(うう~っ!
みんな帰ったのに
まだ仕事が終わらない!)
なんだ、馬場。
まだ残っていたのか。
鹿野さん!
帰ったんじゃなかったんですか?
忘れ物を取りに来たんだ。
それより、キミの方こそ
なぜこんな時間まで残っている?
実は昼間に入力したデータに
ミスが見つかって……。
それを修正するのに
残っていたわけか。
そうなんです……。
まさかとは思うが、
まだ終わりそうにないのか?
はい……。
何が原因でデータにエラーが
起きているのか、
まったくわからなくて……。
まったく、キミというやつは。
どうしていつもミスが多い上に
仕事が遅いんだ?
そんなに言わないでください。
俺だって落ち込んでるんですから。
ふう、仕方ないな。
(鹿野さんがジャケットを脱いで
俺の隣に座ったけど……)
まさか手伝ってくれるんですか?
誰が手伝うと言った。
えっ、違うんですか?
俺は上司として、
キミを厳しく育てる使命がある。
甘やかすつもりはない。
鹿野さんって
いつも厳しい事しか言わないですね。
当たり前だ。
だが、今回は特別に
対処法を教えてやろう。
対処法?
致命的なミスが見つかった時は
パニックになって根本的な原因を
見落としがちになる。
は、はい。
キミのように要領の悪い人間は
原因を探るだけで
膨大な時間を要するだろ?
その通りですけど……。
なんだ?
その不満そうな顔は。
あの……。
お説教するだけなら
帰って欲しいんですけど。
助けてやろうというのに、
ずいぶん生意気なことを言うな。
それが上司に対する口の利き方か?
すみません。
以後、気をつけます。
わかればいい。
はあ……。
本当に俺様なんだから。
何か言ったか?
いえ、何も。
そうか。
では、目を閉じろ。
えっ!
急に何ですか?
いいから、俺の言う通りにしろ。
目を閉じるって、まさか……。
俺にキスする気ですか?
早く。
スルーですか。
(とりあえず目を閉じるか。)
ふう……。
(目を閉じると、
鹿野さんの息づかいがさっきよりも
大きく聞こえる……。)
(やばいかも……。
ちょっとドキドキしてきた。)
…………。
(それにしても長いな。
いつまで目を閉じてればいいんだ?)
(あっ、もしかして。
俺のデータを見直して
修正してくれてるのかな?)
よし、もういいだろう。
目を開けろ。
はい!!
えっ?
俺のデータ、何も変わってない……。
は?
何を言っている。
てっきり、
俺が目を開けたら
データが直ってるのかと思って。
そんな甘い話があるわけないだろう。
ですよね……。
馬場・心の声:
人をいびる事を
生き甲斐にしている鹿野さんが、
そんな人格者みたいな事
してくれるわけないか。
心の声(?)がもれているぞ。
っていうか、
何のために
目を閉じさせたんですか?
もう一度データを見てみろ。
どこが間違っているのか
すぐにわかるはずだぞ。
そんな簡単に
見つかるわけないと
思いますけど……。
いいから、
口ごたえをする前に
言う通りにしろ。
強引だなあ。
……あれ?
ここ、間違ってる。
ほら、すぐに見つかっただろう?
うわっ、鹿野さんが笑った!
失礼な奴だな。
化け物に遭遇したような
驚き方をするな。
鬼のような鹿野さんが、
普段はめったに見せない
笑顔になったから
ギャップに驚いてしまって……。
怒りを通り越して感心するほどに
失礼なことを言う奴だな、キミは。
ところで、あれだけ探しても
原因がわからなかったのに、
どうしてすぐにミスをしている箇所が
わかったんでしょうか?
目を閉じて心を落ち着かせるだけで、
見えないものが
見えてくる場合がある。
冷静に物事を見すえれば、
目先のものにとらわれずに
広い視野で見る事ができるんだ。
なるほど、
平井堅の歌にもありますよね。
ひぃ~とみぃ~ぅを閉ぉ~じてぇ~♪
きぃ~みぅを~思ぉ~うよぉ~♪
そぉ~れだぁ~けでぇ~い~いいいぃ~♪
俺の話をはき違えている事よりも、
平井堅のモノマネの
完成度の高さに驚いている。
モノマネと同じくらい、
仕事も頑張ってるんですけどね。
なんでミスが減らないんでしょうね……。
(一応、気にしていたのか。)
キミはどうも、
バカでいい加減な割には
根を詰めるクセがあるようだ。
あまり無理するなよ?
あ、ありがとうございます。
まじめで努力家で器量良しなんて
言われたの初めてです。
そんなこと言ってないからな?
初めてじゃなくて未経験だからな?
未経験とか、
初体験とか、
いやらしいな鹿野さんは……。
…………。
さて、俺はもう帰るぞ。
あの、鹿野さん。
なんだ?
まだ何かあるのか?
いえ。
鹿野さんのお蔭でミスが見つかりました。
ありがとうございました!
礼を言われるようなことは
していない。
キミの上司として、
当然の助言をしたまでだ。
でも、すごく助かりました。
鹿野さんって血の通った
生き物だったんですね。
どうもキミは一言多いな。
あ、すみません。
鹿野さんの前だと、
なぜか思ってることが
口に出ちゃうんですよね。
へえ……。
珍しい人間だな、キミは。
そうですか?
他の部下は、
俺を怖がって目を合わそうともしない。
しかしキミはグイグイくるじゃないか。
鹿野さんってドSだから、
目なんかそらしたら
余計にいじめそうじゃないですか。
だから、グイグイ行った方が
まだ風当たりがマシかなと思って。
どこからつっこめばいいのか迷うが、
俺がドSなら
さしづめキミはドMだろう。
ドMって……ひどいなあ!
人をドS呼ばわりするのは
ひどくないのか?
鹿野さんがドSなのは事実ですし、
別にいいかなって。
おい……。
地方に左遷するぞ。
えっ!
ここを離れたら
寂しくなるじゃないですか。
ほう。
なかなか健気なことを
言うじゃないか。
何が健気なんですか?
俺が転勤したら
鹿野さんが寂しくなると
思っただけなんですけど。
…………。
キミと無駄な会話をしたせいで、
帰るタイミングを逃したじゃないか。
じゃあ俺と一緒に
会社に泊まりますか?
誰が泊まるか。
俺は家に帰って温かい風呂に入り、
柔らかなベッドで寝る!
鹿野さんの家って
ベッド有ったんですね。
布団派だと思っていたのか?
いいえ。
針の山の上で寝てるんだとばかりと
思ってました……。
いい加減にしないと
出世に響くぞ。
ええっ!
それはカンベン!
とにかく俺は帰るぞ。
お前も早く仕事を
終わらせろよ。
はーい……。
鹿野さんと話してるの楽しかったのに、
帰っちゃうのかあ……。
…………。
頑張れよ。
(あっ。
頭をポンポンって撫でられた。)
鹿野さん。
そういうのやめてくださいよ……。
なぜだ?
カツラを被っているからか?
違いますよ!
鹿野さんみたいなカッコイイ上司に
そんな風に撫でられたら、
好きになっちゃうじゃないですか!!
…………。
……えっ?
鹿野さんみたいなカッコイイ上司に
そんな風に撫でられたら、
好きになっちゃうじゃないですか!!
いや、リピートしなくてもいい。
そうですか?
聞こえなかったのかと思って、
親切のつもりで言ったんですけど。
そ、そうか。
鹿野さんは俺のこと
どう思ってます?
ど、どうって。
悪い奴ではないと思っているが……。
俺はずっと前から、
鹿野さんのことが好きでした。
俺と付き合ってください!
馬場……。
なんですか?
申し訳ないが、
俺にはそっちの趣味は無いんだ。
そっちの趣味って?
いや、その……。
同性愛の趣味は無いんだ……。
勘違いさせたのなら、
本当に申し訳ない。
鹿野さんって女だったんですか!?
どこをどうしたら
そういう解釈になるんだ。
だって今、
同性愛の趣味は無いって
言ったじゃないですか。
(もっとハッキリ言わないと
わからないのか……。)
俺は男だ。
そして馬場、キミも男だ。
だから、恋愛感情は湧かないと
言っているんだ。
えっ?
俺、女ですよ?
フッ、何をつまらない冗談を……。
いやいや、冗談じゃありませんから。
えっ?
キミは男だろ?
えっ?
正真正銘、女ですけど。
ほら……。
お、おい!
いきなり服を脱ぐな!
しかもパンツまで下ろすな!
この裸を見ても、
俺を男だと思うんですか?
…………。
こいつ女だったのかーっっ!!