不明

やあ、待ちわびたよ

 ワタシは不意に声をかけられた。それよりも驚いたのは、目の前のコイツの瞳に映る自分の姿。

ワタシ

目の前のコイツにそっくりだ……

 ワタシは、目の前のコイツに警戒しながら周囲を見渡した。
 

ワタシ

天井にはシャンデリア。壁には無数の球体が整然と並んでいる。建物の材質は大理石だろうか?

不明

さて早速だけど、君の初仕事を案内しよう

 目の前のコイツはそう言うなり、すぐそばにある1つの球体を指差した。

ワタシ

その……。言っている意味が分からないんだが

不明

そうか、珍しいな? まあいい、難しいことではない。これを手に取って眺めるだけで良い

ワタシ

何を言っているんだ……?

 確かにワタシは、そう思った。だが気が付くと、手には指定された球体があった。そしてワタシは……。頬に温もりを感じた。

ワタシ

……え?

 手に持つ球体に滴り落ちる水滴。ワタシは、涙を流していた。

不明

どうやら正常のようだな。安心しろ、最初は皆そういう反応を示す

ワタシ

これは何なんだ? 何故か分からないが、この球体は、とても……

不明

愛しいモノに感じるだろう?

ワタシ

ああ。何なんだ、これは?

不明

その球体は、それぞれが一つのセカイだ。全てのセカイは、みな愛で成長する。だが私達の役目は、それを終わらせること。私……いや、ワタシ達はいうなれば。愛を終わらせる『セカイの死神』だ

ワタシ

愛を終わらせる……

 ワタシは理解が出来なかった。目の前のコイツの言葉ではなく。コイツの神経が。
 その思いに呼応するように、濡れた頬に流れる涙は止まった。
だが……。

ワタシ

セカイの、死神……!!

 溢れる感情が、激流となってワタシの中を駆け巡る。それは紛れもない、怒りだった。
 ざわめく髪と、奥歯を噛みしめる頬。手から腕には、痛い程に球体の重みが伝わる。だが、背から足へと熱が流れたところで、ワタシは自分が裸足であることに気が付いた。

不明

素晴らしい

ワタシ

何が!!

 怒りを返すワタシに、微笑みだけを返す目の前のコイツ。

ワタシ

何なんだコイツは……

 ワタシは力んでいる自分の腕に気付いてハッと我に返り、球体に目をやった。
 球体の中には、うっすらと人影が揺らめいて見える。そして、それを見るワタシの顔と、浮かぶ一つの疑問。

ワタシ

ワタシは何故こんなに怒っているんだ……?

 思考ではなく、意思に支配されているワタシ。
だが考える間もなく、目の前のコイツがワタシに言葉を投げかけてきた。

不明

セカイを失いたくないか?

 その言葉に、球体に映るワタシの目が見開く。

ワタシ

……え?

 見上げるワタシと、変わらぬ目の前のコイツ。

不明

もしも、そのセカイを失いたくないのなら。お前がそのセカイの神になれば良い

ワタシ

何……!? ちょっと待て。ワタシは『セカイの死神』なのだろう?

不明

そうだ

ワタシ

それが、どうやって……

不明

なに、単純なことさ。『セカイの死神』は、自分も、他の『セカイの死神』も消すことは出来ない。それに、1つの球体の中に入ることができる『セカイの死神』は1体だけだ

ワタシ

ということは、このセカイにワタシが入ってしまえば……!?

不明

そのセカイは永遠になる

ワタシ

ワタシがこの球体の中に入ってしまえば、このセカイを守れる。そういうことだな?

不明

そういうことだ

ワタシ

ならばこの球体の中に入り、ワタシがこのセカイの神になろう

不明

そうか

ワタシ

!!

「何故そんな顔をしている?」
 ワタシのその言葉は、言葉にならなかった。
 銀の光と、その光を吸い込む黒い光に包まれるワタシ。ワタシが守ると言った世界は、金色の光を帯びてフワリと宙に舞っている。
 そしてワタシは、勢い良く流れる金色の通路へと誘われ、その先へと進んでいった。
 ワタシが最後に耳にしたのは、目の前にいたアイツの声。

不明

愛はセカイを育む。だが、セカイを滅ぼすのも愛。それが分かっていても、君達は愛を捨てられない。だから君達は『セカイの死神』となるしかない。
嘘をついたような形になってしまっているが、安心しろ。君がいる限り、そのセカイは消えないよ。
 しかし、いつになったら『愛の無いワタシ』が来るのやら……。
『セカイ達の神』と言えば聞こえは良いかもしれないが。やれるのは覗き見と、新しいワタシのエスコートくらいだからな。
 ともかく。まあ、せいぜい頑張ってくれ

 ワタシは神の私を殴り飛ばしたい気持ちを抱きながら、欠伸をするように縦に伸びて消えた。
 そして、ワタシはワタシでなくなった。

数多の守り神

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