序章

初姫

時は戦国・天宝の時代……
天下を掌握しようとした
織田信長さまが明智光秀さまに倒され数年───

初姫

世はいまだ定まらず各地の武将が覇を競い好機を伺っている戦乱の日々でした……

はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……

待てー! 
待たんかー!

だ、だれかぁ! 
助けてー!

こんな山の中、
誰が助けになどくるものか! 
観念しろ!

きゃああああっ!

いったいどうなっているのだ?! 
昨日まではちゃんとお城にいたはずなのに、
目が覚めたらこんな山の中。

しかもそばにいたのは女中でもない、
おかしな狐面の男。
様子からすると話に聞く「賊」のよう。

あたしは今日、
羽柴秀勝様のところへ輿入れするはずだった。
お嫁様になることを夢見て床にはいったというのに。

隙を見て逃げ出したけど、
こんな木ばかりの山の中じゃ、
どこへ逃げていいのかわかんない!

狐火

捕まえたぞ!

離せ! 離さぬか!

狐火

手間やかせやがって。
痛い目にあいたくないなら
おとなしくしてろ!

無礼者! 
あ、あたしが誰だか知って
そんな口をきいておるのか?!
あたしは浅井長政が三女、
織田信長さまの姪の江であるぞ!

狐火

そんなこたぁとっくに承知さ。

お、お前は何者? 
ここはどこだ? 
あたしをどうする気だ?!

狐火

俺は狐火。
金でどんなことでも請け負う
忍びのものさ。

ある方に頼まれてね……
お前を城から連れ出せって。

あ、ある方って?!

そりゃあお前が知る必要はねえ
お前の命は俺のものだ。

あ、あたしは今日、羽柴秀勝様の元へ輿入れするのだぞ! 
あたしの命は秀勝様のものだ!

狐火

ふん。
とっとと殺してもいいんだが、
せっかくだからどこかの湯屋にでも売っぱらって小銭を稼がせてもらうかな。

ゆ、ゆや……?

狐火

お姫さんにはわかんねえかな……まあ、すぐに経験させてやるよ。

は、離せというに! 
汚らわしい手で触るな!

狐火

まだまだガキだがそのうちべっぴんになるだろう……
ふふ、柔らかい肌だな。

は、離せっ! ばかっ! 
どこを触るか!

狐火

先に味見といくかな……

待った待ったァ! 
そんな子供に手を出すとたぁ
どういう趣味だ、コノヤロウ!

かよわき女子に無体な振る舞い、
恥を知れ!

だ、誰だ?!

突然、茂みをかきわけて二人の男の人が現れた。
一人はまっとうだけどもう一人はなんだかとんでもないへんてこな格好で。

狐火

何者だ! 
てめえら!

慶次

貴様なんぞに名乗るのも勿体ねえが、
俺は加賀・前田家の慶次郎!

兼続

私は越後の樋口(後の直江)兼続。
義によって助太刀いたす。

狐火

加賀の前田? 越後の樋口? 
そんなやつらがなぜここに。

慶次

俺らは京へ行く途中さ。
まあそんなこたぁどうでもいい。

慶次

とっとと娘を置いて去りやがれ!さもなくば俺の兼元のサビにしてやるぜ!

狐火

おのれ! 
邪魔するな!

目の前で刀を打ち合う二人、
火花が散って激しい金属音があたしの耳を打つ。

狐火

くそっ! 覚えていろ!

やがて狐面の男は刀を引いてさっと身を翻した。

慶次

おーお、逃げ足の早いやつだぜ

兼続

娘、怪我はないか?

………

あたしはじりじり後ろへ下がった。
いくら今助けてもらったからといって、
この人たちが信用できるとは限らない。

もしかしたら別な、あたしを狙う悪いやつらかも。

慶次

おいおい、そう睨むな。
俺たちは怪しいもんじゃねえよ。

兼続

お前が言っても説得力がないぞ。

慶次

なんでだよ。

兼続

全力で常識を否定しているだろうが、
お前の格好は。

慶次

兼続はもう、
どうしてこう俺の洒落(シャレ)をわかってくれねえのかね。

兼続

現に目の前の娘は思いきり不審そうな顔をしておるが?

お前たちはなにものだ?

慶次

おぉ、
お前たちときたぞ。

兼続

先ほど名乗ったのだが聞いていなかったか?

まえだけいじろう と ひぐちかねつぐ………

慶次

そうだ、よく覚えたな。

名前だけ聞いたってわからぬ。
立派な名前の大悪党だっているのだから。

慶次

はっはっは! 立派な名前の大悪党か! 
兼続、俺たちの名前もまだまだだなあ。

兼続

ふむ。女子供には通じぬか。

子供ではない! 
悔しかったら信長様や秀吉様くらい有名になればどうだ?

兼続

まあ落ち着け、娘。
この慶次は加賀の前田殿、
そして私は越後の上杉様に仕えておる。
証明しろと言われてもむずかしい。
我らを信用してもらう他ない。

………。
わかった。
そっちはともかく、お前はまともな格好をしているから信じてもいい。

慶次

うわ、なんだこのガキ

あたしは子供でも娘でもガキでもない。浅井家の三女、織田信長が姪、江だ! 控えろ!

兼続

浅井家の三女?

慶次

信長の姪?

兼続

戦国の名花と言われる
“あの”浅井三姉妹の末の姫?

そうだ、おそれいったか。

慶次

………

兼続

………

慶次

お前さー、嘘つくにしてももうちょっと身の程をわきまえろよな。

何?

兼続

艶やかな花の茶々姫、
清楚な月の初姫、
そして日の輪の江姫と聞くが。

お前みたいな発展途上のおてんば娘が
江姫ってのは、そりゃ無理があるだろ。

だっ、だれが発展途上だ!

兼続

それに江姫は今朝、
羽柴秀勝殿の元へ輿入れに出立したと聞いた。

な、なんだとぉ!!

それより三刻(六時間)ほど前───

初姫様。
やはり江姫様のお姿、どこにも見当たりませぬ。

初姫

そうですか………

初姫

万が一を考え、お江ちゃんの寝所側に配置した者たちが眠らされていたので……もしやと思いましたが

いかがいたしますか? 
じき輿入れの刻限です。
このままでは。

初姫

………

初姫

秀勝殿との婚姻は羽柴秀吉様の肝入り。

初姫

その婚儀がお江ちゃんの失踪という形で破談になれば、後々遺恨を残しましょう。

初姫

紅(くれない)……
すまぬがそなたがお江ちゃんの身代わりとして秀勝さまに嫁いではもらえぬか。

わっ、わたくしがですか?!

初姫

そなたには辛い任務だが……

い、いいえっ。
紅は初姫様の御ためならば、
どんな任務も厭いませぬ!

江姫さまの身代わり、
謹んで承りましてございます。

初姫

……そなたにはいつも世話をかけます……

勿体ないお言葉でございます。
して、江姫様は……

初姫

お江ちゃんは
私が信頼している者を追わせます。

それは───

初姫

半蔵を呼んでもらえますか?
紅……

現時刻 山の中───

そんな……確かに今日はあたしの婚儀の日。

だがあたしがここにいるのに、
何故輿入れができるのだ……

慶次

おいおい。
江姫に憧れるのはいいが、
なりきりすぎておかしくなったのか?

う、うるさい! 
あたしはホンモノの江だ……あ、あれ?

急に目が回り足元がふらついた。そのあたしを樋口兼続と名乗った武士が支える。

兼続

ど、どうした、娘。

さ、触るな! なんでもない……
ちょっと目が回って
腹の具合が悪いだけだ。

兼続

腹が痛むのか?

痛い……んじゃなくてなんだかへんだ。

おなかがぎゅうっと背中にくっつきそうで、のどの奥から何かせりあがってくるような……

慶次

うわっ!

慶次

な、なんだなんだ、どうした!

い、今あたしの腹の中で
何かが鳴いたぞ!

慶次

は?

ま、まただ! 
なんだこれは!

慶次

……お前、そりゃ腹の虫だろ

な、なにを言うか、失礼な! 
あたしの腹に虫などおらぬ!

慶次

お前、腹がすいてんじゃねえのか?

腹がすく? どういうことだ。

慶次

腹がへる、おなかがすく、ひもじい……そういうことだが。

兼続

慶次。
これはひょっとすると……

慶次

ふむ。
本物の江姫かも知れねえな。

慶次

確か浅井の三姉妹は長政亡きあと、
信長や秀吉に大事に育てられたというから。

兼続

腹がすく、という状況も知らぬのかも。

ごちゃごちゃ言ってないでこの音を止めぬか!

とりあえず何か食おうと慶次と兼続に言われ、
山をおりて河原に出た。

慶次は河原で魚を獲ってくれるという。
あたしは魚は好きではないが。

む、なにかいい匂いがする!

慶次

ああ、
あそこで火を使っているな。
魚でも焼いているんだろう。

兼続

……童のようだが。

慶次

妙な格好をしたガキだな。

兼続

お前が言うか。

川岸で二人の人間が魚を焼いていた。
一人はあたしと同じ歳くらいの少年武士で、
もう一人は少し上くらいの町人のようだった。

おい、下郎! 
その魚をよこせ。

永徳

ええっ? なんやてめ、やぶからぼうにもほどがあるやろ。

慶次

こら、このはねっかえり! 
それが人にものを頼む態度か!

痛い! 
貴様、乙女の頭をよくも叩いたな!

慶次

どこが乙女だ、どこが!

兼続

ああ、すまないな、少年たち。
私は樋口兼続、そっちは前田慶次郎。

……それから自称、江姫様だ

兼続

江姫様は非常に
腹をすかしておられてな。
すまぬがその魚を分けてもらえぬか。

永徳

江姫様だとぉ? 
冗談(てんご)いいなや。

永徳

江姫様ちゅーたら天下の美女・お市の方様の娘御やぞ。

そうだ! 文句があるのか?

永徳

お前鏡見たことあんのか。

どういう意味だ!

クルス

あ、あの、江姫様というとあの信長様の姪御様の……

そうだ!って、
お前あたしと同じ年くらいのくせに
なぜ髪が白いのだ?

クルス

江姫様。
私はクルス松永と申します。

クルス

織田様の配下、秋津の領のものです……髪は、
生まれつきのようです 。

兼続

……そなた、目が……

クルス

はい、
目も生まれつき不自由しております 。

お前、目が青いぞ!

クルス

はい、
私の祖父が異人だったようで。

お前、異人との混血で髪も年寄りのように白くて、目も見えないのか? 
そんな人間がいるのか?

慶次

こら! お前なあ!

クルス

……

永徳

そうや、こいつ目も見えんくせに一人で山越えて堺に行く言うからな。

永徳

俺が連れていってやるんや。
俺は狩野永徳。絵師や。
天才やで。

何が天才だ。
自分で天才って言うのは愚か者だぞ。
天才というのは後世の人間が決めることだ。

永徳

このアマ、
いちいちむかつくやっちゃなあ。

どうでもいいから魚を寄越せ。

永徳

やなこった! 
お前みたいな礼儀知らずに骨一本だってやるかい。

なんだと!

そのとき不意に目の前に魚が差し出された。
驚いて振り向くと、黒い装束の男が立っている。

慶次

! 
気配をまったく感じなかったぞ

兼続

なにやつ!

半蔵

某(それがし)は服部半蔵……
初姫様の命により、
江姫様をお迎えに参上つかまつった。

初姉(あね)さま?!

慶次

服部半蔵?! 
聞いたことがあるぞ!

兼続

伊賀の草(忍者のこと)のものか。

永徳

ええ? それやったらこのガキ、ほんまの姫様なんか?

よかった! 
これで城に帰れるのだな?
半蔵、すぐにあたしを城へ戻してくれ。

半蔵

それはなりませぬ。

ええっ?

半蔵

このまま江姫様を丹波の秀勝さまの元へお届け申す。
それが初姫様の命。

ど、どういうこと? あたしは城に……

半蔵

城へは戻れませぬ。

慶次

ふぅん。
つまり城へ戻ると都合が悪いってわけかよ。

兼続

江姫様の話によると城から寝ているうちに拉致されたとか…

兼続

…敵は城にいるということか。

半蔵

……

ど、どういうこと?! 
敵って誰?!

半蔵

某の口からは言えませぬ。

慶次

おもしろそうな話だな。

慶次

俺たちは京へ行くところだ。
丹波は京の近く。
途中までご一緒しようかい。

半蔵

申し訳ござらぬが足手まといにて候。

慶次

途中途中の関所を草と小娘で抜けるのはむずかしくないか?

俺と兼続は通行手形を持っているぞ。
同行した方が楽だと思うが?

兼続

それに江姫様をさらったあの狐面の男……また仕掛けてくるやもしれぬ。

半蔵

狐面……?
狐火か。

慶次

知っているのか?

半蔵

因縁があり候……

半蔵。よいではないか、
こやつらと一緒に行こう。
騒がしくて無礼だがけっこう強いようだ。

慶次

お前はいちいち腹が立つやつだな。

おい、
そンなら俺たちも連れてってくれよ。
堺まででいいからさ。

半蔵

お前たちは……

永徳

俺は金を持ってるでえ?

クルス

お願いします。
私はどうしても堺に行かなければならないのです。

半蔵、よいではないか。
クルスはこやつらの中では唯一あたしを江だと疑わなかった。
よいやつだ。

慶次

どういう基準だ。

永徳

まあ、クルスは目ェ見えへんからなぁ。

クルス

ありがとうございます。
江姫様。

その晩は河原で野宿ということになった。

こんな石ころだらけの表で寝るのなんかまっぴらだと思ったが……

たき火を囲んでの食事はけっこうおいしく楽しかったぞ。

半蔵

……江姫様。
初姫様より文が届いており候。

文?! 
なぜ姉上からの御文が届くのじゃ!

半蔵

某にはこやつがおりますゆえ。

半蔵がそう言って腕を伸ばすと、その拳の先に白いフクロウが降り立った。

半蔵

これまでのことを文にして
初姫様にお届けいたして候。
その御返事でござる。

たしは慌てて半蔵からその文を奪った。
中を開くと懐かしい初姉さまのお手。

お江ちゃん、
半蔵から無事だと聞いて安堵しております。

こたびのこと、
お江ちゃんには晴天の霹靂でしょう。

世の中には理不尽なことも多く、
しかし人はそれを乗り越え
強く生きねばなりませぬ。

浅井の娘、信長様の姪として、どうかくじけず、
強く逞しく、辛苦を乗り越え、
丹波までいらしてください。

秀勝様との婚儀は私の方でうまく手筈を整えております。

お江ちゃんが無事丹波へ着けば、
そのまま何事もなかったように秀勝様のお嫁様になれるでしょう。


半蔵からの報告では今、
四人の殿方と一緒にいらっしゃるとか。

世間知らずのお江ちゃんが、このまま男の人のことを全く知らずお嫁入りすることに……
私は少し不安を感じておりました。

いい機会です。
少しは殿方の研究をなさってみてはいかがですか?

どなたか気になる方はいらっしゃらないの?

初姉さまは……
何をおっしゃってるのだ。

気になる男など、
いるわけがないではないか。
みんな無礼で粗野で変で……

気になるのは…

半蔵

江姫様?

うわあっ!

半蔵

どうされました?

な、なんでもない! 
ちょっと考え事を……

慶次

おい、お姫さん

な、なんだ、
江姫様と呼べ、江姫様と

慶次

考えたんだがな。
これから丹波へ行く道中、
お前は江姫と名乗らない方が
いいんじゃねえか?

なんだと?

慶次

大体江姫は羽柴秀勝んとこに輿入れしてるんだ。

慶次

その江姫がこんな道中うろうろしてたんじゃまずいだろ。

秀勝様のところにいるのは偽物だ!

半蔵

初姫様のお考えにて候。
秀吉様との関係を穏便にすますための。

兼続

半蔵殿。どうだろう?
秀勝殿の元にいるのが偽物だと知らせぬためにも、江姫様には名を伏せていただくというのは。

半蔵

ふむ……

慶次

そんなわけでな、お前、
江の他に名はねえのか?
武家の娘なら
別名のひとつやふたつあるだろう。

そ、それはあるが……

慶次

なんて名だ?

◯◯だ……

※名前を変換した場合「◯◯」に名前が入ります

兼続

それでは江姫様。
これからはその名で呼ばせていただくことにする。

ほんじゃ”姫”も”様”もなし、な。
あーさっぱりした。

慶次

な?

ちょ、ちょっと待て! 
勝手に決めるな!

クルス

江姫様、いえ◯◯さん。
その方が安全だと思いますよ。

クルス、お前まで〜!

そうしてこの日から
あたしの名前「江」は封印され、
別名で呼ばれることとなった。

この上は
一刻も早く秀勝様のところにたどりついて、
真実の名前を取り戻さなければ!!

☆続きはゲーム本編でお楽しみください☆

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江姫旅異聞恋愛ADV 『戦国恋華物語』序章

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