雰囲気・言動でバレるでしょうが、それ以上に一目でわかりますよ。その頭

 天城の視線は久狼の金髪を指す。

彼女と会う時は黒く染めて、眼鏡も掛けてんだよ。言葉だって、俺じゃなくて僕に変えてるし。本当に彼女は真面目で、純粋なんだよ。清純派の王道って感じで可愛いく……

それで、わたしにどうしろと?

 惚気始めた久狼の言葉を遮り、天城は訊く。

お、おう。お前には俺の生徒会のダチとして、彼女に会って欲しいんだよ。役はそのまんま生徒会長でいいから、俺は……副会長でいいかな

君が副会長なら、わたしは即刻リコールしますよ

う、うるせえな。書記でも何でもいいよ。とにかく、生徒会の仲間って感じで頼むぜ! 生徒会長様!

 久狼は頭を下げて頼むが、天城の返事は冷たかった。

なるほど……お断りします

はっ? なんでだよ! 協力してくれるって、言ったじゃんか!

法に触れる行為は出来ないと、話したはずです。君が彼女にしている行為は、詐欺罪です。そもそも不良であることを隠すぐらいなら、不良なんて辞めてしまいなさい

仕方ねえだろ! 髪を金髪にしてるってだけで、みんな変な目で見て、逃げてくんだからよ

当り前でしょう。まさか、見た目で判断するなとか言い出す気ではありませんよね?

うぅ……

はぁ~……

 久狼は図星を指され呻き、天城は呆れた顔で溜息を吐く。

君は誰かの命令で不良になったわけでなく、自分の意思でなっているんですよね? まわりから避けられたり、偏見を持たれるリスクを覚悟の上で、不良になっていると思っていましたが……。君に不良の意地は無いんですか?

不良の意地?

ええ、意地です。不良の意地があれば、彼女に君の真実の姿、金髪不良の姿を見せるべきです。その姿でも彼女の心を掴むのが……本当の恋だと思いますよ

……口で言うのは簡単だろ! 人を偉そうに説教する前に、自分は生徒会長としての意地はあんのかよ?

もちろん、ありますよ。わたしは公約で皆さんの力になると約束しました。だから、君の頼みごとを聞いたんですよ。君の為ではなく、生徒会長としての意地を守る為にね

……俺は……

 久狼の言葉を続かず、途切れる。
 俯いてしまった久狼に、天城は優しく言った。

思い切って、真実の姿で彼女に会ってみたらどうですか? 真面目な彼女でしたら、逆にカッコいいと思ってくれる……かも。何事も当たって砕けてみないとわかりませんよ


 翌週の休日。
 久狼と天城は学校の屋上にいた。
 久狼は頭を抱えて落ち込み、横にいる天城はニヤニヤ笑っている。

いや~、見事に砕け散ってしまいましたね

 天城の明るい声に、久狼は顔を上げ睨む。

……わかってたろ?

え?

俺が振られるって、わかってただろ! 絶対!

言い掛かりですよ。いいじゃないですか、君みたいな不良にも、少しの間でも恋人がいて……ええ、ホントに

 天城は独り言のように、ぼそぼそ呟く。

な~んで、こんな奴に彼女が出来て、わたしには出来ない……

……天城、彼氏いないのか?

ええ、いません、いないんですよ!

 急に天城の声が大きくなり、久狼は驚いて仰け反る。

不可解な現象だと思いませんか? 才色兼備のわたしに恋人がいなくて、学校の有害生物にはいるんですから! 皆さん、遠慮しているんですかね? どう思いますか?

……さ、さあな

 久狼は天城に恋人が出来ない理由が痛いほどわかりながら、口に出す勇気は無かった……。
 

一匹狼と生徒会長様

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