男の子

おかあさん・・・おかあさん・・・

どうしたの?

男の子

おかあさん、ボクは大丈夫だから・・・

え!?なぁに??

突然小さい子が私の手を握ってこう言った。

男の子

おかあさん、ボクは大丈夫だから・・・

今度は聞き逃さなかった。
そして驚きを隠せなかった。なぜなら私は結婚していないし、子供もいないから。
でも、この子はなぜか自分の子のような感じがする。

なんだろう?不思議な感覚が湧いてくる。
どこかで待っていてくれている私の子供なのだろうか?

男の子

おかあさん、ボクおかあさんのこと待ってるからね

彼はこの一言を残して私の前からいなくなった。

どれだけの時間が経っただろうか。
彼はもう一度私のところに来ていた。
そして一生懸命私に何かを伝えようとしている。

男の子

・・・・・・・良・・・・・・た・・・

「なあに?」

男の子

ボクはおかあさんの子供で良かった

そう言って男の子は、その後何度も同じ時間に来るようになり、いつしか私の癒しになっていた。

男の子

おかあさん遊ぼう。今日ボクね、鬼ごっこしたいの。ボク鬼やるからおかあさん逃げて

ちゃんと10数えるのよ

男の子

1・2・3・・・・・・10!もういいかい?

もういいよ

隠れていたけれど、男の子が私を見つける時間はそんなにかからなかった。

男の子

おかあさん!!みーつけた!!

私はこの時背筋が凍りつくような恐怖を感じた。冷たい何かが背中をなでるようなそんな感覚だった。

いやーーーーーーーー!!!

必死で叫んだ。でも、どうすることもできない。
私の身体は金縛りにあった時のように凍りつき動かなくなっている。

男の子

おかあさん、おかあさん、もっと遊んでよ。

男の子が走っていく。
でも私は動けない。
どうやら男の子は私を自分の母親と間違えているようだ。
男の子との距離は少し離れていて、私が動けないのがわかっているのかニヤリとしながら手招きをしている。
動けないので、どうしようかと悩んでいると男の子がこうつぶやいた。

男の子

ボクおかあさんと行きたいところがあるの。ついてきて。

その言葉と同時に私は動けるようになり、いつの間にか男の子に手を握られて一緒に走っている。

どこにいくの?

声をかけたけど男の子には届いていない。
走るスピードも子供とは思えないほど早く私はついていくのに必死だった。
しばらく行くと何かの音と共に光るものが見えてきた。

男の子

ちょっと待っててね

とだけ言い残して、男の子は目の前で消えた。
この時私の頭ではもしかして・・・。という思いだけが空回りしていた。

数時間後・・・・・・いや数分後だったのかもしれない

戻ってきた男の子は髪の長い細身の男性と一緒だった。
男性と目が合った瞬間私の身体は再び凍り付く。背筋がゾクゾクして全身が冷えていく。

やっぱり・・・

私の言霊はこれで最後だった。

その後沢山の花が並ぶ道を髪の長い男性と男の子と一緒に歩いていた。
そして、私の目線は自分の身長よりもはるか高く自分を見おろすところにあって病院の集中治療室に居るのがわかった。
そして、夫と駿翔(しゅんと)は私の横で、涙を流している。
夫はすすり泣き、駿翔(しゅんと)は外に響き渡る声で何度も叫んでいる。

駿翔(しゅんと)

おかあーーさーーーん!!!

その声が聞こえた瞬間心電図の「ピーーーー」という音が部屋の中に響き渡り、その音と同時に部屋の外がバタバタと騒がしくなった。
夫と駿翔(しゅんと)は一時的に部屋の外で待たされることになった。

駿翔(しゅんと)

おかあさん、いやだ・・・

かえって来いよ・・・

大人げない声をあげていた。

医師と看護師が一生懸命私を助けようと心臓マッサージや、バイタル測定をしている。
そして、医師が大きな声で叫ぶ。その内容から私は助かる見込みがあることがわかる。

医者

かえって来い!!夫も子供も居るんだろ!!

その時だった。私の目の前に再び男の子が来て私に話しかけた。

男の子

おかあさん、起きて。ボクの事迎えに来てよ。さみしいよ。

この声は先程から叫んでいる駿翔(しゅんと)の声ではなく、違う声だった。

誰?誰なの?さっきから私を呼んでいるのは誰?

男の子

お母さん、ボクのことわからないの?

男の子はしょぼんとしている。
もしかしたら私は記憶喪失なのかもしれない。そう思い、男の子に再度問いかける。

ごめんね、名前聞いたら思い出すかもしれないから教えてくれるかな?

恵叶(けいと)

ボク・・・、ボク恵叶だよ。ボクお母さんの事迎えに来たんだ。

私はその名前にピンと来た。
自分の心の闇が爆発してこの世と別れようとした時、男の子と男性が一緒にいた。
二人もこの世に別れを告げると言っていたことを思い出した。
そして、二人はそれに成功したようだ。

でも私は助けられた。別れを告げるのに力を緩めたつもりはないのに、私一人だけが助かっている。一緒に命を絶とうとしてくれた二人への罪悪感と誰かが私を必要としてくれていることへのありがたさ、そしてもう一度やり直したいという思いが込み上げてくる。
私は決断した。

恵叶、覚えているよ。ごめんね。ちょっと記憶があやふやだったみたい。私の事迎えに来てくれたんだよね?でも、ごめんね。一緒に行けない。

恵叶(けいと)

どうして?一緒に来てくれるっていったじゃない!!

私には、夫と子供がいるの。そして、この苦しみでわかったの。自分から命を絶っちゃいけない。辛くても、孤独だと思っても、生きていても仕方がないと思っても誰かが必ず見ていてくれるって。そして誰かが必要としてくれているってわかったの。

恵叶(けいと)

そっか、そうなんだね。そんなこと教えてもらったことないからボクわからなかったよ。

男性は私たちのやり取りを遠く離れたところで見ていた。
そして、恵叶の言葉に笑顔になって私にこう言った。

長髪男性

ここはあなたのいる場所じゃない。この子は僕に任せて君は家族の元に帰るんだ。

この言葉と共に私は息を吹き返した。
夫と駿翔(しゅんと)が病室に呼ばれ、意識が戻り目を開けた私と対面した。

その後体調も落ち着いて、退院してから数ヶ月・・・私は仕事復帰を果たした。
毎日山を登ったり、降りたり、時には崖を突き落とされたりしながら今を生きている。

おかあさん

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