???

おきてください…

???

今日は貴方の…39歳の誕生日ですよ

 聞きなれない男の声と共に、霞がかっていた意識が一気に晴れる。
 自分がどういう状況にいるのか、一瞬わからなかった。
 硬い床に仰向けに倒れ手足を放り出している。見上げた先は、妙に高い見知らぬ天井。
 腹の上に跨るように、一人の男が立っている。眼鏡を掛けた中年の男が、にやにやと笑いながらこちらを見下ろしていた。

???

おはようございます

 咄嗟に体を起こそうとするが、四肢が強張っていてうまくいかない。ギシ、と体が軋む。

エンリケ

…なんだ、テメェ…

???

ああ、申し訳ありません、ここは本来『勇者の母親』の台詞なんですけど、準備できず…私でひとつ我慢してください

エンリケ

いや、何の話だ!?てめぇが誰だっつてんだよ!

???

え?なんの話って、『勇者』の話ですよ?

???

『勇者』といえば『誕生日の朝』に『勇者の母親』に起こされるというのがセオリーだそうですから

 この眼鏡男とは会話が噛み合わない。相手にせず、この場から離れたほうがよさそうだ。
 まだ手足が重だるいが、なんとか体も動くようになってきた。男から距離をとって立ち上がる。
 右目で周囲を見渡すと、石造りの頑強そうな建物の中にいるようだ。所々豪華なシャンデリアや絵画で飾られている。

エンリケ

ここは…

眼鏡男

はい、ここはもちろん『最初の城』ですよ

エンリケ

城?んなとこにきた覚えはねぇぞ

眼鏡男

ええそれはそうでしょうね、一服盛って拉致ってきましたし

エンリケ

っざけんな!!

 思わず、男の顎に拳を叩き込む。

眼鏡男

がふ!

眼鏡男

うふふ…いいパンチですね…私の見込んだとおりです

 しかし、さして効いていないようだった。ふらふらとよろめきながらも、男は相変わらずにやにやと笑っている。
 眼が覚めてからずっと体に力が入らないのは、薬の所為だったようだ。もう少し薬が抜けていれば、顎を粉砕してやれたものを。

エンリケ

見込んだってことは、俺が誰か知ってて連れてきたってことか

眼鏡男

傭兵のエンリケさんですよね?凄腕だと伺っていますよ

エンリケ

…なんか俺に用でもあるのか

眼鏡男

ですから、貴方には『勇者』になって頂きたくてご足労願ったのですよ

エンリケ

ご足労願ってぇだろ!無理くりつれてきてんじゃねぇか!

エンリケ

『勇者』かなんだか知らねぇが…仕事の依頼なら傭兵ギルドを通すのが決まりだろうが

 傭兵として活動するには、必ず傭兵ギルドに登録をする必要があった。
 ギルドでは強さや経験にあった仕事を斡旋してもらったり、トラブルの際は仲裁をしてもらう代わりに、依頼人から受けとる報酬の何割かを収める仕組みになっている。
 さらに5年ほど前からはギルドで支給される『魔道式携帯端末』(通称ファミコン)で仕事が管理されるようになり、フリーで仕事を請けることはさらに厳しく禁止されている。
 普通は特定の誰かに仕事を依頼したいときでも、一旦ギルドを通すのが筋なのだ。

眼鏡男

え、だってそうしたら断られるかもしれないじゃないですかぁ

エンリケ

……付き合ってらんねぇ。俺は帰るからな!

 踵を返し、男に背を向けて歩き出すが…出口がわからない。とにかく一番近くにあった小さな扉に手を掛けた。

眼鏡男

あ、そ、そこはだめです!

 男があわてて駆け寄ってきて制止する声が聞こえたが、無視して扉を開けると…。

リコ

………

???

 そこは男子便所だった。
 その床に…あきらかに顔色の悪い男が二人転がされていた。

エンリケ

おい…てめぇ…

眼鏡男

はい、貴方と一緒に旅をする仲間達です

眼鏡男

…嫌ですよ~もっと感動の出会いを計画していたのに

 とりあえず、振り向きざまに無言で再び男の顎を打ち抜いた。

※※※

???

…ぷは、ありがとう…けっこうスッキリした

 便所に倒れていた男の一人、金髪の男の方は意識があった。背が高く体格の良い男で、短く刈った金髪の上から妙に派手なターバンを巻いている。
もう一人は黒髪で少し小柄な黒尽くめの男で、こちらは全く意識が戻る様子が無かったのでそのまま床に転がしておくことにした。
とりあえず眼鏡男に水を持ってこさせ、金髪の方を起こして水を飲ませてやると、少し顔色も良くなったようだ。

リコ

オレ、リカルドってんだ。リコって呼んでくれよ。よろしくな

エンリケ

……こいつ馬鹿そうだな

ヘラ、と笑って名乗るリコには、今の状況に危機感や疑問を感じている様子は見られなかった。無防備にエンリケの腕に背中を預けて、キョロキョロと周囲を見渡している。

リコ

ここどこだ?…トイレ?なんでオレこんなとこに…

エンリケ

あいつに一服盛られて連れてこられたんだよ

リコ

え?

リコ

あれ、グウェンさん?何でここに?

エンリケ

は!?知り合いか

眼鏡男

ええ…ばれてしまっては仕方ありません…

 一瞬二人はグルなのかと思ったが、きょとんとした顔でグウェンとエンリケを見比べているリコには何か事情を知っているような気配は見られなかった。

グウェン

申し遅れました。私は傭兵ギルド首都エリアハン支部受付窓口担当のグウェン・デイヴィスと申します

リコ

昨日オレはじめて傭兵ギルドに登録に行ったんだけど、そん時受付にいたんだよな

エンリケ

お前ギルドの人間か…いや、ちょっと待て!?こいつ昨日登録したばっかりなのか?

エンリケ

そんな新人に毒盛って誘拐してくるってどんな鬼畜だてめぇ

リコ

え?毒?

グウェン

ははは、まあ、いいじゃないですか些細なことですよ

リコ

え?え?

グウェン

あなた方にはとてもとても大事な仕事を押し付…依頼したくて強引な手をつかってしまいましたが

エンリケ

おい今押し付けるっつったろ

グウェン

貴方達にしかできない仕事なんです!

リコ

話が見えねぇんだけど…オレ早速仕事もらえるわけ?

エンリケ

なんで乗り気なんだよこの状況で!

グウェン

はい。貴方達にお願いしたいのは…ずばり『魔王』退治です!

リコ

 突拍子もないグウェンの言葉に、一瞬リコもエンリケも言葉を失った。

魔王


 その存在の噂は昔からある。
 世の中には魔物という危険な獣や、魔族と呼ばれる邪悪な一族が居る。長い年月エンリケ達のような人間達はそれらの脅威に晒されてきた。
 その魔族たちを束ねる魔王。千年ほど前には一度その魔王率いる魔族軍と人間の大規模な戦争が起こり、勇者が魔王を討伐したという言い伝えがある。
 だが、大抵の人間にとってそれは単なる御伽噺であり、魔王を退治するなんていうのは空想の中の世界でしかない。

エンリケ

お前…もしかして本当に頭が…

グウェン

止めてくださいよ。そんな悲しい眼で見ないでください!

グウェン

私は真剣なんです!

エンリケ

真剣な方が怖ぇよ…

グウェン

昨今、魔物による被害が増大していることはご存知ですね?

エンリケ

ああ。魔物退治の仕事も増えているしな

グウェン

その原因を調査した結果…魔王が実在していて復活したのだということが判明したのです

リコ

えっ…?

グウェン

そこで、このエリアハン城の城主…つまりこの国の女王様は『魔王』を退治する『勇者』を探すようギルドに依頼されたのです

 つまり、ギルドで持て余した仕事を適当な奴に押し付けてしまおうということなのだろう。
 魔王退治なんて仕事を普通に請ける馬鹿が居るとは思えない。エンリケもギルドから声がかかったとしても断るだろう。
 理解はできるが、それにしてもやり方が汚い。

エンリケ

しかし、なんで俺なんだ

グウェン

女王から『勇者』の条件を出されていまして…旅立ちの日、つまり今日が誕生日の人でないといけなかったので

エンリケ

それだけの理由かよ!?

リコ

あんた今日誕生日なのか?おめでとう

エンリケ

ありが…いや、今はいいから!

グウェン

事情は良くわかって頂けたようですし…そろそろ行きましょうか

エンリケ

どこへだよ

グウェン

女王様の所へですよ…もうかれこれ三時間ほどお待たせしてますし。お怒りかもですね

エンリケ

てめぇマジふざけんな!

 倒れたままのもう一人を担ぎあげ、慌てて便所を飛び出すリコを尻目に、エンリケは三度グウェンの顔に向けて拳を振り上げたのだった。

1 初対面の人に一服盛ってはいけません

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