私が先輩への想いを諦めた数日後、私たちは光陵高校へ遠征に出掛けた。

 1日目は、約半日の練習試合を行った。全国で準優勝している高校ということもあり、団体戦はたったの10点差での勝利だった。

 1日目の練習試合を終え、光陵高校を後にした私たちけやき商パソコン部は、宿舎となるホテルのロビーに居た。

若林先生

よし、それじゃあ班毎に受付で鍵を貰って、荷物を部屋に置いてきたら、食堂で夕食だ。その後は自由時間とする。

わかりました!!

 若林先生の指示で解散した私たちは、事前に決めていた室長が受付で鍵を受け取り、各々の部屋へ向った。

嶋尻 真琴

それにしても、光陵高校は強いわね

嶋尻 美琴

お姉がもっと頑張れば、余裕で勝てたんじゃないの!?

嶋尻 真琴

そんなこと言って!あなたも頑張らなきゃなのよ!

嶋尻 真琴

…私も確かに頑張らなきゃだけど…
煉先輩、ああは言ってたけど、結局調子は悪いみたいだわ…

嶋尻 美琴

まぁ、それはそうなんだけどさ…。煉先輩、調子は戻ってきているみたいだけど、なかなか苦しんでいるみたい…

三枝 紗代

副部長とも点差はわずかでしたし…

嶋尻 美琴

煉先輩、今日不調の原因を話してくれるって、前言っていたけど…

嶋尻 真琴

…そうなの。
それじゃ、食事が終わって自由時間になったら、それとなくあなたから聞いてみて。

嶋尻 真琴

…もう、今の私では、これ以上の力にはなれない…
美琴なら、もしかして…

嶋尻 美琴

分かった!

 私たちは部屋に荷物を置いて私服に着替えると、食堂へと向かった。

 食堂にはまだ誰も到着しておらず、私たちがトップバッターだった。

嶋尻 真琴

…ここなら出入口も近いし、先輩方や先生に失礼にならないわね。ここにしましょう

 私は、出入口付近にあった島を選び出し、私たち3人が着席する。

嶋尻 美琴

お姉、ところでなんでここだと先輩方や先生に失礼にならないの?

嶋尻 真琴

こういう席がたくさんある場所には『席次』っていうのがあるのよ。

嶋尻 真琴

一般的に、出入口から遠い場所が『上座』、出入口に近い場所が『下座』って呼ばれていて、上座から順番に偉い人が座ることになっているのよ!

三枝 紗代

先輩、さすがです

嶋尻 美琴

お姉、それって何で勉強したの?

嶋尻 真琴

2年生になると『秘書・接遇』って選択授業があるの。
その授業で勉強する『秘書検定』の中に、席次の基本っていうのが出てくるのよ。
って言っても、ついこの間授業受けたから、覚えていただけなんだけどね…

嶋尻 美琴

へぇ~。その席次って、社会に出てから絶対に必要になる知識だよね

嶋尻 真琴

そうね。だから、私たち商業高校の生徒は、他の高校に比べて就職できる確率が高いのかもね!

 そんな話をしているうちに、いつの間にか食堂の入口まで来ていた煉先輩を美琴が見つけ、隣に座るよう指を指す。

 その動作を見た先輩は、同じ部屋の部員と別れ、私たちの席まで歩いてきた。

沢継 煉

…真琴達はずいぶん早いんだな

嶋尻 真琴

はい、鍵を一番早くもらえたので、部屋にも早く行けましたから…

嶋尻 美琴

それに、お腹ペコペコだしね

嶋尻 真琴

それにしても、光陵高校はなかなか強敵ですね

沢継 煉

ああ。今日の練習試合も、ある意味負けなかったのがおかしい位だろう…

嶋尻 真琴

でも、アウェーである私たちが勝てたのですから、私たちの実力の方が上、ということでしょう!

若林先生

…確かにそうかも知れない。でも、油断は禁物だぞ。自分の実力に胡坐をかいた瞬間に、大会での入賞は難しくなるだろう

沢継 煉

若林先生!いつの間に…

 いつの間にか私の隣に座っていた若林先生が話に入ってきて、一同を驚かせる。

若林先生

ああ、ほんの少し前に、な。それよりも、沢継、ちょっといいか?

 立ち上がった若林先生が、廊下を指差し先輩を手招きしている。

沢継 煉

…はい、分かりました。
真琴に美琴、それに紗代、また後でな。

嶋尻 美琴

はい!席を空けて、お待ちしております♪

 美琴の言葉に見送られ、先輩は食堂を後にした。

嶋尻 美琴

…若林先生、先輩とどんな話をしてるんだろう?

嶋尻 真琴

きっと、今日の試合のことね。
勝てはしたけど、先生としては「圧勝」くらいして欲しかったんじゃないかな?

三枝 紗代

今の状況だと、今年の全国大会優勝は、なかなか難しいのでは?って考えるはずです

嶋尻 美琴

先輩が不調なら、私たちが頑張らなきゃね!

 そんな話をしながら先輩を待っていると、5分もしないうちに先輩は食堂に戻ってきた。

 美琴がその姿を瞬時に発見し、さっきと同じように手を振り隣に座るよう指を指す。

嶋尻 真琴

…美琴…あなた、やっぱり…

 私達の姿を確認した先輩は、一言二言先生と話をし、私たちの席へ戻ってきた。

嶋尻 美琴

煉先輩、若林先生の話って、何だったんです?

沢継 煉

…いや、ちょっとな…。食事の後の自由時間の時にでも話すよ

嶋尻 美琴

…ここじゃ話しにくい話なんですね…

沢継 煉

…まあ、な…

嶋尻 真琴

…美琴はどこまで『天然』なのかしら…

嶋尻 真琴

はいはい、話はそこまで。ほら、食事が運ばれてきたわよ

 私の言葉に他の3人が厨房への出入口に視線を向けると、ホテルの仲居さんが次々と豪勢な夕食を運んできた。

 そして、けやき商パソコン部のメンバー全員に食事が運ばれると、若林先生の号令で食事が始まった。

 食事を終え、消灯まで自由時間となった頃、私はふと食堂内を見渡すと、いつの間にか煉先輩の姿がなくなっていた。

嶋尻 真琴

…煉先輩、一体どこに…

嶋尻 真琴

…ねぇ美琴、さっきまであなたの隣に座っていた煉先輩は!?

嶋尻 美琴

えっ!?煉先輩なら隣にずっと…
あれっ!?

嶋尻 真琴

食事の後、あなた、煉先輩と話をするんじゃなかったの!?

嶋尻 美琴

…まぁ、そのつもりだったけど…

嶋尻 真琴

『つもり』じゃなくて!!
煉先輩が話すって言ってたんだから、聞きに行きなさい!!

三枝 紗代

美琴ちゃん、きっと煉先輩も話をしてくれると思うよ!

嶋尻 美琴

お姉、それに紗代…
分かった!私、煉先輩を探してみる!

嶋尻 真琴

遅くても、消灯時間までには部屋に戻るのよ!

嶋尻 美琴

分かったよ!お姉!!

 そういうと、美琴は食堂から駆け足で出て行った。

嶋尻 真琴

…美琴、頑張るのよ…

三枝 紗代

先輩、これで良かったんですか!?

嶋尻 真琴

えっ!?

三枝 紗代

いえ、副部長さんも、煉先輩のことを、その…

嶋尻 真琴

三枝さん…

嶋尻 真琴

私の先輩への恋は、もう終わったのよ…もう…

三枝 紗代

嶋尻 真琴

さぁ、私たちは部屋に戻りますか!?

三枝 紗代

はい!

 部屋に戻った私と三枝さんは、普段練習で使用している問題のコピーを見ながらシャドータイピングをしたり、テレビを見たりしながら、美琴の帰りを待った。

 なかなか先輩が見つからなかったのか、それとも先輩との話が盛り上がったのか、美琴は消灯時間ギリギリで部屋に戻ってきた。

嶋尻 真琴

美琴!遅いじゃない!!どこに行っていたの?ていうか、その顔どうしたの?泣いていたの?

 帰ってきた美琴のまぶたは赤く腫れ、頬には涙が流れ落ちた跡が残っている。

三枝 紗代

美琴ちゃん。大丈夫?

嶋尻 美琴

お姉、それに紗代。心配してくれてありがとう。
私は大丈夫よ。
ちょっと、悲しいことがあっただけ…

嶋尻 真琴

…きっと、先輩は鳳城先輩とのことを深く語ってくれたのね…
私と同じく、今は先輩に想いを伝えても、きっと適わないと悟ったんだわ…

嶋尻 真琴

…私は、その瞬間に『自分には無理』と決めて、気持ちが離れていってしまった。
でも、涙まで流している美琴はきっと…

嶋尻 真琴

そう…兎に角、今日はもう休みましょう。
明日も試合があるわけだし、今日みたいな無様な結果、若林先生には見せられないわよ

嶋尻 美琴

…そうだね。お姉

三枝 紗代

美琴ちゃん、頑張ろう!

嶋尻 美琴

…うん

嶋尻 真琴

…美琴、私には無理だったけど、あなたなら先輩の助けになれるのかも知れない。
中3の文化祭のあの日から、先輩に一途なあなたなら…
頑張るのよ!美琴!!

 遠征2日目。今日は私たちが東京へ帰るということもあり、午前中のみの練習となった。

 美琴と話をした効果が出たのだろう。煉先輩は調子をいつもの取り戻し、光陵高校に約100点差をつけ勝利した。

 そして、私は美琴の恋を応援しようと、心に決めたのだった…

 真琴編 epilogue に続く

第1部 けやき商編 真琴編 第4話  「後押しと決意」

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