センター通りを抜けて花屋の角を右折し千歳通りに入る。
明滅するきらびやかな風俗店のネオンサインが目に飛び込んできた。
色とりどりの光が雨で濡れた路面に反射して幾重もかさなり合い一瞬妖しい幻想世界にでも迷い込んだような奇妙な錯覚に陥る。
センター通りを抜けて花屋の角を右折し千歳通りに入る。
明滅するきらびやかな風俗店のネオンサインが目に飛び込んできた。
色とりどりの光が雨で濡れた路面に反射して幾重もかさなり合い一瞬妖しい幻想世界にでも迷い込んだような奇妙な錯覚に陥る。
新天町一番街。
この国の富裕層とその金目当ての女衒で賑わう眠らない街。
ネオシティ最大の歓楽街である。
いつもは酔客で溢れるメインストリートも宵の口に振った雨のせいで客足が遠のき今は閑散としている。
黒いスーツに身を包んだ男が通りに現れると、所在無く路肩にたむろしていた若い客引き達がやにわに色めき立つ。
しかしそれがボディガードのヤオ・ミンを引きつれたヨシオカだと判ると、まるで見てはいけないものでも見たかのようにあわてて目をそらし無言で散らばってゆく。
肌蹴た黒シャツから龍の抜き彫りをのぞかせた地廻りのチンピラだけが大げさに挨拶をしたが、ヨシオカはそれを一瞥しただけで無視して通り過ぎた。
二人はこれ見よがしに壮麗な雰囲気を放って建っている青みがかった磁器タイル張りのビルの前で立ち止まった。
ヨシオカは御影石が敷き詰められたエレベーターホールにヤオ・ミンを待機させると独りで八階に向かう。
ケージから出て数歩進むと目の前に立ちふさがるような威圧感のある重厚な扉が現れた。
ヨシオカがエントランス脇の静脈認証システムのスキャナーに人差し指をかざすと『ラ・イスラ・ボニータ』の防弾ガラス製の分厚い自動ドアが滑るように開いた。
中央に配置されたグランドピアノを囲むようにゆったりとしたリザーブエリアのソファーが放射線状に並ぶ店内。
アロマオイルの異国的な香りが充満している。
高価なドレスで着飾ったホステス達は皆整いすぎていて無機質な仮面のような顔立ちをしている。
年会費がべらぼうなこの高級会員制クラブのラウンジは特権階級に属する男達でほぼ満席であった。
優雅に談笑している女達の本音は贅沢な暮らし、その為のお大尽なパトロン探しに他なかった。
マネージャーが寄ってきてヨシオカに耳打ちをする。
ヨシオカは無表情で頷くと受付のバックカウンター奥の隠し扉の向こうに姿を消した。
そして一般客には秘密の通路をたどるとその先にあるシークレットルームのドアをノックする。
「入れ」
ドアの向こう、低い声。
お待たせしました
静かにドアを開けヨシオカが慇懃(いんぎん)に頭を下げた。
絨毯敷きの十畳程の個室。
肌寒いくらいに空調が利いている。
黒い革張りのソファーに大きなガラステーブル。
一人の男がグラスに注がれた透明の酒を旨そうにすすっている。
友愛党幹部のナカシマであった。
首尾はどうだった?
おかげさんで
ヨシオカは短く答えた。
そおか
ナカシマは興味なさそうに頷くとほんのりと湯気の上がるグラスに口をつけた。
そいつは焼酎ですか?
芋焼酎のお湯割りだ。持ち込みで悪いがな。真夏でも寒いくらいに冷やした部屋でこいつを飲む。俺はこれが一番好きなんだ
よく手に入りましたね
ああ、カモガミ総統の大好物でな。海外産の安全なサツマイモで特別に造らせてる
わざわざですか?
この国の土壌はもうだめだ。放射能汚染が蔓延している───半永久的に農作物はだめだ。まあそれでもそこいらで普通に売ってるけどな国産の農作物は
金のない庶民はそれを食うしかないと。命縮めるってわかってても、空腹はがまんできねえ
その通りだ、食いたい奴は食えばいい
ナカシマがにべも無くそういった。
ヨシオカが苦笑した。
焼酎なんて昔は安酒の代表格だったのにな……。今じゃあ微かに芋の香りがするこいつが、不思議なもんで年代物のコニャックなんかよりよっぽど旨く感じる
ナカシマは目を細めてグラスを眺め呟くようにいった。
どうだ、飲んでみるか?
折角ですが今日はまだ落ち着かんもんで
そうか、相変わらずつまらん男だ。そんなに忙しいのか?
いや、先生ほどじゃあないですよ、でもたまにゃあ家族サービスも必要でしょうに?
ゆっくり女房子供と飯を食いながら話す。なんて事はもう何年もないな───
じゃあ、ここでゆっくりと遊んでいって下さい。新しい娘でも呼びましょうか?
お前には悪いがここは落ち着かなくてな
そうですか、良い店なのに
そういうとヨシオカは空になったグラスを手に取り新しいお湯割を作るとナカシマに差し出した。
で、次のターゲットは?
そう急かすな、それは追って連絡する
ナカシマはテーブルの上に視線を落とし注がれたグラスに口をつけた。
しかし、よく考え付いたなこんな悪行
うちらの稼業も今は大変なんですよ、昔ながらのシノギだけじゃ先細りです。時代にあった商売ってやつを開拓しないと生き残っていけない
まあな、人は変わるもんだし、時代は動くものだ
臓器移植を待ち望んでいる子供たちは世界中にいるが、正規のルートでは、脳死になった子供の臓器がなかなか出てこない
倫理的問題で小児臓器の移植を認めてる国もまだ多くはない
たとえドナーが出てきたとしても血液型、HLAのタイプ、臓器のサイズ全てが適合しないと拒絶反応を起こしてしまう。そして全てが適合する都合のいい提供者ががほいほい出てくる筈もない。しかし大金持ちはいくら払ってでも病気で苦しんでる自分の子供の命を助けたい───それでもって何処の馬の骨かわからないガキの臓器じゃあ嫌だ、どんな感染症もってるかわからない。実際エイズに感染した子供の臓器なんてゴミ箱行きです
安全は金で買うものだ
まったくです。でも金持ちって言うのは勝手なもんですぜ、自分の子供が助かればそれでいいっていうんだから、他所のガキがバラバラに刻まれて死んでいこうが知ったこっちゃない、おんなじ人間なのに
それが親心だ
そんなもんですか?独り身の俺にはわからねえ理屈です
ヨシオカは頷いた。
そこで頭のいい闇ブローカーが我が国の十歳以下の子供に目をつけた。ネオシティの小児臓器は今や立派な高級ブランドですぜ。『友愛党の政策の下で育てられた子供はストイックなほど安全な食品しか摂取してませんよ、全くの無菌で衛生的、安心安全です』 そんな謳い文句で世界中の大金持ちがこぞってこの国の小児臓器に飛びついた、全くいい加減なもんだイメージ先行もはなはだしい
ブームというのはそういうもんだ
奴らマッチングビジネスだとか言ってやがるが、鬼畜商売以外の何物でもねえ
お前からは言われたくないだろうがな
そう言ってナカシマは満悦の笑みを浮かべた。
そりゃあそうでしょうが
ヨシオカも愉快そうに頷きながら話しを続ける。
相変わらず世界中の国々はこの国で生産されるあらゆる食品の輸入を全面禁止してるのに、闇ルートの小児臓器だけは引く手あまただ
皮肉なもんだな
全くです。だが俺達だってブツが高く売れれば、そんな理屈はどうだっていい
うむ
しかしいくらなんでもそこいらのガキさらって売り飛ばすなんて無茶な話だ、そんな事はできやしねえ、この国は表向きは民主主義だが実質クーデター以来友愛党の軍事政権の下にあるわけだし。さすがに黒服は怖いですよ、俺達だって───
まあな
そこで協力者が必要だ、国家権力っていう
それで、黒服に顔の利く私に目をつけた
いやいや、目をつけただなんて───
まあいい。続けろ
実際、反政府分子っていうのは厄介なもんですよね、地下に潜って活動し気が付いたときには遅い。テロリズムってのは一瞬の隙を突いて行われる、テロリスト達は庶民面して普通の市民生活を装ってやがる。見分けがつかねえ
お前達ヤクザのほうがわかりやすくて楽だ
全く、その通り
ヨシオカがおどけた調子で膝を叩くと二人ともさも楽しげに声をあげて笑った。
で、ちょっとだけ情報を分けてもらう、そして俺たちは政府のテロリスト対策のお手伝いだ。少しの間黒服に眼をつぶってさえもらえればそれでいい。それで政府は反政府分子を家族ごと処分できる、我々はリスクなしでそれなりの利益が確保できる。持ちつ持たれつのギブアンドテイクって訳です
まあ、そうだ
まあそれが実際テロリストかどうかなんてどうでもいい訳で。大義名分さえあればいい。そして先生は俺達の上前をはねる
一体何が言いたい?
いくぶん気色ばってナカシマが訊き返す。
いえいえ、言いたい事なんてないですよ。ただお互い様だって言いたかっただけだ。蛇の道は蛇。ねえ先生
ヨシオカがいった。
今も昔も政治には金が掛かるものだ
一瞬の沈黙。
───で、誰が一番悪党なんですかね
ヨシオカが静かにタバコに火をつけ一服吸いつけるとゆっくりと煙を吐き出しながらそういった。
さあな───あいつらだって表向きにはまっとうな世界企業だ。さらにその上に立つ奴らの考えなんて俺にも想像すらつかん。わからん事は考えるだけ無駄だ
ナカシマが続けて何か言いかけた時ヨシオカの携帯が鳴った。
「失礼」とナカシマにことわりヨシオカは電話に出る。
事務所当番の組員からの電話だった。
どうした?
ノセさんから電話がありまして 相談したいことがあるからいつもの所に来て欲しいとのことです
ああ、わかった、すぐ行く 他に変わった事はないか?
今のところはありません
そうか、なんかあったら知らせてくれ
先生すんません、ちょっと野暮用ができまして……
ああ、気にするな、適当に飲んだら帰る
ナカシマはそういうとグラスに残った焼酎を一気に飲み干した。