入るんじゃなかった。
入るんじゃなかった。
一緒にいるから大丈夫だからさあ、入ろうよ~
なんて言うから、ついうなずいちゃったけど、はっきりと断ればよかった。
空気読めよ
みたいな視線を送ってくるとか、あとで一人だけ話しについていけなくて浮くとか、そんなこと考えないで、はっきりと断ればよかった。
……もう! 何やってんだ私!
ひゃっ!
不意に肩をさわられた気がして(もちろん気のせい)、悲鳴を上げた。
……もう、私、どうしてこんなところにいるんだろう……どうしてお化け屋敷なんかに。
高校の仲良し女四人組で遊園地に来た。
今日は平日だけど、中学生の入試のために高校は休み。
来てみると、平日だからか遊園地はめちゃくちゃ空いていて、お昼を過ぎたころには大体のアトラクションをこなしていた。
そして残った大きなアトラクション。
それが、お化け屋敷だった。
ギネス公認! 世界一の長さ! 最恐絶叫ホラーハウス!
そんな風に銘打たれたこのお化け屋敷。
本当は入りたくなかった。
でも、なんだかんだと言われて、結局入ってしまった。
付き合いとか、そんなことを考えて。
でも今はそれを、後悔している。ものすごく、後悔している
入ってすぐのことだった。
ギャアアアア!!!!
突然出てきたゾンビにビックリして、私はわき目もふらずに逃げた。
目をつぶってとにかく走った。
後ろの方でミヤコが何か叫んでたけど、無視して走った。
走って、走って、走って、走って、走って、つまずいて思いっきり転んだ。
おでこを打った痛みに目を開けたら、真っ暗で何も見えなかった。
ミヤコ~! マキ~! チカ~!
係員さん~!
お母さん~! お父さん~! お兄ちゃん~!
なんて叫んだ。
叫んでみたんだけど、誰も返事はしてくれなくて。
私の声がぐわんぐわんと反響して余計に怖いだけで。
要するに、私は迷子になったのだった。真っ暗なお化け屋敷の中で。たった一人
いつからお化けが嫌いかと聞かれたら多分それは生まれたときからで、どうして嫌いかと聞かれたら、それがお化けだから、としかいえないぐらいにお化けが嫌いな私。
その私がお化け屋敷に一人ぼっち&周りは真っ暗。私のお先も真っ暗——
っっっっっ!!!!
小さな物音に、私の思考はさえぎられて代わりに声にならない声が出た。
ダメだ。これはダメだ。ここにこれ以上いたらまずい。具体的に言うと、私の精神が持ちそうにない
壊れるー私が壊れるー。あーあーあーお化けなんてないさ、お化けなんてうそさ。そうだ、いるわけない。お化けなんていな――
ゾゾゾっと背筋に悪寒が走る。
いや、違う今の音はなんか湿ったものが地面を歩くような音は、気のせいに違いない
うん。だってさ、お化けとかさ、そんな非現実的なものいるわけ無いじゃんだから、そう。そうだ、係りの人だ。きっとお化け役の人に違いない。でも、でもでもでも、なんか背筋が冷たい。なぜか冷たい。異様に冷たい
これはあれだ……お化けだよ、やっぱりいるよ。いるんだよ! お化け! いや、いやいやいやいや、あれだ。でもだ、お化けがいるとしてもだ、何もお化けが襲ってくるとは限らないじゃん? そうだ。そうだよね? そうですよ。お化けは『うらめしやー』って言うけど、私恨まれる覚えないもん。そう、大丈夫。怖くない。怖くない。ボールは友達、お化けも友達。そんな感じだ、きっと。うん。いけるいける、そう歌ってみよう。声に出して
お、お化けは友達、怖くない! ボールも友達、怖くない! お化けは友達。ボールも友達。お化けは友達怖くない。友達、友達。怖くない、怖くない、怖くな――
肩に何かが触った。ダメだ。これはあれだ。お化けだ。そうだ。違いない。いや、もう、なんかあれだ。謝れ。謝れ私! 全力で見逃してもらえ!
しゅ、しゅしゅ、すいません! いやあの、勝手に友達とか言ってスンマセン。あの、私なんでもないんで。スイマセン。本当にもう、全然おいしくないんで! 魂のステージも低いんで。見逃してください。本当に、あの。もう全部、最っ低なんで! もう構う価値ないっすから。もう本当に。お願いします許してください
ああ、あの、あれですかね? 自縛霊さんとかっすかね? 私すぐ出るんで。大丈夫ですから。あのお邪魔してスイマセン。むしろ私出たいんです。ここから出たいんです。だから見逃してください。お願いします。あの、出来たら出してください! あああ、あつかましいこと言ってゴメンナサイ。許してください。そ、そうだ! よかったら、チカとか! 友達なんですけど、きっと彼女おいしいから! 彼女で足りなかったら他にも二人ぐらいいるんで! だから、お願いなんで。本当に、本当にお願いします。なんならあの、財布とかも全部あげるんで。中身少ないですけど、あげるんで。だから、どうか、どうか。助けてえええっ!
土下座した。土下座して頼み込んだ……最低だ、私。何もかも放り出して、自分が助かろうとしやがった。友達まで売って自分が助かろうとしやがった。これはあの、まあ、うん。うん。弁解の余地なし。
あ、あの~?
そんな私におっかなびっくりといった様子で声がかけられた。同時に光が差す。
へ?
おそるおそる顔を上げると、そこには――逆光でまぶしくてよく見えないけど、女の子がいた。
あ、あの。大丈夫ですか?
多分同い年くらいの女の子は私の肩に手を置いたままそう言った。は、ははは。女の子だ。肩に乗った手があったかい。ああ、よかった。ちゃんと女の子――
え?! あ、あの!
ほっとして気が抜けた私は意識を失った。
気が付いたらベッドの上だった、なんてことを期待していたんだけど現実は残酷で私はいまだお化け屋敷の中にいるようだった。
ようだった、というのはあいかわらず周りは真っ暗で、床に立てられたライトの明かりでかろうじて、彼女が見えるからだ。
ローアングルから照らされてる彼女はホラーだった。
あ、気づきましたか?
その彼女は私が起きたことに気が付いて、声をかけてきた。
あ、ああ
そう答えながら起き上がる。
そのときにさっき打ったおでこが痛んで手を当てた。あれ、なんか貼ってある。
あ、すいません。血が出ていたので、寝ている間にばんそーこー貼らせてもらいました。勝手なことしてごめんなさい
あ、いえ。それはどうもありがとうございます
低姿勢な彼女に私も低姿勢で返す。それにしても、それにしてもだ。
……よかったです。私、友達とはぐれちゃって一人で、迷子になっちゃって。他の人に会えてよかった~これでやっとここからでられる~
最後は腰砕けになって、半泣きで言った。本当によかったあ。
……あの、すごく言い辛いんですけど
涙ぐむ私に彼女は言った。
私も、迷子なんです
…………
……えーと、あの。わ、私はマイコって言います。頑張って一緒にここから脱出しましょう! 大丈夫です。きっと、二人で力をあわせれば!
彼女は私の手を握ってそう言った。
その暖かい手のぬくもりと根拠のない自信たっぷりの言葉に、不思議と私は安心して、彼女の細い手を握り返して私は言った。
私はアキコ。高校一年、十六才。よろしく
そしてわたしとマイコのお化け屋敷脱出作戦が始まった
マイコの持っていたライトだけを頼りに進んでいく。
やっぱりあたりは真っ暗で、でも不思議と怖くない。
人間おもしろいもので、さっきまであんなに怖かったのに、一度落ち着いてしまうと怖くなくなるものらしい。
となりに誰かがいるということのすばらしさを私は心底、本当に心底実感した。
ふーん、マイコも友達と入って迷子になったんだ?
彼女と話しながら、進んでいく。
順路がどこだかさっぱりわからないから適当にしらみつぶしに歩いているだけだけど、やっぱり怖くない。むしろ今は楽しいぐらい。
はい。お友達と入ったんですけど、入り口のところでゾンビに追いかけられて……気づいたら一人でした
ははは、一緒だ。やっぱ、あのゾンビ怖いよね
はい、あれは怖いです。もう――きゃっ!
わっ、って何コレ? こんにゃく?
突然目の前に落ちてきて、マイコの顔にぶつかったもの。
それはこんにゃく。
あの糸で吊るされた古典的なあれ。幽霊の正体見たり 枯れ尾花、ってこのことを言うのか。
アハ、ハハッハ
ウフ、アハ、アハハハ
私は、私の腕にしがみついていたマイコと顔を見合わせた。
そして、二人で笑った。
――おかしくて、おかしくて、二人で笑い転げた。
そこからさらにまっすぐ進んでいくと、突然前方の壁が動いて私たちの行く手に立ちふさがった。
ついでに紙のようなものがひらひらと舞っている。
ぎょっとしてライトを向けると、壁と目が合った。
ぬ、ぬりかべ?
あのひらひらは、いったんもめんですね
あの有名な某M木氏の書いたのにそっくりなぬりかべといったんもめんは、ただそこにいて私たちを見ている。
じーっと見つめられることに耐えられなくて、私たちは手をつなぎながらぬりかべたちに向かって歩いていった。
ど、どうも。こんにちは。横、通らせてもらってもいいですか?
二人で彼らに向かってお辞儀をして頼む。
すると、ぬりかべはゆっくりとその短い手を上げて、右を指差した。
いったんもめんは右矢印の形を作っている。
右へライトを向けると、そちらにも道があった。
なるほど、出口はこっち、と。
ありがとうございましたー
ありがとうございました
二人で声をそろえてお礼を言いながら右へと進んでいった。
振り返ると、いったんもめんがバイバイするようにひらひらとゆれていた。
なんとなく可愛くて、私はバイバイと手を振りふりかえした。
親切な人(?)だったねー
はい、かわいらしい目をしてました
二人でそんなことをしゃべりながらさらに進む。
こんにゃく以降、私とマイコはあまり怖がらなくなっていたが、今のぬりかべといったんもめんでさらに恐怖が薄れた。
しかし、そんなときだ。
それはだんだんと近づいてきていて、この先の曲がり角の先から聞こえてきていて、
……こ、怖くないよね?
……は、はい。もちろん。だいぞぶでふ
ゴクン、とつばを飲み込み、マイコの手を強く握った。
恐る恐る、角に近づく。意を決して、二人で目で合図をして、曲がる。
あれ?
曲がった先をライトで照らしても、何もいなかった。ちょっと拍子抜け。
そのとき足元で
へ?
ライトを向ける。と、そこに、ががががが、ガイコツが。ガイコツが這って――
アーーーーッ!!!!
ヒャーーーッ!!!!
二人で叫んだ。次の瞬間、腕を下へと引っ張られた。
見ると、私の手にすがりついたマイコが腰を抜かしてへたり込んでいた。
た、立って! 早く! 逃げるよ! 早く!
マイコをせかしつつ、ガイコツを見る。
ガイコツはカシャカシャ、と私たちを捕まえようと――してない? よく見てみれば、ガイコツはある一定のところから進んでいなくて、私たちに迫ってきているというよりは必死にもがいているように見える。
あ
マイコが不意に声を上げた。
何かと思うと彼女は、ガイコツの足の方を指差した。そちらを見ると、なるほど。ガイコツは巨大なネズミ捕りのようなものに下半身を挟まれていて、それでもがいているらしい。
あ、今、ついに力尽きたようにパタッと動きが止まった。
……助ける?
……うん
うーん、でもこれ、開かないなぁ
じゃあ、ガイコツばらしちゃいましょうか
大丈夫、なのかな?
どうでしょう? でも、それしかないですよね……
ばらしていいものか不安だったけど、まあ大丈夫だろう。マンガとかなら大丈夫だし。そんな気持ちでばらして、また上半身と下半身をドッキング。するとぴくり、とガイコツが指を動かした。
せっかく助けてあげたガイコツが襲い掛かってきたらどうしよう、なんて考えていたけど、それは杞憂に終わった。
ガイコツは起き上がると、私とマイコにぺこりとお辞儀をして紳士的に私たちの手に口付けをして去っていった。……うーん。今更だけど、これが「最強絶叫」か?
そんなことを考えつつも、さらに前進すること五分。
曲がった角の先に、まぶしい光を見つけた。ああ、あれは! お天道様の光!
やった! 出口だ!
うん!
走ろう!
私とマイコは競うようにして出口めがけて走った。お互いにつないだ手はそのままに。
そして、ついに私たちはお化け屋敷から脱出した。
はあ、はあ、はあ。やったねマイコ!
全力で走ったせいで切れる息の中、私は横にいるマイコに声をかけた。が、
あれ?
今までいたはずのマイコがいない。どこにいったんだろう? 私があたりを見回すと、
おーい! アキコ~!
向こうの方から、ミヤコたちが走ってきた。
いやーよかった。中で迷子になった子がいる、って言うからどうしようかと思ったけど無事に出てきてくれて何よりだ
ミヤコたちと共に駆けつけた係員の人がホッとしたように言った。
あ、すいません。ご心配をおかけしちゃって
頭を下げながら私が言うと、
まったくも~! いきなり走り出すからビックリしちゃったよ~!
ホント、それにしても、あんだけ怖がってたのによく一人で出てこれたね。私なら一人じゃ無理だよ
本当だよ! すごいよ~!
チカとマキは笑いつつ、私の肩をぽんぽんと叩いて褒めるようにそう言った。
うん。私も一人なら無理だった。中でマイコって子と会ってさ、その子と二人だったから。だから出てこれたんだ
私の言葉に、係りの人が首をかしげた。
今、お化け屋敷に入っているお客さんは、君達だけのはずだけど……?
そーだよー。それにアキコが出てくる瞬間見てたけど、一人だったじゃん
え?
あ、わかった! アキコ夢見たんじゃない? これのせいで!
ミヤコがそう言って指差したのは、お化け屋敷の壁に貼られたポスター。
そこには、お化け屋敷のキャラクターとして、案内人の幽霊女子高生・まいこ。と書かれていた。
……彼女役の人が中に出てきたり?
うん? しないね
……ぬりかべとか、いったんもめんとか、ネズミ捕りに挟まれたガイコツは?
ハハハ、そんなものはうちにはいないよ。うちは西洋系のホラーハウスだからね
そんな……ウソだろう? マイコが私の妄想だったなんてそんなはず
あれ、アキコその絆創膏どうしたの?
え?
チカに言われ、額に手を当てると、そこには絆創膏が貼られていた。マイコの貼ってくれた、絆創膏が
もう、迷子になっちゃダメですよ?
マイコの声が、聞こえた気がした