《 バスの車内 》
《 バスの車内 》
(親の都合で、急に転校したが……。)
(まだ友達ができていない内に
修学旅行に行くってのは無謀だったか。
やっぱり休めば良かったな。)
(しかも、
バスの隣の席はこの女だし。)
…………。
(クールで綺麗なんだけど、
遊んでるっぽい感じだよな。)
(確か、この女の名前は……。
斎院美月だったよな?)
(クラスではいつも一人でいる上に、
すっげー派手だから目立つんだよ。
そのせいで名前を覚えちまった。)
ねえ、さっきから何見てんの?
えっ!
い、いや、見てねーよ。
嘘つけ。
アホ顔でボーッと見てたじゃん。
ア、アホ顔って……。
失礼な奴だな!
……チッ。
(うわっ!
こいつ舌打ちしやがった!
性格最悪だな……。)
…………。
(おいおい、イヤホンつけちまったよ。
俺と話したくないってわけか。)
×××だって!
ウケるだろ?
あははっ、何それー!
こいつマジ×××だよな~
ヤバイってそれ~!
(後ろの奴らは楽しそうだな……。)
ねえ。
な、なんだよ。
暇なんだけど。
知るか。
一人で曲でも聴いてろよ。
バーカ。
暇だから、なんか話せって言ってるの。
俺は芸人ではないんでね。
お前が好むようなおもしろい話なんか
できねーよ。
はっ?
なんでアンタに
おもしろさを求めなきゃなんないの?
だって、なんか話せって言っただろ。
アンタみたいに冴えない男に、
最初っからおもしろさなんて
期待してないけど。
(うわ、生意気な女。)
じゃあ、聞くけどさ……。
何?
なんでお前って、
クラスのみんなと喋らないんだ?
……悪い?
別に悪くありませんけど?
俺みたいな冴えない男と話すよりは、
クラスのみんなと話した方が
楽しいんじゃないか?
私……苦手なんだよね、
ああいう明るい子たち。
え?
私さ、外見が派手でしょ?
遊んでる風に見えるじゃん。
…………。
髪の色が明るいのは生まれつきだし、
笑顔が苦手だからいつも無表情
決め込んでるだけなんだけど……。
子供の頃から、周りの子達に
『怖い』って言われ続けたせいで、
いつの間にか
友達を作るのが苦手になっちゃった。
そうだったのか……。
でもさ、なんで俺とは
話そうと思ったんだ?
なんか暗そうだから。
てめえ……。
まっ、ちょっと優しそうだな
とも思ったけど。
へっ?
…………。
な、何見てんだよ。
(こうして改めて見ると、
かなり美人だよな……。)
(目がでかくて、肌もすげーキレイで。
まつ毛も長いし……。)
ねえ、じっとして……。
え?
(唇に柔らかい物が……。
今、俺……。
キスされたのか!?)
フフッ、情けない顔してる。
驚いた?
ば、バカ!
誰かに見られたらどうすんだ!
みんな、
こっちの事なんて構ってないよ。
いや、しかしだな……。
みんなに内緒でキスすんのって、
ゾクゾクしない?
クセになりそう
(確かにちょっとゾクゾクして
良かった……。
というか、かなり良かったけど。
でもこれはマズイだろ!?)
お、お前は一体何を考えてんだ?
誰とでもこういうことするのか?
するように見えるんだ?
私がそういう女に見えるわけ?
ふうーん……。
(あっ、そっぽ向いた。)
なんだよ、感じ悪いな
今ので私、
結構傷ついたんだけど
あっ……悪い。
今のはお前を傷つけるつもりで
言ったわけじゃなくて……。
じゃあ、どういうつもりで言ったの?
ビックリしたんだよ。
女の子とキスするのなんて
初めてだったから!
へえー。
じゃあ彼女はいないんだ?
くそっ、ニヤニヤすんな。
悪いのかよっ!
悪いなんて言ってないじゃん?
本当ネガティブなんだから
そういうお前はどうなんだよ。
はっ?
何が?
か、彼氏とかいるのかよ。
アンタに関係ないじゃん。
お前なあ……。
人に聞いておいて
それは無いだろ。
アンタに関係あるって言うなら、
教えてやっても
良かったんだけどなあー?
えっ……。
そ、それはつまり、
どういうことだ?
それくらい自分で考えな。
ぶっちゃけ、
俺の彼女になって欲しいって言ったら
付き合ってくれるって意味か?
そんなわけねーだろ。
クッ……。
期待させやがって本当ムカツク。
可能性が無いとは
言ってないけどね?
はいはい、
またそうやって
俺をおちょくる気なんだろ?
さあー、どうだろ?
(この笑顔、どっちなんだ……。)
(だけど、期待なんかしたら
またおちょくられるのがオチだ!
平常心、平常心!)
おーい。
…………。
聞こえてんでしょ?
返事しろよ
……なんだよ
これからの自由行動、
私について来いよ?
へっ?
返事は?
は、はい!
(修学旅行の間、
ずっとこいつに振り回されそうだな……。)
(とか言ってる間にバスが到着して、
あっという間に自由時間に
なってしまった。)
……で。
どこに連れてってくれるの?
俺まかせかよ!
ノープランなのかよ!
当たり前じゃん。
なんで私がアンタのために
観光プラン立てなきゃいけないわけ?
そっくりそのまま言い返すぞ。
アンタさあ……。
私を彼女にしたいんでしょ?
デートコースくらい決められなくて
どうすんの。
か、彼女にしたいとは
言ってない……。
あ、そ。
したくないんだ?
だったら別にいいけど。
あ、いや……。
どっちなんだよ。
煮え切らないなあ。
クソッ!
俺はもう、お前には期待しないって
決めたんだよ!
わけわかんないなあ。
……あ、水族館に行こう。
突然なぜ水族館?
だってそこに看板があったから。
ここからバスで行けるみたい。
えー、でも水族館なんて
わざわざ旅行先で
行かなくったっていいだろ。
いいから行くよ!
私はイルカが見たいの!!
はいはい……。
(どうせどこに行くか決まってないし、
まあいいか。)
わあー!
すごーいイルカ!!
かわいい!
(こいつって普通の女の子みたいに
はしゃいだりするんだな……。
ちょっと可愛いとこあるじゃないか。)
ねえ、今のちゃんと撮った?
……は?
撮ってねえよ。
はあ~??
最悪!
イルカのショーっていったら、
写真撮るのが常識だろ!
そう思うなら自分で撮れ!
スマホ越しでイルカ見るなんてヤダ。
だから、アンタが写真撮る係ね。
な、なんつうワガママ女だ。
可愛いとか思って損した。
……今、なんて言った?
な、何も言ってません!
まさか『可愛い』とか
言わなかった?
(なんかわからんが怒っている?)
す、すまん……。
イルカ見てはしゃいでるお前が、
ちょっとだけ可愛いなと思って……。
ふうーん……。
あれ?
なんか顔が赤くないか?
うるさい。
赤くなってない。
おやおや?
照れちゃったのかな~?
ウルセー。
ウザイから今すぐ死ね!
ひいっ!
(こ、怖い……。)
ふんふん♪
イルカのぬいぐるみなんか
買っちゃって。
ガキくさいな、お前。
いいじゃん、かわいいんだから。
それに、イルカはアンタより
ずっと頭いいんだよ。
ひどい。
ねえ……。
水族館、つまんなかった?
へっ? なんで?
だって、
ずっとつまんなそうな顔
してたから……。
そんなことねえよ。
お前がアホみたいに浮かれてるの見てたら
結構おもしろかったし。
なんだそれ。
殺すぞ。
ひいい!
女の子がすぐ
殺すって言うんじゃありません!!
じゃあ、次はどこに行く?
うーん……。
駅に観光マップが有ったから、
持って来たけど……。
じゃあ、その中から行く所決めてよ。
さっきは私が決めたんだからさ。
じゃ、じゃあこの
『なまこ壁の家』というのを
見に行ってみよう!
えーっ?
何それつまんなそう。
つまんなそうって言うな!
よくわからんが
歴史のある建築物なんだぞ!
別に行ってもいいけど……。
(……で。
その『なまこ壁の家』とやらに
到着したわけだが。)
この家を見たからといって、
何があるというわけでも
無さそうだ……。
アンタが行きたいって
言ったんじゃん。
い、いや!
中を見学したら
おもしろいかもしれないぞ!
えっ?
これ、中に入っていいの?
そりゃあ、
観光名所にしてるくらいだから
内部も見学できるだろ。
さあ、入るぞ。
ふう、買い物に行こうかね……。
……あっ。
家の中から、
思いっきり住民っぽい
お婆ちゃんが出てきたけど?
玄関には家主の持ち物と思われる
自転車が置かれてるし……。
普通の民家を観光名所にしてる
みたいだね。
まあ、白川郷みたいなもんかな。
あそこの家も人が住んでるしね。
はあ……。
俺ってダメだな……。
急に何?
お前が行きたいって言った水族館は
結構楽しめたのに、
俺が行きたいって言った場所は
つまんねえし……。
アンタさあ。
それってここの観光協会の人たちに、
ビミョーに失礼じゃない?
いや、でもさあ……。
全然リードできてないし、
こんなんじゃ彼女なんて
一生できないよなあ。
一生は言いすぎだろ。
女々しいなあ。
お前だってイヤだろ?
こんな女々しくて
計画性の無い男。
なんでなまこ壁の家を見たくらいで
そんなにネガティブになってんだよ!
なまこ壁に失礼だろ! 謝れ!
はい……。
すみません、なまこ壁さん……。
本当に謝ってるし……。
しょうがないなあ。
私が彼女になってやっても
いいけど?
……えっ?
マ、マジか?
本気にするぞ?
ただし、条件があるから。
これから修学旅行が終わるまでの間、
私を楽しませることができたらね!
な、なんとか頑張ってみる。
『なんとか』じゃなくて、
『一生懸命頑張ります!』
……でしょ?
は、はい!
(やれやれ。
このワガママお姫様を、
満足させられることができるだろうか?)
●おしまい●