冷たい空気で目が冷める。

 今日は一月十三日。私と茜の誕生日だ。

うう、寒い……

 寒さに体を震わせつつカーテンを開けると、冬のやわらかい日差しがじんわり体にしみこんでいく。

 私はあの派手なボディスーツに着替えながら(プライベートを徹底して非公開にされている私達は、私服で事務所に行くことも禁止されているのだ)、机の上に置いた茜へのプレゼントを眺める。中身は四つ葉のクローバーをモチーフにしたピアスで、銀色の葉っぱの一つに、赤色の石が埋め込まれている。

実は一週間ほど前の休日、私は茜に内緒で一人で買い物に行っていた。人と目を合わせて会話するのが非常に苦手な私にとって、街で買い物をすることはとても容易なことではない。そのため、普段買い物をする時はいつも茜に手伝ってもらっていた。……でも、だからこそ、茜へのプレゼントだけは自分一人で買いたかった。

 目の前に置いてあるピアスはそれほど高価なものではないが、店に入るなり飛んでくる「いらっしゃいませ」にも、選んでいる最中に話し掛けてくる店員にも、そして店員と向かい合わないといけないレジにも負けず、生まれて初めて自力で購入したものだった。

茜、気に入ってくれると良いのだけど……

 支度を終わらせて部屋を出る最後、茜へのプレゼントを両手で取る。目を閉じゆっくり深呼吸した後、せっかくのラッピングが崩れないように、小箱をバッグのすみっこにしまった。



 部屋を出たら、すぐ隣の茜の部屋のドアをノックする。ばたばたとした足音の後、鍵の音がしてすぐ目の前のドアが勢いよく開く。出迎えてくれたのは、まだ寝巻き姿で眠そうな顔の茜だった。

おはよう、ずいぶん早いな

うん、なんか目が覚めちゃって。今日はご飯、一緒に食べよう。

ああ、いいぜ。じゃあ入れよ。ちょっと汚ねえけどな。

 茜の言う通り、部屋は少し散らかっていた。机の上には開きっぱなしのスケジュール帳やメモ、そしてシャーペンが無造作に置いてある。茜は不真面目そうに見えるが、仕事に対してはとても真剣で真面目だ。昨晩は今日のライブの確認をしていたのだろう。
 他に何かないか怪しまれない程度にざっと部屋を見るが、プレゼントらしいものは見当たらなかった。少しがっかりしたが、茜には無表情を装った。

冷蔵庫に卵とベーコンがあるから一緒に焼いといてくれ。

わかった。

茜が支度をする間、私はキッチンで二人分の朝ごはんを作る。パンをトースターに入れ、ベーコンと卵を焼いていく。
 茜は手早く寝癖を直すと、ベッドに腰掛け、いつもの派手なビビッドピンクのスーツに脚を通している。

 猫耳の付いたピンクのフライ返しでベーコンを裏返したあたりで、茜がこっちに話しかけてきた。

……なあ。

何、茜?

誕生日を誰かに祝われたことって、あるか?

 唐突な質問だ。私は自分の誕生日の時のことを思い出そうとするが、誰かに祝って貰った記憶はなかった。幼稚園の時なんかは親にケーキを買ってもらったような気もするけれど、それもよく覚えていない。

ん……小さい時くらい、かな。ここ数年は全然……茜は?

私も。履歴書書かされた時まで忘れてたくらいだ。

そっか。

 大抵、私と茜の会話は続かない。しかし、知り合ったばかりの頃は茜も私もお互いを警戒していて、会話が成り立つことすら稀だったので、これでも進歩している……はずだ。

 そのあとはこれ以上何も話すこともないまま黙々と支度が進んだ。私がテーブルの上の物を端に寄せ、朝食を並べたころには、茜も衣装のベルトを締め終わっていた。

……よし

こっちもできたよ

じゃあさっさと頂こうぜ

うん、いただきます

 向かい合って座り、手を合わせると、私たちはほぼ同時に食パンにかじりついた。



ごちそうさま

……ごちそうさまでした

 食事中もお互い特に何か話すこともなく、二人とも無言で食べ終わった。
 茜は壁にかけてある猫のシルエットの形の時計を見る。

……まだ出るには時間があるな。せっかくだし、今日のライブの確認でも……

ね、ねえ。

あ?

 渡すなら今だと思い、茜の言葉を遮る。こんなことは滅多にないので茜が怪訝な顔でこちらを見る。その突き刺すような視線になんでもないと言いそうになるが、ぐっとこらえて続ける。

ちょっと待って、今のうちに渡したいものがあって……

バッグからプレゼントを取り出して、両手で茜に差し出す。

お誕生日、おっ、おめでとう!

 渡す時は笑顔で手渡すと決めていたはずなのに、ついぎゅっと目を閉じてうつむいてしまった。茜の顔はわからなかったが、数秒ほどの沈黙の後、茜は取るように受け取ってくれた。私が目を開いたころには、茜は箱を少し傾けたりしながら眺めていた。

開けても?

う、うん。

…………あっ……

 茜にしては丁寧にラッピングを剥がし、中の小箱を開ける。中身を見た直後、茜は小さく声を漏らした。
 それを見て、もっとおめでとう以外にも何か言うべきだと思って色々と話そうとするが、やはり上手く言葉が出てこない。

あ、あの、茜、いつもピアスしてるから……私は、あまり、こういうのしないけど、これ、茜にきっと似合うって、思って……その……

……ん、ありがと。大事にする。

 反応はそれくらいで、他に特に喜ぶような素振りも見せず、茜は机の上に箱を置く。茜が素っ気ないのには慣れているはずなのに、今回ばかりは少し胸が締め付けられた。気に入らなかったのかな。そんな考えが頭をよぎる。

……まさかお前に先に祝われちまうとはな。

 茜は一つため息を吐くと、立ち上がって引き出しの方へ歩いて行く。そこから何かを取り出すとこちらに近づいて、私の手のひらに乗せてきた。紺色と水色の縞模様の紙でラッピングされた、手のひらサイズの箱だった。

ほらよ、葵、誕生日おめでとう。

……!
あ、開けるよ。

ああ。

 ラッピングを解いていくと中には、さっきも見たような白い箱。もしかして、と思いつつ開けてみる。
――中身は、銀の四つ葉のクローバーの、青い石が埋め込まれたイヤリングだった。私が買ったピアスと、色違いのものだった。

……あ

何がいいのかわからなかったから、とりあえずアクセにしとくか、これなんかいいんじゃないか、って思って買ったんだ。
……まさかお前も同じのを選んでたなんて驚いたぜ……

 そう語る茜を見て、身体の力が抜け、口元が緩んでしまう。よかった、気に入らなかったわけじゃなかったんだ。その様子を見て、茜はわけがわからない様子でこちらを見てくる。

……なんだよ、葵、そんなニヤニヤして、気色悪りぃな……

ううん、何でもない。とても嬉しかったから。
ありがとう、茜。

!……ふん

 私にできる限りの笑顔をしてみせると、茜は少し頬を染め口をへの字にしてそっぽを向いた。茜は褒められたり感謝された時、照れ隠しなのか、決まってそうするのだった。

 そうこうしているうちに出発の時間が近づいてくる。
 プレゼントをバッグに入れ、チャックを閉める。ふと顔を上げると茜と目が合ってしまったので、すぐに目をそらさず笑ってみせると、茜もニッと笑い返してくれた。

じゃあ行くか。今日は思う存分暴れてやろうぜ。

うん……!

 いつものヘルメットを被り、私たちは外に飛び出す。


 今日はきっと素敵な誕生日になる――そう思った。

1月13日のイヴたち

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