「……なにが『というわけで』なんだ?」
学園都市タスラムに臨時講師として籍を置くカーク・ギリアムは、自身に割り与えられた一室で頭を抱えていた。
というわけで、明日お休みを頂きたいのですが
「……なにが『というわけで』なんだ?」
学園都市タスラムに臨時講師として籍を置くカーク・ギリアムは、自身に割り与えられた一室で頭を抱えていた。
あれ?今、しっかり説明しましたよね?
カークの対面に座っている少女――彼が勤務する学校の生徒であり、仕事上においては部下でもあり、今の頭痛の原因でもある――リチア・クロシェットは意味がわからないとばかりに首をかしげていた。
「ああ、しっかり聞いたぞ。今日の放課後、人生初の異性への告白に成功したお前はこれまた人生初の異性とのいちゃらぶ下校に挑戦。本来なら家まで10分もかからないってのにわざわざ遠回りしてまでストロベリートークを交わしながら二時間もの時間をかけて帰宅。
その間、車に轢かれかけた猫を助けた彼にときめいたり、チンピラに絡まれてふたりで手をつないで逃げ回った挙句人気のない場所で意識して慌てて手を振りほどいたり、仲の良い友達だと思ってたのに『お前女だったのか!』とか衝撃の事実が発覚したり、子供の頃の結婚の約束フラグを回収したりしながら明日のデートの約束を取り付けてきたんだよな?」
カークが報告を受けたのは、『リチアがターゲットの少年に告白し、明日デートする』ということのみであったがそれをそのまま答えるのは癪だったので適当に設定を加えてみる。
自らが追加、捏造した内容の馬鹿馬鹿しさにこめかみが痙攣するのを感じながら、一言一言息を吐くようにカークが告げると、リチアは思い出すような思案顔で宙を仰ぎながら答えた。
子供の頃の結婚の約束フラグなんて立ててもいませんし回収もしてませんけど
「それ以外はしたのか!?」
ベタ過ぎる展開に眩暈すら覚えながら、それでもカークは歯を食いしばり聞くべきことを聞いた。
「……お前の仕事が何なのかはわかっているんだよな?」
女子高生です
授業中に発言を求める生徒宜しく元気に手を上げながら答えるリチアに対し、カークはうんうんと頷いてやりながら根気強く尋ねる。
「いや、それ以外にもあるだろ?」
あ、お母さんから卵買ってくるように言われてたの忘れてました
「お前の家庭内での仕事なんか知らんしどーでも良いわ!」
思わず怒鳴る。が、怒鳴られた当人は不服そうに眉根を寄せた。
私が怒られちゃうじゃないですか!でもまぁ、彼との時間が楽しかったんだから家のくだらない用事なんか忘れてしまうのはしょうがないですよね?
「ノロケもいらん!……怒られるのは自業自得だろ反省の色も見えねえし」
――まさか本当に分かってないんじゃないだろうな?
そう思いながらもこのままでは話が進みそうに無いと判断したカークは腰掛けたソファーに沈み込むように体重をかけながら、昨日も彼女に告げた任務内容を
一言一句たがうことなく繰り返した。
「お前は死神として、破滅の種を保持するアギ・ハーテスを殺さなければならない」
かつてこの世界に実在した魔王は死に瀕した際幾つもの呪いを残したという。その呪いのひとつ、『破滅の種』を刈り取るのは死神の仕事であった。
……死神。生きるべき者を救い、死ぬべき者を殺す命の選定者。死を運ぶイメージばかりが喧伝されがちではあるが、本来、死神というものは慈悲深く誇り高い存在であるはずだ。そう、たとえ――
――破滅の種を保持する人間と恋人になってしまうような、何も考えてなさそうな子供だったとしても、だ。
「お前は恋人を殺さなければならないんだが」
カークが念を押すように視線を送ると、彼女は困ったように答えた。
私が彼を殺さなきゃいけないなんて当たり前のことを、いまさら言われても困るんですけど
「わかってるのに付き合い始めたのか!?」
物分りの悪い馬鹿を見るような目を向けられカークはたまらず叫んだ。意味が分からない。殺すという行為と付き合うという行為は彼の中ではどうやっても結びつきそうになかった。
逆です。殺さなきゃいけないからこそ付き合うんですよ。……これでも合理的に考えた末の行動なんですよ?
「殺害対象と恋仲になることの何処が合理的だってんだ」
吐き捨てるように言う上司に対し、レポートを提出する学生のような態度でリチアは冷静に答えた。
死神としての職務を全うしようとした場合、対象に違和感なく張りつける恋人という立場は便利じゃないですか。
それに彼ぐらいの年頃の男の子なんて四六時中女の子の事ばかり考えていて隙あらば二人きりになろうとするはずですから、目撃されずに狩るチャンスはいくらでも作れると思います。
……なにより、偽装でも恋人がいたほうが破滅の種の昇華条件を満たしやすいと思うんですよ
「……なるほど、確かに合理的かもしれないな。だが――」
リチアの語った内容はカークから見ても合理的であると認めざるを得ない物だった。それでも素直に頷けない理由があるとすれば。
――彼ぐらいの年頃の男の子と言うが、お前も年頃の女の子だろうに。
カークから見てリチアという存在はできの悪い生徒であり不肖の部下でもあったが、やはり愛し保護すべき対象でもあった。
ただでさえ多感な時期なのだ。死神という職業の殺人という行為に恋人という立場を利用する。そんな行いは目の前の少女の心を傷つけるには十分すぎるはずだ。
彼の気遣わしげな視線をどう解釈したのか、リチアは自信がありますと言わんばかりに胸をたたいた。
それに、明日はデートじゃないですか。たくさん奢ってもらってから殺そうかな、って
「怖すぎるわ!?……っていうか笑顔で言うな頼むから!」
――前言撤回。こいつの精神的防御力はダイアモンドの硬度を軽く上回りそうだ。
「……お前って怖い女だったんだな」
あまりに黒すぎる発言に戦慄を覚え、今までより心もち距離をおきながらポツリとつぶやくカークにリチアは笑顔で答えた。
知らなかったんですか先生。女の子ってみんな怖いんですよ?
――いや、お前だけだろ。
明日の準備があるからと言い、そそくさと帰ろうとする腹黒い死神見習いの背中に投げやりな視線を向けながら、カークはただただ嘆息を重ねるばかりだった。