ワタシは不意に声をかけられた。それよりも驚いたのは、目の前のコイツの瞳に映る自分の姿。
やあ、待ちわびたよ
ワタシは不意に声をかけられた。それよりも驚いたのは、目の前のコイツの瞳に映る自分の姿。
目の前のコイツにそっくりだ……
ワタシは、目の前のコイツに警戒しながら周囲を見渡した。
天井にはシャンデリア。壁には無数の球体が整然と並んでいる。建物の材質は大理石だろうか?
さて早速だけど、君の初仕事を案内しよう
目の前のコイツはそう言うなり、すぐそばにある1つの球体を指差した。
その……。言っている意味が分からないんだが
そうか、珍しいな? まあいい、難しいことではない。これを手に取って眺めるだけで良い
何を言っているんだ……?
確かにワタシは、そう思った。だが気が付くと、手には指定された球体があった。そしてワタシは……。頬に温もりを感じた。
……え?
手に持つ球体に滴り落ちる水滴。ワタシは、涙を流していた。
どうやら正常のようだな。安心しろ、最初は皆そういう反応を示す
これは何なんだ? 何故か分からないが、この球体は、とても……
愛しいモノに感じるだろう?
ああ。何なんだ、これは?
その球体は、それぞれが一つのセカイだ。全てのセカイは、みな愛で成長する。だが私達の役目は、それを終わらせること。私……いや、ワタシ達はいうなれば。愛を終わらせる『セカイの死神』だ
愛を終わらせる……
ワタシは理解が出来なかった。目の前のコイツの言葉ではなく。コイツの神経が。
その思いに呼応するように、濡れた頬に流れる涙は止まった。
だが……。
セカイの、死神……!!
溢れる感情が、激流となってワタシの中を駆け巡る。それは紛れもない、怒りだった。
ざわめく髪と、奥歯を噛みしめる頬。手から腕には、痛い程に球体の重みが伝わる。だが、背から足へと熱が流れたところで、ワタシは自分が裸足であることに気が付いた。
素晴らしい
何が!!
怒りを返すワタシに、微笑みだけを返す目の前のコイツ。
何なんだコイツは……
ワタシは力んでいる自分の腕に気付いてハッと我に返り、球体に目をやった。
球体の中には、うっすらと人影が揺らめいて見える。そして、それを見るワタシの顔と、浮かぶ一つの疑問。
ワタシは何故こんなに怒っているんだ……?
思考ではなく、意思に支配されているワタシ。
だが考える間もなく、目の前のコイツがワタシに言葉を投げかけてきた。
セカイを失いたくないか?
その言葉に、球体に映るワタシの目が見開く。
……え?
見上げるワタシと、変わらぬ目の前のコイツ。
もしも、そのセカイを失いたくないのなら。お前がそのセカイの神になれば良い
何……!? ちょっと待て。ワタシは『セカイの死神』なのだろう?
そうだ
それが、どうやって……
なに、単純なことさ。『セカイの死神』は、自分も、他の『セカイの死神』も消すことは出来ない。それに、1つの球体の中に入ることができる『セカイの死神』は1体だけだ
ということは、このセカイにワタシが入ってしまえば……!?
そのセカイは永遠になる
ワタシがこの球体の中に入ってしまえば、このセカイを守れる。そういうことだな?
そういうことだ
ならばこの球体の中に入り、ワタシがこのセカイの神になろう
そうか
!!
「何故そんな顔をしている?」
ワタシのその言葉は、言葉にならなかった。
銀の光と、その光を吸い込む黒い光に包まれるワタシ。ワタシが守ると言った世界は、金色の光を帯びてフワリと宙に舞っている。
そしてワタシは、勢い良く流れる金色の通路へと誘われ、その先へと進んでいった。
ワタシが最後に耳にしたのは、目の前にいたアイツの声。
愛はセカイを育む。だが、セカイを滅ぼすのも愛。それが分かっていても、君達は愛を捨てられない。だから君達は『セカイの死神』となるしかない。
嘘をついたような形になってしまっているが、安心しろ。君がいる限り、そのセカイは消えないよ。
しかし、いつになったら『愛の無いワタシ』が来るのやら……。
『セカイ達の神』と言えば聞こえは良いかもしれないが。やれるのは覗き見と、新しいワタシのエスコートくらいだからな。
ともかく。まあ、せいぜい頑張ってくれ
ワタシは神の私を殴り飛ばしたい気持ちを抱きながら、欠伸をするように縦に伸びて消えた。
そして、ワタシはワタシでなくなった。