それは一言でいえば当人達にとっては単なる偶然、
あるいは運命の悪戯、というものに属する事柄だ。

……!

……!

ここは近未来の日本。その理雅須(りがす)市にある、
甲園磁学園大学の中の一室、
科学発展研究室、の扉の前で、一組の男女が双方ともに驚愕の表情のままに、顔を引きつらせている。
二人とも年の頃なら20前後の若い男女である。それが双方共に顔を引きつらせ、いまそこにある現実を受け入れる事に、多大な困惑を交えた拒絶を重ねていた。

(あり得ない、あり得ない……!)

彼、こと川瑠田(かわるだ)恭一郎が、
胸中で必死に眼前の女性の存在を否定する所以は極めて単純。
彼女は彼が20数日程前に、ここから遠い地元で別れたばかりの元恋人だった―――

話はかれこれ20数日程前にさかのぼる。
時は三月が半ばにさしかかり、社会が新たなる始まりの季節に向け、騒がしくなっていた頃合いだった。
学生の卒業式シーズンは大抵終わっていたが、新たなる生活に備え、身辺整理や様々な支度をする者達がせわしなく動き回り、騒がしさや活気はむしろ増している。
そんな中、桜の木の下で、舞い散る花びらの中、一組の男女の恋愛関係が終わろうとしていた。

……

……さようなら。

そう短く告げた女性は、その眼に涙を浮かべたまま、
彼に向って背を向け、一目散に走りだす。

(これでいい、これでいいんだ。)

男は胸中で呟き、なんとはなしに近くにあった桜の木を見上げる。
思わず眼元からこぼれそうになる滴が落ちないように、と必死だった。
我ながら酷い別れ方だと彼は思う。
月並みではあるのかもしれないが、彼女に対して
「もう恋人として見れなくなった。」と告げた。
本音を言えば、それは彼の心情とは相反する。
しかし、彼は新たに四月から遠く離れた市にある大学に移り、ある特殊な研究を行わねばならない。色々と不安定な生活になる可能性はあるし、リスクもある。
いつ地元に戻れるかもわからない。そもそもまた別の所に移される可能性だってあるのだ。そんな事に彼女を付き合わせるわけにはいかない、彼女には自分に縛られずに幸せになって欲しい、それが彼の結論だった。

(これで良かったんだ。)

胸中でもう一度呟き、彼もまた踵を返す。

(もう会う事もないだろうが、
せめてその幸せを祈らせてくれ……)

そう想いつつ歩く彼に、桜吹雪が吹き付けていた―――

かくしてガッツリと別れを済ませたはずであるにも関わらず、運命とは果たして慈悲深くあるのか、
それとも残酷であるのか。

彼が地元を離れ、新しく所属する大学に移り、指定されていた研究室に所属し、そこのメンバー達とも顔見せを済ませてから、少し経った後の事である。
彼が他のメンバー達と共に研究室にいた時、不意に部屋のドアがノックされた。

すいませーん、ちょっとよろしいでしょうかー。

ドアの向こうから響く若い女の声に、

(どこかで聞いた事のある声だな。
いや、まさかな。
彼女がこんな所にいるはずがない。)

そう思いつつ、彼はドアに向かって歩を進める。

私、この大学に新しく事務員として配属された者で、この研究室の方とは何かと接する機会があるそうなので、ご挨拶に伺ったのですが。

(ほら見ろ、やっぱり彼女のはずがない。)

彼女は今頃、地元で実家の喫茶店にでも就職しているはずだ、と胸中で呟く。

はいはーい、今開けますよー。

そういって笑顔で扉を開け、

ご丁寧にどう、

も……!

と挨拶を仕掛けた所で、扉の前と後ろにいる男女が同時に硬直した。

……!

その双方の表情が笑顔から驚愕に変わり、そこからそのまま引きつった状態になって固定されるまで、それ程の時間はかからなかった。

……!

……!

かくして場面は過去から現在に移る。
ドアの前と後ろでそれぞれ立ち尽くし、表情を驚愕に引きつらせたまま硬直する二人の男女は、やがて眼前にある事象が否定も拒絶も出来ない事実である事を理性が受け入れざるを得なくなり、どちらともなく口を開き、腹の底から声を絞り出す。

なんであんたがここにいんのよ!!!!!

なんでお前がここにいるんだ!!!!!

双方の悲鳴に近い声が響き渡ったのはほぼ同時だった。

されど再会は突然に

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