魔王

ククク……もはや立ち上がるのが精一杯のようだな……勇者よ

勇者

ああ……だが、魔王! 勇者の名に賭けて、俺はなんとしてもお前を倒す!

 邪悪なる者に支配されし暗黒の世。

 だが、その暗き時代はひとりの勇者の手によって、正に今終わりを告げようとしていた!

魔王

いいだろう。これで終わりにしてやる……!

魔王

さあ、来るがいい!

勇者

神様……あと少し、ほんの少しでいい!

勇者

俺に最後の力を与えてくれ!

 幾多の試練を乗り越えてきた道中を、勇者は思い出す。

 賢者エヌエー・チーケーに授けられた剣を握り、目を閉じて力を込め、

勇者

唸れ! 定理と事象の刃よッ!

 高々と振り上げ、魔王に斬りかかった!

勇者

必殺!

魔王

……ぴ、ピタゴラスエッジ? ふっ!

勇者

うおおおおッ!

 魔王はゆらりと残像を残し、勇者の渾身の一撃を難なく避ける。

 鈍い音と共に、切っ先がわずかに削った石床の破片が散る。

魔王

ここに来てなんだ、そのへっぴり腰は

魔王

この床を少し削るだけが、貴様の必殺技だと言うか!

 拍子抜けもいいところだ。
 魔王は唇を歪め、勇者を嘲笑う。

 だが。

勇者

ふっ、それはどうかな……

 勇者は剣を構え直す事もせず、その顔に不敵な笑みを浮かべる。

魔王

何……だと……?

 只ならぬ気配に、魔王は油断無く身構え、様子をうかがった。

 その頃、ちょうど下の階の拷問部屋では。

女騎士

くっ……殺せ!

オーク

ぐへへ、もう諦めやがったぜ。この女!

 勇者と共にこの魔王城に入り込んだ女騎士が、あわやオーク兵たちのお約束の毒牙にかけられようとしていた。

 勇者を魔王の元へ行かせる為に、女騎士は追っ手の大軍を自ら引き受け、そして敗れたのだ。

女騎士

(勇者さま……ご武運を……)

女騎士

(平和になった世界をこの目で見られないのは心残りですが……)

オーク

ほら、さっさとやれよ!後がつかえてるんだからよ

オーク

うるせえな、久し振りの上玉なんだからよ、もう少し楽しませろよ

 半裸で鎖につながれた女騎士を、下卑た視線で舐めるように眺めるオークたち。

女騎士

(私はこの先待ち受ける屈辱に、耐えられそうにありません……)

女騎士

(かくなる上は舌を噛んで……ッ!)

オーク

ほらほら、もうすぐ鎧で隠した大事なところが見え

 中でもひと際大きな一匹が、今まさに女騎士に手をかけようとしていた、その時。

オーク

おぶふぅ!

 上の階から響いた衝撃で、たまたまゆるんでいた天井のレンガがはずれ、オークの後頭部に直撃した。

オーク

痛えな、おい誰だ!

オーク

お、俺じゃねえよ。上からなんかレンガが落ちてきて

オーク

ウソつけこの豚が!

オーク

ぶひぃ!

オーク

おい、やったヤツ出てこいよ! 今の普通に痛かったぞ!

オーク

殴ったヤツ正直に出て来い!

女騎士

(上から落ちてきたレンガで仲間割れの乱闘が……そうか!)

女騎士

(勇者様、私にまだ生きろと言うのですね!)

女騎士

(最後の力を振り絞って……うおおっ!)

 女騎士の全身から放たれた青い閃光が、束縛していた鎖を引き千切った!

オーク

こいつ、力を隠していやがったのか……!

 うろたえるオークどもを尻目に、女騎士は落ちていた剣と手斧をすかさず拾う!

女騎士

さあ、勝負だ! オークどもめ!

女騎士

オークからポークにジョブチェンジしたいやつだけかかって来い!

 その頃、ちょうど拷問部屋から伸びた廊下の先。

 階下に森の広がるバルコニーでは。

ガイコツ兵長

ケケケ……お姫様、お祈りはもう済ませたかい?

 骸骨兵士達数人が、鉄の籠に閉じ込められた囚われの姫を運んでいた。

 城の裏の森にある邪神の神殿へ、生贄に捧げようとしているのだ。

いいえ、きっとあの方が……あの方が助けに来て下さいます!

私はまだ諦めてはいません!

ガイコツ兵長

ケケッ、往生際の悪いお姫だぜ

 瞳の光を失わない姫君を、ガイコツ兵士の兵長があばら骨を鳴らしてからかう。

 だが、その時!

ガイコツ兵長

……おぶあっ!

 ガイコツ兵長は、落ちていた鉄の輪のようなものに足を取られ、派手に転んでしまった。

 そう、女騎士が気力で弾き飛ばした鎖の破片が、拷問部屋からまっすぐにここまで転がってきたのだ。

 さらに次の瞬間!

ちゃりーん。

ああっ!

 姫の首にかかっていた銀の十字架のネックレスを偶然ひっかけて奪い去り!

ガイコツ兵

ぐわーっ!

 聖なる力をまとってそのまま、前にいた別の骸骨兵士を真っ二つに叩き割ったのだ!

 さらに続けて!

 粉々になった骸骨兵士のハルバードが、ちょうど偶然十字架のネックレスを受け取る形でひっかけて!

 また隣の骸骨兵士の頭に倒れこみ!

ガイコツ兵

ぐわーっ!

 また隣にも!

ガイコツ兵

ぐわーっ!

 そのまた隣にも!

ガイコツ兵

ぐわーっ!

 さらにそのまた隣にも!

ガイコツ兵

ぐわーっ!

 ちょうど時計回りに十二体、骸骨兵士がきれいさっぱり片付いたのだ。

ガイコツ兵長

う、うわあ……

すごい……あんなにいた兵士達を、こんなにあっさり!

あなたさまが助けてくれたのですね!

 姫はぱっと明るくなったその顔で、ガイコツ兵長の頭蓋骨を、何故かまじまじと見つめる。

その頭の形には見覚えが……

もしやあなたはあの時とうとう帰ってこなかった、幼なじみのオコッツ!

 姫が口にしたその名に、とうに消え去ったはずの骸骨兵士の魂が甦った!

 そのガイコツ兵長こそ、かつて魔王討伐作戦に赴き帰らなかった、姫の幼なじみその人だったのである。

ガイコツ兵長

……姫さま!覚えていて下さって

愛しいオコッツ……まさか生きていて……いえ、死んでいても、嬉しい……ッ!

オコッツ……っ!

ガイコツ兵

姫さま……お元気そうで……くッ、げふっ!

ガイコツ兵

ひ、姫さま、そ、そんなに強く抱きついては……

 囚われの身で心細かった姫が、骸骨兵士に抱きついたその腕力は、思いのほか強かった。

ガイコツ兵

あの、ちょ、首、あっ

 ぺきょり。

あっ

 乾いた音を立てて骸骨兵士の首が折れ、頭蓋骨がころころと床を転がってゆく。

 そして。

 バルコニーから差し込んだ太陽にさらされて粉々に崩れ、オコッツのガイコツは強風に運ばれ、消え去ったのだ。

お、オコッツぅーーー!


 風に運ばれた骸骨兵士の遺骨の粉末は、名も無き商人たちの鼻をくすぐった。

商人

へっくし!

 だが、それはあまりに最悪のタイミングだった。

僧兵

ぬう、貴様! 法皇様がお通りのところでくしゃみなど!

商人

えっ、たかがくしゃみで、そんな……!

 商人たちは道の隅に寄り、うやうやしく頭を下げ、馬車と僧兵の行列をやり過ごしているところだった。

 不運にもその行列の主は、カルト宗教と悪政で名高い、隣国の法皇だったのだ。

僧兵

我らが神は、くしゃみを不浄を撒き散らすものとして、固く禁じているはずだ!

商人

そんな理不尽な!

僧兵

うるさい、大人しく前へ出ろ!

商人

ひ、ひいっ!

 真っ赤な厚手の布に金糸とダイヤをあしらった、豪奢な僧服の法皇が、大仰な造りの四頭馬車の上から商人を見下ろす。

僧兵

……法皇様、こやつをどうしてやりましょう

法皇

ふむ、この男が邪教徒でないか、まずはこの水晶玉で見てやりましょう

 法皇は目を細め、首に下げた小指ほどの小さな水晶玉を見つめる。

 そして何事か唱えると、水晶玉はほんのわずかに光を放ち始めた。

法皇

ふむ、ごく普通の商い人ではないか……よいよい、気にするでない

商人

あっ、ありがとうごぜえます!

 やさしく笑った法皇に、商人は喜び礼を言う。

法皇

……だが、その男の娘はやたらべっぴんさんじゃな!

商人

えっ

法皇

ちょうどその先のカドを曲がったところの賃貸でひとり暮らしをしているようじゃ

法皇

よし、つれて来い!

 商人の顔が青ざめた。

 法皇は商人の素性や家族関係どころか、大事な一人娘の居場所までをその水晶玉で探り当て、あろうことが連れ去ろうと言い放ったのだ。

商人

う、うわあああっ!

 商人は怒りに任せて腕を振るい、男は僧兵の拘束を振りほどいた。

 そして、がむしゃらに、いや、山育ちで昔から得意だった木登りの技を活かして馬車に素早くよじのぼり、

商人

このカルトが! トンデモが! 妖怪生娘さらいが!

商人

ぬふぅ! ぬふぅう! ぬふぅうう!

法皇

おぶふぅ!おぶふぅ!おぶふぅ!

 法皇を三度ほど殴りつけた後、水晶玉を奪い取ったのだ。

法皇

あっ貴様!

 引き剥がそうとした僧兵たちの手を逃れ、商人はさらに馬車の屋根の上へ上がり、声を張り上げる。

商人

おい、おめえら! オラの娘に手を出すんじゃねえ! 頼むからけえってくれ!

僧兵

ええいうるさい、下郎めが!

僧兵

法皇様の水晶玉を返せ! さもなくば……!

 僧兵たちは馬車を取り囲み、各々に槍を構え、矢を番える。

 もはや引くに引けない商人も、

商人

さ、さもなくばはオラのセリフだ!

商人

やめてくんねえと、このまま水晶玉飲み込んじま……!

 口をぱかりとあけて脅して見せたその時。

商人

ごふ……っ

 僧兵のひとりが放った矢が、商人の胸を貫いたのだ。

僧兵

仕留めたぞ! 引きずり下ろして、水晶玉を取り返せェ!

 オラも、これまでだか。

 胸から血のあふれる感覚だけを妙にリアルに感じながら、屋根の上でがくんと膝をつく商人。

 最後にひと目だけ、娘に会いたかったなあ。

 生きてくれ……娘よ……。

 暗くなってゆく世界。
 薄れゆく意識の中で、商人は、

――力が――欲しいか――?

 闇から響く、何者かの声を聞いた。

――ああ――欲しいだ――!

 商人は最後の力を振り絞り、その声に応えた。

 そして。

 指先にまだ残っていたその小さな水晶玉を、

 ごくん。

僧兵

あっ、こいつ!

 商人はひと息に、飲み込んだのだ。

……どくん……

……どくん……!

 地面へ引きずり下ろされた商人は、僧兵たちにしたたかに殴られたが、水晶玉を吐き出そうとはしない。

法皇

なんという……あれを体内に取り込んでしまうとは……!

法皇

恐ろしいことが……恐ろしいことが起きる……!

 青ざめた顔で全身をかたかたと震わせ、法皇はひどく脅えている。

法皇

や、やれ、殺してしまええッ!

 取り囲んだ僧兵たちが、倒れ伏す商人の背に槍を突き立てようとした、その時!

 青くまばゆい閃光が、商人の身体からあふれ出した!

僧兵

こ、これは……!

 商人は意識を取り戻し、むくりと起き上がり。

 自らの身体に満ちている光と力を確かめるよう、ぐっと拳を握り締める。

商人

こ、こりゃすげえ……力が全身にあふれてくるみてえだ!

 矢の刺さった傷も癒え、痛みも残っていない。

 商人のぼろぼろの靴のつま先は、ゆっくりと大地から離れ、その体がふわりと浮き上がる。

商人

あの時聞こえた声は……んだ、この力で娘を守れと言っているだな……!

商人

悪を滅ぼせと言っているだな!

法皇

ひ、ひるむな! やつこそが邪神じゃ、邪神じゃあ!

 わめきたてる法皇と、脅えながらも隊列を組む僧兵たち。

 悪行とカルト宗教で民衆を苦しめるこの者らを。
 そして、最愛の娘を狙うこの者らを。
 この光の拳で打ち滅ぼさなければならない。
 商人は今、自らのその宿命を確信した!

商人

もうオラ容赦しねえぞッ!

僧兵

やれーっ! やれええッ!

商人

はあああああっ!

僧兵

ぐわーっ!

 ひとりの男の正義の光が、暗い森をまぶしく包み込んだ!

 その頃、宇宙ステーションでは。

局員

な、なんだ……おい、応答しろ

局員

今のは……普通の故障じゃないな。何か光ったと思ったら、突然……

 宇宙からの脅威から人類の平和を守るべく建造された、衛星軌道宇宙ステーション。対地球侵略勢力防衛局、通称タイシボー。

 異常に気づいたのは、大気圏内外の観測を担当している局員のひとりだ。森から映像を送っていた観測用ドローンが、商人の放った力の余波で消滅してしまったのだ。

局長

どうした、なにか起きたのか

 局員からの映像通話コールを受け、防衛局局長が応答する。

局員

昨日から観測対象地域に派遣していたドローンからの通信が、たった今途絶えました

局員

こちらからの命令、受け付けません

局長

なんだと、いったい何があった

局員

何かこう……すさまじい爆発に巻き込まれたかのような……

局長

爆発……まさか、奴らがすでに……?

 局員の報告に、局長はカメラの向こうでひとり思案する。

 彼の危険予測の中には、常に人類最大の敵、宇宙ブラック暗黒ダークネス帝国の存在があった。

 未だ文明の発達していないベタファンタジー大陸に、ドローンを消滅させるほどの力を持つ兵器があるとは考えにくい。しかし、宇宙ブラック暗黒ダークネス帝国の人類殲滅兵器が、警戒の目を掻い潜り地上へ辿り着いているのならば。

 局長は素早く決断を下す。もはや一刻の猶予も無い。

局長

よし、のる夫! 至急現地へ向かえ!

局長

武装変形巨大ロボ『ファイナルフラグタッター』で行くんだ!

のる夫

ラジャー! のる夫、『ファイナルフラグタッター』出ます!

のる夫

『ファイナルフラグタッター』、出撃!

 一方、宇宙ブラック暗黒ダークネス帝国要塞では。

帝国兵

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝陛下! 『フラグタッター』が動きました!

 宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝が、月の陰から防衛局の様子を伺い、襲撃の機会を虎視眈々と狙っていたのだ。

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝

くくく、来たな! ヤツめ、今日こそ決着をつけてやる!

 その玉座から皇帝自ら立ち上がり、要塞全体を揺るがす程の叫びを放つ。

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝

宇宙ブラック暗黒ダークネス帝国要塞、最終変形シーケンス!

 皇帝の命令を認識した帝国要塞が、そのあまりに巨大な形状を、ゆっくりと変えていく。

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝

くくく、鹵獲した奴らの人型兵器を研究し尽くし開発した、対防衛局最終兵器

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝

最強ロボ『シヴォー・フラグタッター』、起動!

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝

ヤツを地球へ行かせるな、捻りつぶすのだ!

局員

『ファイナルフラグタッター』、気をつけろ! 後方から巨大兵器接近!

のる夫

なんだって……あれは!

 背中を覆う巨大な影に、『ファイナルフラグタッター』のパイロットのる夫は戦慄する。

 そこにいたのは、まさに『ファイナルフラグタッター』の生き写し。

 いや、『ファイナルフラグタッター』の数十倍も巨大な体躯を誇る、黒い人型兵器だった。

のる夫

くそっ! 宇宙ブラック暗黒ダークネス帝国め、やはりこんなところまで!

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝

ぶはははは! 今日こそ私自らの手で、決着をつけてやる!

局長

その声は、宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝!

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝

貴様とかとの因縁もこれまでだ!

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝

わが『シヴォー・フラグタッター』の力に絶望しながら、地球もろとも滅びるがいい!

 長きに亘る挑戦と敗北の日々を、宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝は思い出していた。

 幼稚園の時には同じチューリップ組のよしお君に、好きだったみわこちゃんを取られてしまった。

 小学校三年生の時には同じクラスのミネソタ君に、下駄箱の中に毎日給食の残りのコッペパンを詰められたりした。何故かコッペパンが出なかった日にもだ。

 中学校の時には逞しい体育教師に執拗に尻を狙われ、高校の時には三回ほど授業中にカバンの中でカマキリの卵がふ化した。

 大学に二度落ちたあげく声優の専門学校に通ったが、収録中も栃木訛りが消えず講師から何度も怒られた。

 たまたまバイト先で知り合った男から宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝の座を譲られてからは、今日この日まで、宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝として、対地球侵略勢力防衛局に、『ファイナルフラグタッター』に、のる夫に敗北し続けた。

 だが、この日の宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝の覚悟は、半端なものではなかった。

 敗北感と無力感に、一人枕を濡らし続けた毎日も今日で終わる。

 目の前の『ファイナルフラグタッター』に打ち勝つことで!

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝

覚悟するがいい、『ファイナルフラグタ

のる夫

必殺! 帝国要塞落としビーム!

宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝

ぐわーッ!

『ファイナルフラグタッター』の額から放たれたビームは、『シヴォー・フラグタッター』の胸部をまっすぐに貫いた。

 運悪くビームに直撃し、光とともに消滅した宇宙ブラック暗黒ダークネス皇帝の悲しみもろとも、彼の巨大要塞は青い地球へと落ちていったのだ。

魔王

……で、勇者よ

魔王

今んとこまだ特に何も起きないんだけど

 刃を避けた後そのままの姿勢で、言われるまま素直にちょっと待っていた魔王。

 数分ほどして何も起きないことにしびれを切らし、さすがにもう一度勇者に訊ねてみる。

勇者

えっと、ごめん。まだ……まだもう少し待ってみてくれ!

小悪魔

ま、魔王様! お取り込み中失礼いたします!

 甲高い声の小悪魔が、慌てふためいた様子で飛んでくる。

小悪魔

なんか空から大きな人型のものが落ちてきます!

小悪魔

……この城めがけて!

魔王

……な、何だと……

 そう。『シヴォー・フラグタッター』こと宇宙ブラック暗黒ダークネス帝国要塞は、そのあまりの巨大さに大気圏で燃え尽きず、そのまま魔王城目掛けて落ちてきたのだ。

勇者

……

魔王

……

 乾いた笑みを浮かべて顔を見合わせるくらいしかやることがない、魔王と勇者。

魔王

ちょっと見に行った方がいいかな

勇者

うん

小悪魔

いやいやもう手遅れじゃないですかね

魔王

あ、そう

勇者

ですよね

勇者

ぐわーッ!

魔王

ぐわーッ!

 そして、割と安直に時は経ち……。

 ざっと百年後……。

ねえお兄ちゃん
昔ここにお城があったんだって!

ああ
なんだか空からでっかいものが落ちてきて
燃えてなくなったんだって

そうなんだ

あっ、お兄ちゃん!

見て見て
かっこいい剣が落ちてるよ!

おい、さわっちゃだめだ!
ケガするだろ!

でも、黒焦げになってて
ぜんぜん切れそうにないよ?

やっぱり、お城の勇者様とかが使ってたのかな

なるほど
ひょっとしたらそうかもな

魔王と戦ったのかな?

ああ、きっとその時の剣だろうな

あっ、そうだ!
よーし!

今日からここを
僕たちのお城にしようぜ!

僕たちのお城?

そう、僕たちだけのお城だぜ!

こうして、シャツを……
この剣にくくりつけて

あっ、旗だ!
お城に立てる旗だね!

ああ、そうだ!
これでここが、
僕たちのお城になったみたいだろ!

うんっ!

よーし!
じゃあいろんな道具も持ってこないとな!

魔物をやっつける
いろんな仕掛けを作るんだね!

ああ、そうだ
この旗をここに立てておいて……

これでよし!
じゃあいったん家へ帰ろうぜ!

うんっ!

ピタゴラスエッジ!

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