『超高齢化政府』





このように、年金の未納率が多いのは、お前ら与党がもっとしっかりしとらんからじゃ! その辺について、どう思っとるんじゃお前は!



 国会の場で大声をあげたこの野党議員は、先日米寿を迎えたばかりである。声のボリュームだけは往年の張りを失うどころか、ますます磨きがかかっていた。
 手元にはグラフなどが書いてあるフリップが握られている。文字はとても大きめに見やすく書かれており、そのため通常より枚数が多めであった。


このことについて、きちんと説明せい!



 同時に、野党側から『そうじゃそうじゃ!』といった声が一斉に飛び出す。着席していた者達はいずれも、その顔に深々とした皺が多く刻まれていた。いささかか細い声ではあったが、蓄積された歴史に裏付けられた迫力は若者のそれに劣っていない。

 一方、説明を求められた九十二歳の厚生労働大臣は、しばらく国会の天井を見つめたあとに、相手の方へ自分の耳を傾けた。


ああー、なんだって?

だから、年金がきちんと払われておらんと、問題になっておるんじゃ!



 先程よりもボリュームをあげて叫ぶ米寿。皺だらけの顔が真っ赤に染まった。



……ああ?
もっと大きな声で言っておくれえ!

だーかーら!



 そのとき、猛る米寿の態度が急におとなしくなり、宙を見つめ出した。



はて、ワシは何を言おうとしたんかのう……?

おい! お前んとこの議員、ボケが始まっておるんじゃないのか!



 怒号が飛ぶ。


おめえのとこの閣僚だって、耳がすっかり遠くなっちまっておるわい!




 野次が飛ぶ。


 国会はちょっとしたことで大きな騒ぎに発展した。国会が荒れるのは今に始まった歴史ではないが、頻度は間違いなくこれまでよりも増えていた。



 2065年、有効な打開策が見出だせないまま深刻化した少子高齢化によって、国民の七割が六十代以上の高齢者という異常事態に見舞われていた。

 有権者の八割が高齢者を占めるようになり、議員たちは選挙対策として高齢者優遇の公約を打ち出し、若者を蔑ろにするようになった。これにより政治に希望を見いだせなくなった若者達の足はますます投票場から遠ざかり、少子高齢化は負のサイクルによってますます加速化していった。

 そして現在、国会議員の平均年齢は八十代を超え、老人たちが国の手綱を握るようになる。



おい、鈴木さんがまたおしっこを漏らしておるぞ!

こっちでは渡辺さんが大便を漏らしておるわい!

なあ、飯はまだかいのう?

誰か、ヘルパーさん呼んでこい! ごほっ、ごほっ

ああっ、腰が。腰が痛いわい

あー、ここはどこじゃ? ワシはたしかお風呂に入っておったはずじゃが……

天皇陛下に敬礼!

おお、死んだはずの婆さんがこんなところに!

酒ェ、ひっく。酒がきれたぞ、持ってこい!

鈴木さん、そこはトイレじゃないぞい!

それは鈴木さんじゃなくて近藤さんじゃい!

はよヘルパー呼べ言うとるんじゃ! ごほっ!

腰が痛い! 誰か、誰か助けてくれえ

なあ、飯はまだかいのう?

おい、ここはどこなんじゃ? わしの家はどこじゃ!

若者は全員徴兵して戦地へと送り込め! 
国の安全に尽くせ!
今こそ国民一丸となって……

酒が足りねえって言っとるじゃろ!

婆さんや、どこに行くんじゃ。待っておくれぇ……

ヘルパー、ヘルパーを呼ぶんじゃ、ガハッ!

全員腹を切って死ぬべきである!

はあ、やっと飯が出てきたわい

渡辺さん、それは、飯じゃない。大便じゃ!

へ、ヘルパー……オエッ




 このような混沌を日常茶飯事とし、正常な機能を果たせなくなった国会は政治不信をますます招く。この日の国会中継も、まるで老人ホームの様相であった。





 そのとき、大きな音を立てて扉が開き、騒がしく足音を立てて複数の者達が国会へ突入する。
 彼らは一様に武装を施していた。銃火器を装備した侵入者の存在に、国会は一瞬にして騒ぎに包まれた……と思われたが、老人たちの認知は遅かった。



お前ら全員伏せろ! 
今、国会は俺たちが占拠した!



 少しばかりの時間を置き、ようやく事態を飲み込んだ者達から順に騒ぎ出す。


静かにしろ! 
命までは取らねえよ。ちょっということを聞いてもらうだけさ、先生たち。
それまでこの場は占拠させてもらう

はて、選挙はこないだ終わったばかりではないか?

選挙じゃねえ! 占拠だ!



 若者達は過激派に属する反体制の政治結社だった。若者達に苦難を強いるばかりの老人政府の徹底した高齢者優遇政策に対しついに怒りが頂点に達し、議員たちを人質に国会に籠城する作戦に出たのだ。

 突然のテロルはテレビやネット配信を通じ、全国へ中継された。ニュース速報が流れ、視聴者は緊迫した空気に包まれた……と思われたが、主な視聴者層であった老人たちの認知は遅かった。


よう、じいさん達。あんたら若者達をいじめてそんなに楽しいかい?
そんなに俺たちが憎いかよ

おい、今なにが起きとるんじゃ? 誰かワシの老眼鏡を知らんか

あの若者達の姿を見よ!
お国のために命を捨てるその覚悟!
わしらも今こそ古き良き大和魂を……

おお、新しいヘルパーの人かい?
すまないが腰を揉んでくれんかのう

ジジイども、静かにしろといっただろ!



 とはいえ老人たちの騒ぎは収まらない。糞尿を垂れ流す者、腰を抜かして床を這いずりまわる者、金に物を言わせて命乞いをする者。彼らに未来を握られていたのだと思うと、若者達は悔しさに涙がにじみ、怒りはますます熱を上げる。



いい加減にしねぇか!



 激情に任せ、若者のひとりが天井に向けて銃を撃ち放つ。銃弾こそ込められてなかったものの、強烈な轟音が国会に響く。それは単なる脅しのつもり、になるはずだった。


うっ!



 その声と同時に議員のひとりが倒れこみ、そのまま帰らぬ人となった。若者達はその光景を、困惑した顔で眺めていた。
 それから連鎖的に、他の議員たちもバッタバッタと倒れていった。


リーダー、まさか殺しちまったのか!?

や、やってねえよ!
天井に空砲撃っただけだ。
なのにどうして……



 僅かばかりの者を残して、議員たちは次々と息絶えていった。


 議員たちの死因は心臓まひである。


 実は議員たちは全員、耳が遠くなっても国会の場で会話がしやすいように、強めの設定がなされた補聴器を装着していた。若者の放った強烈な発砲音が鼓膜へ痛烈に響き、ただでさえか弱い老人たちの心臓に激しいショックを与えたのだ。


 若者達の決死の革命は中途半端な形で終わった。国会を占拠した若者達は法の裁きを受けることとなったが、このニュースは世界中を駆け巡り、政治に関心を持つことがなかった若者達を振り向かせるのにその効力は充分すぎた。自分達でも政治を覆せる、国の未来を作るのは自分達しかいないと鼓舞させ、事件後に急遽行われた選挙によって、国会議員の平均年齢は約三十代と著しい若返りを遂げることになった。


もう年寄りばかり優遇させるのは真っ平だ。今度は徹底的に若者のための政策ばかりを打ち出そう!



 日本が世界から『老人いじめ大国』と呼ばれるようになるのは、この数年後の話である。


超高齢化政府

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