たとえ未来を告げられたとしてもその通りにいくとは限らない。


 雪の舞う2月のある日、乙成星(おとなりせい)はマフラーに顔をうずめ学校への道のりを足早に歩いていた。高校卒業を目前に控えた星は週に一度の登校日を心待ちにしていた。なぜなら、友人と顔を合わせる数少ない機会だからだ。
 進路は皆バラバラだが、SNSの普及した今の時代ではたとえ住む場所が違えど、つながることは可能である。
 しかし星にはそれは不可能だった。

 彼女に残された時間はもう長くはない。

 星は幼少期から体が弱く、体力もあまりなかった。かけっこではいつもいちばん最後。しかし、持ち前の明るい性格のおかげか、それに苦しむことはなかった。
 しかし高校2年生の冬、星は病に倒れた。

 あれから1年のときが経ち先日ついに医師からこう告げられた。

医師

乙成さんの命はもう長くはないでしょう

 星の横では付き添いの母が目に涙を浮かべている。

医師

残念ですが、乙成さんの余命はあと一ヶ月ほどです

 星は突然の母の涙に胸が締め付けられたような気がした。

医師

3月のはじめが限界でしょう

 3月のはじめといえば、ちょうど星の卒業式のあるころだ。

せめて卒業式がしたいな

 病院からの帰り道、小さな声で星がつぶやくと星の母は優しく、でもどこか悲しそうに微笑んだ。

 その日、星は帰宅すると紙とペンを取りだし、何かを書いていた。

“死ぬまでにやりたいことリスト
・友達にお別れを言う
・まだ行けていない駅前のケーキ屋に行く
・みんなと写真を撮る
・引っ越した花菜に会いにいく
・卒業式に出席する”

 星はこの紙に書かれたことを残された時間ですべてやり遂げようと決めた。

 そして今、星は一つ目の項目をクリアすべく学校へと向かっているのだ。いつ亡くなってもおかしくない星はまず最初に友人へ別れを告げることを選んだ。

おはよう!

  教室に入ると、もうすでに友人の姿は多くあった。これから星はこの友人たちに自分が死ぬのだと告げなければならない。星は笑顔の友人を前にして少し気分が重くなった。

ちょっといいかな?

 勇気を出して、星は友人たちに声をかけた。友人の視線が星に集まると思わず星は泣きそうになった。

みんなに大事な話があるの

 星は震える声でそういった。友人たちはすぐに心配の声をかけてくれた。

友人

どうしたの?大丈夫?

 その声がさらに星の涙を誘った。

私、もうすぐ死んじゃうみたい

 その言葉と同時に星の目から涙がこぼれた。
 以前から病気のことを知っていた友人たちは星を茶化すこともなく、ただ一緒に涙を流していた。

友人

なんで星だけいなくなっちゃうの?

 なんて星の友人の一人が言えば、ほかの友人たちも寂しいとか、嫌だとか、口々に言い出した。

でもね、私最後まで精一杯生きるよ。
だからそれまでは一緒にいてほしいの

 星が震える声でそう言うと、星の友人たちはやさしく笑い、頷いてくれた。

 ひとつめの目標はこれでクリアだ。

 その後、星と友人たちはやっとの思いで泣き止み、少し重たい気持ちのまま卒業式の練習をした。
 途中星は、もしかしたらこの練習が星にとっての本番になってしまうのではないかと不安な気持ちになっていた。

 次に成し遂げようとした項目は“友達と写真を撮る”だった。

 放課後になると、星の周りには人が集まり各自の携帯を持ち合って写真を撮りあった。
 変顔をしてみたり、みんなで同じポーズをとってみたり、星はみんなの思い出から消えてしまわぬように複数の写真におさまった。
 星は隣で笑う友人の笑顔につられて同じように笑顔になっていた。

 その後星は、友人数人を引き連れて駅へと向かった。先月オープンしたばかりの駅前のケーキ屋は多くの客が行列を作っていた。
 本当はほとぼりがさめるのを待ってくるつもりだったが、意外にもこうして友人と語りながら待つ時間も悪くないといまさら気づいた。

 いつもなら”ダイエット”と、たくさんある中から時間をかけてひとつのケーキを選んでいたが「最後の贅沢だよね」と星は言い訳して複数のケーキを食べた。
 こうして友人たちと「美味しいね」と笑い会う時間ももう残されていないのだと思うと星は悲しい気持ちになった。

行列に並ぶことも、ケーキを食べることも、すべて最後になってしまうと思うと星は改めて死への恐怖を実感した。

 その日、星は家に帰ると“死ぬまでにやりたいことリスト”の3つの項目にチェックをつけた。チェックが増えることは、星の死が近づいていることを表していた。

 あれから数日が経ち、星はスーツケースを片手に駅のホームに立っていた。リストの4つめの項目である“引っ越した花菜に会いに行く”を実行するためだった。

 花菜は中学を卒業すると同時に遠くの町に引っ越してしまった星の幼いころからの友人である。
 電車に乗って一人で遠くに行くことは星にとって始めての経験だった。最初で最後の一人旅に星はわくわくしていた。

 途中知らない駅で下車し、ご飯を食べた。
 はじめてみる景色、はじめて食べる料理、はじめて会う人。あらゆるものが最後になってしまう今の星にとって新しいものとの出会いは新鮮で残り少ない人生に希望を与えてくれるような気がした。

 再び電車に乗り、目的の駅で下車すると改札の向こうで花菜が大きく手を振っていた。数年ぶりに見た花菜の笑顔に星の顔もほころんだ。しかしまた学校の友人のように寂しい思いをさせてしまうと思うと星の心が痛んだ。

 星はまだあのことを言い出せないままにおそろいのものを買ったり、ご飯を食べたりして楽しんだ。
 そして夜、花菜の家に着き、いよいよ星が自分の死を打ち明けるときが来た。
 花菜は星にとって大親友といえるほどの仲であり、伝えるのにはかなり勇気がいる。なかなか言い出せない星に花菜は不思議そうな顔をしていた。

あのね……

 深く深呼吸をして星が口を開く。

私、もうすぐ死んじゃうんだ

 やっとの思いでその言葉を言い、顔を上げると花菜は涙を流していた。

花菜

星ちゃん、最後に会いに来てくれたの?

 花菜はそう言うと、うれしそうに微笑んだ。

花菜

残り少ない時間なのに会いに来てくれてうれしいよ

 花菜はただ星がいなくなることを嫌がるのではなくて、残された時間で会いに来てくれた喜びを伝えた。

星ちゃん……

ありがとう

 星もまた、花菜の優しさに涙した。

 星は18年しか生きていないけれど、思い出は語りつくせないほどある。
 確かに他人から見れば短い命かもしれない。
 でも、十分に楽しんだと星は思う。

 多くの友人たちに囲まれて、いろんなところに行って、美味しいものを食べたり、たまには辛い思いをしたり、励ましたり、励まされたり、ちゃんとした人生だったと思う。

 まだまだこの先、結婚したり、子供を産んだり育てたり、おばあちゃんになって孫の顔を見たいし、年老いてから死にたい気持ちだって十分にある。 
 そんな少しの後悔はあるけれども、今なら笑顔で最後を迎えられるような気がした。

 翌日、花菜との別れはとても辛かった。
 「またね」なんて言えるはずもなく、

元気でね

 そう声をかけても、同じ言葉が返ってくることはもちろんなかった。

花菜

今までありがとう。
私が星ちゃんの分も頑張るから安心して残りの時間を楽しんでね

 最後に花菜は涙でぐしゃぐしゃになった顔でそう言った。

こちらこそありがとう。
花菜ちゃんのこと、ずっと見守るからね。

 星はそう花菜に声をかけると発車ベルに急かされ、焦って電車に飛び乗った。

 まだ次の電車はあったけれど、乗換えが一番少なく最寄り駅へと行くことのできるこの電車に、星は引き寄せられるように乗った。

 花菜との思い出を振り返り、静かに涙を流しながら写真を眺めていたとき、電車の車体が大きく揺れた。
 乗客の叫び声とともに星の意識は遠のいた。

 間もなく電車は脱線した。

 星の乗っていた車両は大きく線路を離れ横転し動きを止めた。

 星は花菜との写真を握り締めたまま深い眠いについた。


 明日は星の卒業式だった――。

pagetop