花嫁にありがとうと満面の笑みで言われた女性は、
花嫁にありがとうと満面の笑みで言われた女性は、
どういたしましてーお幸せにー!
と、投げやりに返した。
素直にどういたしましてって言いなさい
後ろにいた男性が、頭ひとつ分小さい彼女の後頭部をこつんと叩く。新郎新婦は、最後まで相変わらずなその二人を見て、くすくすと笑った。
後頭部を殴られた彼女は、静かに目を見開いて後頭部を押さえている。どうやら声もでないほどに痛いようだ。
し、信じらんねえ……いってーなー、たくよー……
かわいそうに、あたりどころが悪かったんだな
男性がけらけらと笑う。後頭部をさすりながら、女性はぎろりと男性を睨み付けた。
新郎新婦が、また楽しそうに笑う。
こいつらは、何があっても幸せなんだよなあ
そう思ってため息をつくと、女性は二人に背を向け、手をひらひらと振った。
じゃぁな、せいぜい離婚すんなよ
と、まぁ不吉な言葉を残した後、ふっと、女性の姿が景色に溶け込み、消える。
こらっお前……! 最後まですみません、ほんと
男性はぺこりと頭を下げ、お幸せにと微笑んだ後、彼女を追うように新郎新婦に背を向けた。
すっと、彼の姿も消える。二人が先ほどまでいた場所を見つめながら、夢だったのかなぁと顔を見合わせた。
そう思うのも、無理はない。
新郎の前に彼が、新婦の前に彼女が現れたのは、六か月ほど前だった。
彼らは、自称『結婚屋』だった。
彼女は
結婚してーんだろーがよ! しちまえ! ぐだぐだすんじゃねえよ、手伝ってやるからよ
と乱暴に新婦に結婚を提案した。
彼は
結婚したいんでしょう? お手伝いしますよ
と優しく新郎に手を差し伸べた。
結婚屋の二人は、別々に奮闘し、悩み、考え、カップルを結婚まで導いた。
カップルが婚約をした際に、お互いについていた自称『結婚屋』の二人が、仕事上のペアだったことをばらした。
四人で祝杯をかわしたこともある。なんだか、騙された気分、
と新婦は笑っていたが、とても嬉しそうだった。
幸せそうに、どうも
と悪態をつく彼女を、彼は
こら
と笑顔で小突いていた。
結婚式の準備は勝手にしてもらった。結婚式を見るまでが仕事と、彼女と彼は時々現れては、
どんな式になるの
だとか、
どんな服を着るの
だとか、興味深そうに聞いて来た。
人間ではない、妖精のような、天使のような、よく分からないペアは、結婚式が終わると、新郎新婦を置いてあっさりと消えてしまったのだ。
新郎新婦は知らないが、彼らはまだ、結婚式場の近くにいる。
真上の、空に浮いているのだ。
んああああああ、疲れた! つ、か、れ、た!
結婚屋のひとり、背の小さな女性は、空に浮かびながらうーんと伸びをした。その後ろで、
今回は大仕事だったねぇ
と男性が笑う。
ふわふわと浮いている二人は、人には見えないように透明になっているが、互いの姿だけは確認することができる。
長年もこの仕事をしてるけどよぉ、やっぱり結婚ってよくわからねぇや。
ずっと一緒にいたいってだけじゃだめなんかね、わざわざ結婚します、って言うのがわかんないぜ、どうも
そうかな? 俺はなんとなくわかるけどな
そうかあ? あんなに盛大なパーティーなんかしちゃってさ
女性はそう言い、足元を見る。
二人の真下で騒ぐ人々は、皆本当に楽しそうだ。
人間の世界は、いろいろ決まり事が大変なんでしょ
男性は、にこにこと笑顔を崩さない。
最近のは面倒くさすぎだ。六ヶ月だぜ、半年!
結婚、決まり、はい、おしまい、一ヶ月! の時代はおわっちまったのかねえ。
まぁ、仕事だからがんばるけどよー
恋のキューピッドをね
女性はへっ、と苦笑する。
その呼び方は、今じゃ胡散臭い。結婚屋のが信じてくれる世の中だぜ、世知辛いねえ。はーあ、ったくよー
ったく、なに?
女性はふん、と鼻をならして、くるりと宙返りをする。じっと見つめる先は、新郎新婦の笑顔だ。
それでも幸せそうにしている二人を見ると、やめらんねえなって思う自分がいやだ
はは、君らしい
男性はくすくすと笑う。そんな彼の横腹を拳で軽く殴る彼女も、小さく笑っていた。
しかし、この仕事も長いよなあ。
もう、何年してるかわかんねえけど、それでも恋の需要はつきねえのな
二百年ぐらいはしてるかな?
わかんねえ。きっとすっごく昔から、恋ってのは存在していたんだと思うと、なんだか感慨深くもあるぜ
ねえ
なあ
二人の声が重なる。どうぞ、と男性が譲ると、どうでもいいことだけどと女性は前置きして、小さく言う。
恋って、したことある?
ないの?
燃えるようなやつは無いね……っていうか、お前のこと、きいてるんだけど
ああ、悪い。俺はしてるよ
ふうん……ん?
女性は眉をつりあげる。
してるって、現在進行形?
そうだよ。ねえ、次は俺の番ね
男性は、唐突に話題を変えた。
この仕事が終わったら言おうと思ってたんだけど
真剣な表情に、なんだなんだと身構え、女性は
どしたの
と神妙な顔つきになった。なんだ、仕事でミスをやらかしたか。私は何かやらかしたか。
結婚しない?
彼は、さらりとそう言った。
……は?
彼女は、目を丸くして聞き返した。
だから、結婚しませんか
誰が、誰と?
ここには君と俺しかいませんが
わ、私たちが? え……はあ?
俺たちの世界には、書類を提出したり、式を挙げたりなんてのはないけどさ。
それでも、ずっと一緒にいたいと思うし、だから、なんだ、つまりは結婚したいんだよ
女性は、空中で二三歩後ずさる。
い、一緒にいたいって、口約束、で、いいのかよ
うん。一緒にいたいから、結婚しよう
ず、ずっと一緒にいるなんて、そんなの私の中ではもう、暗黙の了解って言うか……
何年、何百年、一緒に仕事をしてきたと思ってるんだと、女性はごにょごにょと文句を言った。
そんな姿を見て、男性は噴きだした。
なんだよ!
嬉しいんだろ、下唇出てる
う、うっせー!!!
なあ、結婚しようよ。だめ?
いいよ! いいよ! これでいいんだろ!
俺のこと好き?
はあああああ?
女性の頬がみるみるうちに赤くなる。男性がずい、と近寄り、女性が背の高い彼を真っ赤な顔で見上げる。
好き?
す、すすす
女性は目を潤ませ、顔をそらして叫ぶように言った。
す、好きですけどー! だから結婚にオーケーし、したんですけどお!
うん、ありがとう。俺も好き
にこり、といつもの笑顔を浮かべると、少し頬を赤らめた男性は、ぐいと彼女の腕をひっぱって引き寄せた。
なっ
女性が驚く間も与えず、唇をふさぐ。短いキスの後、
誓いのキス
と彼はおどけた。
はい、俺らは結婚しました
女性は目をぐるぐると回しながら、男性の腕を静かに握った。
……はい
ね?
ね、って何だよ?
結婚って形にすると、一緒にずっといる俺らでも、やっぱり幸せを感じるだろ?
彼女は一瞬黙ると、悔しそうに頷いた。
だから結婚するんですよー
と、男性は小さな子に教えるような口調で言うと、撫で慣れた小さい頭を胸に引き寄せた。うー、と女性が男性の胸の中でうなる。動物か、と男性が笑う。
う、うるせえ!
しかし、結婚も、まぁ、悪くは、ねえのかもな
と、小さく彼女はつぶやいた。
っていうか
男性は女性を抱き締めると、もしかしてと意地悪く笑った。
さっきの恋の話、もしかしてその流れで俺に告白しようとしてくれてた?
男性のうでの中で、女性が再度、顔を真っ赤に染める。
そ、そう、だ、だったけど、だったけどお前が!
やっぱりか。なんか、言われるのいやだったから、先に言っちゃった
強引!
じゃないと、結婚まで六ヶ月ぐらいかかってたかもよ?
……それは勘弁だな
女性は、ふふ、と小さく笑う。
おめでとう、と下でだれかが叫ぶのをききながら、女性はしっかりと、男性を抱きしめた。
了