あるとき、空の向こうのそのまた向こうで、誰も気づくことはなかったが大きな叫び声が木霊した。
あるとき、空の向こうのそのまた向こうで、誰も気づくことはなかったが大きな叫び声が木霊した。
なんっじゃこりゃあああああああ!!
彼はある一つの世界、『パラケリア』を治める神様であった。
のだが、彼の幼馴染である別の神様に騙され、1000年の眠りについていた。
一つの世界を治める神を活動停止にさせたとはいえ、幼馴染自身は世界を崩壊させたかったわけではない。ただ、気負いすぎ、働きすぎなきらいのある彼を休ませたかっただけなのである。
そして、その幼馴染は見事に1000年もの間二つの世界を治め切った。
だが、幼馴染はたいそうないたずら好きだった。
彼が眠りから目覚めたとき…世界は彼の知る世界と全く違っていた。
あいつ、ついに世界混ぜちゃったのか……
そう、なんとその幼馴染は、二つの世界を行き来することに飽き、どうせどっちも自分が治めているのだからと無理やりくっつけてしまったのだ。
そろそろ彼が起きるだろうという頃合いになってようやく自分が大変なことをしでかしたことに気付いたが、時すでに遅し。世界を切り分けることもできず、彼の説教を恐れた幼馴染にできたのはその世界へ逃げ込むことだけだった。
うわ、しっかり繋いでる。これはもうどうにもならないな……世界が崩壊しないよう、内側からほころびを見つけ出して繋いでいくくらいか
幼馴染にとって幸か否か、彼はどこまでも神様らしい神様であった。彼は幼馴染を探し出して説教をする前に、世界が崩壊しないよう、最善を尽くそうとしたのである。
不自然に思われないように変化していこう。どんな姿がいいかなぁ。
あ、名前も作らなきゃね。あぁ、初めてだからわくわくするなぁ
こうして彼は、幼馴染がその世界にいるとは知らないまま、世界のために出発した。それは果たしてどちらにとっていいことだったのか、今はまだわからない……。
よっ、と……到着!
彼、いや『カエデ』は、空から落ちてきたという事実がなかったかのようにそこに立っていた。
よく確かめもせずに急いで飛び降りてきたカエデは知る由もないが、ここはエルフの森のさらに奥、秘境と呼ばれる場所だ。のびのびと木は育ち、太陽の光をさえぎっている。
んー、こんなに暗いとちょっと見づらいかも。
【カエデ・ウィ・サモア・ライト】
ぽぅ……
カエデが魔力とよばれる力を放出しながら魔法語を唱えると、カエデの周囲に光の玉がいくつも浮かび上がる。
言葉の意味は、「カエデはいくつもの光を望む」
そのままの意味だが、これがカエデが作り出したこの世界、いや、パラケリア世界での魔法であった。
しかし、カエデはこの世界において神様である。本来ならこのような呪文を唱えずとも、願うだけで辺り一帯をたやすく明るくしてしまえる。それをしなかったのは、先ほどから何者かの視線をカエデは感じていたからだった。
人の身では、無詠唱などなしえない。だからこそわざわざ詠唱したのだが……
うーん……なんか、驚いてる?
予想に反し、何者かは驚いた様子だった。
悪意は感じないが、友好的とはいいがたい。この世界に来てファーストコンタクトがこれでは、後々が不安になってくる。
理由がわからないままだと、またこんな反応されちゃうかもしれないし……しょうがない、不安だけど話しかけてみよう
そう思ったカエデは、ふぅ、と溜息をつくと振り返った。もちろん、自身の後ろにいる何者かに声をかけるためである。
その者は木の陰からこちらを伺っていた。距離はだいたい30mくらいだろうか。距離がある上に視界が悪いので、その者はカエデが、自分が見ていると気づいていることを知らないのだろう。隠れもせず、カエデのことをじっと見ていた。
しかしいざカエデが一歩踏み出すと、流石に気づいたのだろう、その者は怯えたような様子でカエデとは反対方向に走り去っていってしまった。
えっ!ま、待って!
まさか逃げられるとは思っていなかったカエデはとっさに追いかけて行ってしまう。それに気づいたのか、その者はいっそう走るスピードを上げた。
いくら神様とはいえ、今は人の身を象っている状態。明らかに地形の利がある相手を前に、カエデはどんどん引き離されていく。
もう!待ってって言ってるでしょ!
【カエデ・ウィ・アプ・レーグ】!!
縮まらないどころか離れていく距離に焦れたカエデは、脚力を上げる魔法を使い、跳躍した。カエデが詠唱をしたことで、前を走っていたその者は振り返り、そして、驚愕に目を見開いた。
まるで飛んでいるかのような滞空時間の長さに驚き足を止めてしまったその者の目の前に、カエデは軽やかに降り立つ。
っと。ごめんね、驚かす気はなかったんだ
君と話がしたかっただけなんだ。僕の名前はカエデ。君の名前を教えてもらってもいい?
にこっと笑って、カエデは両腕を広げて話しかけた。
その者を見てカエデがまず思ったのは、随分小柄な少年だということだった。カエデ自身も小さいが、それは身体年齢が幼いゆえのものである。幼い方が、親しみやすく情報を得られやすいのではと判断したからだ。
しかし目の前の少年はカエデよりいくらか年上のようであるのに、ほんの少しばかりカエデより高いぐらいであった。ひょっとして、見た目よりも幼いのかもしれないとカエデは注意することにした。
それ以外に容姿で目をひくものは、短い赤い色の髪に、紫の目。耳は鋭く尖っていて、人間ではありえないそれにカエデは内心驚いていた。
パラケリアの人じゃなかったのか……だからあんなに驚いたのかな?でも、世界がくっついてから随分経ってるだろうし……
パラケリアには人族しかおらず、目の前の少年のような特徴を持った者はいなかった。
だから見覚えのないパラケリア世界の魔法に驚いたのかと思ったが、1000年もあったのだ、あのいたずら好きな幼馴染が世界を繋げたのがつい最近というわけではないだろう。頭の痛い話だが、これについては自信を持って言える。となると、いったい何に驚いていたのか、ますます気になってくる。
少年の方はといえば、邪気のないカエデの様子に、アメジスト色の目をうろうろと彷徨わせていた。遠目からではよく見えなかったが、間近で見たその目はまさしく宝石のように綺麗で、強い意志の光を宿しているように見える。
やああって、少年の目がカエデの目と合った。そこには恐怖のような負の感情は全く見えなかった。
……ルーシア・フェイエルだ。
不愛想な答えに、カエデは嬉しそうに笑った。
カエデにとって1000年ぶりの、しかも幼馴染以外では初めての会話である。
フェイエルさんだね!ありがとう!
これが、のちに神の子と呼ばれる古代魔法の使い手と、その右腕として世界を駆けまわることになる少女の、最初の出会いであった。