街の周囲はぐるりと高い石の壁に囲まれている。 魔物の進入を防ぐためだ。

 首都エリアハンに限った事ではない。大抵の街がそうだ。どれほど小さく、金のない街でも壁のない街はほぼない。

 人々にとって、魔物はそれほどの脅威なのだ。

エンリケ

…街を出た途端これか

 女王との謁見の後逃げるようにエリアハンを出たエンリケの眼前には、この辺ではよく見られる魔物であるオーク。
 その巨躯に見合った怪力を誇る緑色の巨人が、四人の前に立ち塞がっていた。

 それも一匹ではない、五匹ほどの集団だ。

グウェン

まぁ、お手並み拝見にはちょうどいい相手ですよね

エンリケ

…つーか、テメェなんでついてきてんだよ

 エンリケの隣に当たり前のような顔で立っているグウェンが、オーク達を見上げて言った。
 すっかり旅支度を整え、背中には何故かグウェンの細腕には不釣り合いな大剣を背負っている。

グウェン

女王陛下に貴方が浮気しないか見張りを依頼されちゃったんですよ

エンリケ

しねーよ…必要ねーよ…

エンリケ

それにテメェみたいなのが居たら安心して旅なんざできねぇだろうが

グウェン

私だって本当は行きたくないですよ。 妻子をおいて旅に出るのは辛いんですから!

エンリケ

はぁ!?おまえ結婚してんの!?

エンリケ

まさか相手の女もどっからか一服盛って攫ってきたとかじゃ……

リコ

ちょっと待ってー!二人とそんなところで喋ってないで助けろよぉ!!

 リコの悲痛な声でそちらに目をやると、既にオークに囲まれて手にした棍棒でつつき回されていた。

ウホッ!うひょひょひょい!

リコ

いて!いて!もう!駄目だって!

グウェン

頑張ってくださいリコさん。このくらい倒せないとこの先生きのこれませんよ

 言いながら、グウェンは手首の『魔道式携帯端末』通称FAMICON《ファミコン》を操作した。

 腕時計の形をしたその端末はウィン…という起動音と共に淡い光を放つ。

 その光はグウェンの手の平の上に集まり、文字の羅列に変化した。 それは、リコのステータス情報のようだ。

グウェン

えーと、リコさんは以前の職業は大工で、レベルは56だそうですね。まぁまぁ高いじゃないですか。オーク討伐の推奨レベルは50なんで、なんとかなりますよ

 ギルドでは登録した傭兵に強さや経験を数値化してレベル分けする。
 普通の新人はレベル10くらいだから、56ならああ見えてリコはそれなりにの手練れのはずだ。
 オークに棍棒の先でうりうりと弄ばれているリコの様子を見ると、全くそうは思えないが。

リコ

うおおおっ!エンリケ!助けて!

エンリケ

この程度なんとかできねぇなら田舎帰れバーカ

リコ

薄情ものーー!!

グウェン

しかし頑丈ですねリコさんは。あれだけオークにつつかれてピンピンしてますよ

エンリケ

……で、あいつはどうなんだ

 リコがオークに囲まれているのを、エンリケ達とは少し離れた位置から黒尽くめの男が眺めている。

キョーイチ

 城ではずっと意識がなかった黒髪の男だ。
 無表情で何を考えているのかわからないが、この男もリコを手助けしようという気はないようだ。

グウェン

彼は…どうなんですかね?

エンリケ

お前が連れてきたんだろうが。あいつもギルドの新人なのか?

グウェン

いえ、彼は…キョーイチさんと言いまして、その……ですね……

エンリケ

あァ?はっきり言えよ…まぁいい、本人に聞く

エンリケ

おい、キョーイチ?

キョーイチ

…?

エンリケ

お前、ボーっと見てるけどよ。そこの魔物くらい倒せる自信あるのか?

キョーイチ

……パードゥン?

まったく表情を変えぬまま初めて口を開いたキョーイチは、今までエンリケが聞いたことの無い発音で何かを呟いた。

エンリケ

ん?今なんて言った?

キョーイチ

日本語でおk

エンリケ

は?こいつ何を言ってるんだ?聞いたことねぇ言葉で話してやがる

グウェン

………キョーイチさんは言葉が通じないんですよね。まったく

エンリケ

言葉が通じねぇって……そんな奴どこから連れてきたんだよ?!

グウェン

魔王退治の仲間がなかなか集まらなくて困ってる時に、突然目の前に現れたんで……つい連れて来ちゃったんですよねぇ

エンリケ

ついじゃねぇよ!!じゃあこいつ事情も何も知らねぇんじゃねぇか!?

グウェン

多分……

エンリケ

数合わせにしても雑に選びすぎだろ!!死なす気か!!

キョーイチ

止めて!私の為に争わないで!(裏声)

エンリケ

意味は分からねぇけど急にキモい声出してんじゃねぇよ!

グウェン

ところで良いんですか?リコさん戦闘不能になってますけど

エンリケ

あ、しま

 気がつけば、オークに突かれていたリコはすっかりボロ雑巾になっていた。
 それでも二匹は倒したようで、二匹は既に息絶えて地面に倒れている。そこで力尽きたようだ。
 残りのオーク達は意気揚々と朦朧としたリコをつまみ上げ、どこかへ連れ去ろうとしている。

グウェン

あーあー、エンリケさんの所為ですよ。ちゃんと奪い返してきてくださいね

エンリケ

俺のせいかよ。……チッ……しかたねぇ

 エンリケは腰に佩いた太刀を鞘から抜く。城では取り上げられていたが、長年愛用している片刃の大剣だ。
 肩に背負うように構えて、そのまま大きく踏み込み、一気にオーク達との距離を詰める。

エンリケ

雑魚が

 リコをつまんでいた一匹を、一太刀で斬り伏せた。
 緑の体液がぶしゅっと吹き出し、巨躯が傾いで倒れる前に返す刀で腕ごと切り落としリコを解放する。

リコ

ぎゅうっ

 背中から地面に落下した上にオークの腕の下敷きになって、リコがくぐもった声で呻いた。

エンリケ

良かった生きてた…初っ端から一人死なせたらどうしようかと思ったぜ

グウェン

エンリケさんあぶなーい♪

 妙に浮かれた声でグウェンが叫ぶ。

 仲間を切り捨てられたオーク達がエンリケの方へ今にも拳を振り下ろさんとしていた。……その向こうで、グウェンがファミコンを操作するのが見えた。

 ファミコンから出た燐光はすぐに渦巻く炎に変化し、轟音を上げてオーク達に、エンリケ達の方へと襲いかかる。

エンリケ

ちょっ…!

リコ

うわあァァっちぃぃ!?

 慌ててリコを抱え上げ、二人で地面に転がるように炎から逃げ出す。
 肌を焼く熱風。
 一瞬でオーク達は地面ごと焼き尽くされ、黒い消し炭がその熱風に吹き飛ばされ空へ舞った。

エンリケ

おまっ…おまっ…俺らごと殺ろうとしやがったろっ!!

グウェン

そんなことありませんよぅ… 私はただエンリケさんを助けようと

グウェン

ただ私、手加減苦手なんですよね

リコ

手加減苦手ってレベルじゃなくないか!?

グウェン

…まぁ、ここで旅が終われば穏便に家に帰れるかなとも思いましたが

エンリケ

やっぱりテメェ殺る気だったんじゃねぇか!

キョーイチ

エンリケおこなの?

リコ

仲間にコロされるのはかんべん… ぐっ

エンリケ

おい……リコ、立てるか

 炎からはエンリケが庇ったが、リコはオークからの攻撃で既に大ダメージを負っていた。
 脇腹を辛そうに抑えている。あばらも折れているようだった。

エンリケ

グウェン、お前ファミコンに魔法登録してんだろ。回復魔法は入れてねぇのか?

 本来は魔法は呪文の詠唱が必要だが、ファミコン端末に登録しておけばさっきのグウェンのような詠唱を省略して魔法を使うことが出来る。
 自分が使うことの出来ない魔法でもギルドで登録してもらえるので手軽だし、長い呪文を覚える必要もない。
 そのためこれまで魔法を使わなかった奴らも、ファミコンが普及してからはこの機能で回復魔法くらいは登録していることが多い。
 だが、魔法の威力は使用者の『魔力』の強さによるため、『魔力』の低いエンリケでは効果は薄い。あまり使い道がなくて面倒なだけのでエンリケはなにも登録していなかった。

グウェン

ありますよ。やっぱり手加減効きませんが。リコさん手を出してください

リコ

あ、ああ

グウェン

しかし、回復魔法は久しぶりに使います…あれは8歳の時でしたっけ

グウェン

ペットのトカゲに回復魔法かけましてね。やっぱり効きすぎちゃって 15メートルほどの巨大トカゲになっ

エンリケ

駄目だやっぱやめろっ!

リコ

オレが… 15メートル…?

エンリケ

嬉しそうにすんな!邪魔でしょーがねぇわ!!

キョーイチ

コントやってないで病院行った方が良くない?

グウェン

しかたありませんとりあえず一回街に戻りましょうか

エンリケ

そうだな…ついでに街で俺とリコのファミコンにも回復魔法入れとくか

リコ

えっ…ファミっ……?

グウェン

はい、ギルドの受付で渡したでしょう?ギルドの身分証代わりですから……持ってきてますよね

リコ

家に……置いてきた……

グウェン

おばかっ!旅に出るときは絶対持ち歩くように説明したでしょう!?

リコ

だ、だってよ…ギルドから家に戻ってメシ食ってたら急に意識なくなって……気づいたら城だったから旅の準備なんて……

グウェン

…………

グウェン

まあ、誰にだって小さなミスくらいありますよね。あまりリコさんを責めないであげてください

エンリケ

責めてたのはテメェだし… そもそもの原因がテメェじゃねぇか!

 結局、エリアハンでリコを治療した後。

 エリアハン近くにあるリコの住んでいた村へ立ち寄ることになったのだった。

つづく

3 仲間のピンチ中のおしゃべりはやめましょう

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