アレンの背後には切り立った崖があった。
 下方には明るい日差しを浴びてキラキラと一筋の川がなかれてゆくのが見える。遥か……というほどではないが落ちたら生きてはいられないだろう。
 アレンは崖を背に、手に握る剣をもう一度左手で握り直した。右手をそれにそえ、ふーっ、と大きく息を吐いた。つ、と、額に汗が流れる。

なぜ、僕を狙う!

……四・五・六人。
 父とはとうにはぐれ、追手は執拗にアレンのみを追ってきた。わき腹に受けた傷は深手でこそなかったが、旅装である丈の短いマントの下に着た白い襟なしの上衣にまで赤いしみを作り、いまだ傷はふさがってはいない。

魔道士狩り

待て、僕にそんな力は……!

わかるさ。同族だ。防護壁をかけることもできぬのか。……行け!

 追手がその言葉を合図に一気に間合いを詰める。
 その時、昼でも暗く湿ったブナの林の中から一陣の風のように何者かが飛び出した。アレンの前に突き出された剣を右手に握りしめた剣で薙ぎ払い、返す刀でアレンに切りかかった追手を一刀に切り捨てる。

…………。

 どう! と、男が転がった。
 同時に太い幹のかげから、別の追手の背後にも、大柄な女剣士が現れた。女は右手と左手に細身の刀を握る。二刀流。器用に二本の刀をくるくると操ると、そこには二人の死体が転がっていた。後ろで一つにまとめた長い赤毛が女に合わせて動く。

……!

三対三、かな?

アレンをかばうように立ちふさがった、背の高い少年が言った。
 黒髪が太陽の光にキラキラと光り、さらさらと吹き付ける風に揺れていた。柔らかい声には、だが、この状況を楽しんでいるような響きがある。

ちっ!

 リーダー格の男が舌打ちをすると、残った二人の男が脇目も振らず真っ直ぐにアレンに剣を向けて飛び出した。
 少年はあわてた様子もなく剣を払いのけたが、アレンはとっさに後ろへ一歩ひいた。ぐっとひいた右足が崖を踏み外す。

アンジェ! 頼む!

 と、黒髪の少年が女剣士に声をかけた。
 アンジェと呼ばれた女は躍り出ると、よろめいている男たちに襲いかかった。
 少年は転がり落ちるアレンにちらりと顔を向けると右手を差し出した。

わあああぁぁぁぁぁぁぁ!

 アレンは叫びながらも死を覚悟した。
 剣が手を離れて谷へ落ちていく。

(死ぬんだ)

死を受け入れようとした、その時、差し出された少年の手の先から光り輝く何かがほとばしり出た。真っ白な光となって、うねうねととぐろを巻くよう螺旋を描きながらアレンに向かってすさまじい勢いで迫った。

……あ?

 そうつぶやいた時には光に巻きつかれ、次の瞬間には崖の上の黒髪の少年の腕に支えられていた。
 気が遠くなる。

せっかく助けてやったのに、あっさり諦めようとしやがって!

かみつくような声を聴きながら、アレンの意識は途切れた。

魔道士狩り

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