ハロウィン男爵は、オバケのリーダー。
いくつもの悪戯(トリック)を思いついては華麗に
繰り広げる、まさにオバケのヒーロー。

だけど彼はお菓子(トリート)が嫌い。
善意と感謝の証のお菓子を食べたら、
悪戯し放題のオバケではいられなくなるから。

そうして過ごして何百年。
あらゆる悪戯を知り尽くし、やり尽くした男爵様は。
ようやく、お菓子を食べようと考えたのでした。

アマミ

はい、新作スィーツ完成です!

男爵様

……アマミさん。
前回の試作品の提出の時に、『ちゃんと甘味として食べられるものを』とお願いしたはずですが

アマミ

食べませんか、カエル?
中華だと、カエルもスイーツに使うそうですよ! 卵とか!

男爵様

カエル以前に、見た目からしていろいろ問題点が山積みでしょうが!!
もっと、普通の菓子をお願いします!!

 「はーい。分かりましたー」と、残念そうに
お菓子(?)を下げる彼女の背を見送りながら、
『どうしてこんなことになったのか』と、男爵様は
ため息を一つ。

男爵様

まだ見習いとはいえ、優秀な菓子職人を連れてきたはずなんですがね……

 アマミは、菓子職人の見習いでした。お菓子の学校に通い、誰よりも上手にお菓子を作る子です。
 だけど、学校が終われば、彼女はいつも一人ぼっちでした。

 男爵はそんな彼女に狙いを定め、オバケの世界に
連れ去ったのです。


……が。

アマミ

今回は豪華すぎてダメだったのですね。
じゃあ今度はシンプルかつヘルシーに
豆腐を使ったスイーツにでもしましょう

男爵様

知ってます、食べると全身にカビが
生えるんですよね

アマミ

バレてる!!

←素材提供元・「豆腐小僧」さん

アマミ

東洋の妖怪にも詳しいなんて
やりますね!

男爵様

当然でしょう。『オバケの王者』とまで言われる私なのですから

アマミ

でも男爵さんなんですよね

男爵様

通称と実際の地位は別物です。
そもそも爵位だって自称ですし

アマミ

男爵(自称)様!

男爵様

(自称)は余計です!!

 オバケの世界に連れてこられても全く物怖じしなかったこの少女は、むしろこの世界ルールに染まりつつありました。

男爵様

まったく、最初の頃のようにごく普通の菓子を作ってくれるだけでいいんですがね……

アマミ

でもそれじゃ男爵様が飽きちゃいます。
「退屈がオバケを殺すんだ」って、隣のヴァンパイアさん言ってました

男爵様

確かにその通りなんですけど、あなたに『それ』は求めていません

 オバケの『死』には二つの種類がありました。

 一つは『心の死』。自分や他者の『驚き』の感情を得られなくなったオバケはゆっくりと心が薄れていってしまうのです。
 そうなると、彼らはヒトダマのようにフラフラとさまようだけの哀れな存在になり果ててしまうのです。

 そしてもう一つは……

男爵様

私はもはや、『驚き』を糧に長らえることなどできないのです。
だから『天国』へ行きたいのですよ。……あなたの協力で

 ニンゲンがオバケたちにくれるお菓子は、特別な
意味を持っています。

 ニンゲンの作るお菓子は、自然の恵みをもたらす
精霊や、一時の楽しみを提供してくれたオバケへの
感謝の証。
 その特別な食べ物を食べ続けていれば、オバケは
いつか成仏し、『天国』へ行けるのです。

 それが、オバケにとって一番喜ばしい『死』と呼べるものでした。

男爵様

あなたがマトモなお菓子を作り続けてくれれば、私はすぐにでも『天国』へ行くことができるのですがね

アマミ

天国行きって、そんなにいいものなんでしょーかね?

男爵様

『心の死』を迎えるよりは
ずっとマシでしょうよ

アマミ

今ここでの生活が一番楽しい『天国』だと思いますけどねえ?

男爵様

あなたはそうかもしれませんが、私は不治の病に侵されているのです。今を楽しむことなどできはしませんよ

 長く長く生きすぎた男爵様は、世界のありとあらゆる『驚き』にすっかり慣れてしまったのです。このままでは、心を生かすための糧を得ることができません。

 それが、彼を蝕む『不治の病』でした。

男爵様

ですから、私が『心の死』を迎えてしまうその前に。私は『天国』へ――

アマミ

えー、男爵様が重い病気なんて。ちっともそうは見えませんけど

男爵様

そりゃあ、心の病など外から見て分かるものではないですからね

アマミ

でも男爵、初めて会った時からもうすぐ死ぬ死ぬ言ってましたけど、今日も元気にお菓子にダメ出ししてくれてるじゃないですか。

男爵様

それはあなたがお菓子とも呼べないような予想外のモノばかり出してくるからですよ

アマミ

それって私が男爵様に『驚き』を提供してるってことになりますよね。
つまりは病気の治療に貢献してる、と!

 ……言われてみれば、確かにそうかもしれません。

 驚き、というより呆れに近い感情とは思っていましたが、確かに彼女の予想外の行動はいつも男爵の心を少なからず動かしていました。

男爵様

待ってください。そんなことをして
あなたになんのメリットがあるのです。
私の望みを叶えなければあなたは
ニンゲンの世界に帰れないのですよ?

アマミ

それでもいいですよ?
ここのみんなは親切だし、私、あっちにいた時よりずっと幸せですから

 アマミはふと、昔を懐かしむような大人びた表情を見せました。

アマミ

あっちじゃ家族も友達もいなかったし、
こんな風に楽しくお菓子作りなんてしたこともなかったから

男爵様

……

アマミ

だから、私は男爵様にとーっても感謝しているのです! そういうワケだから、こうしてめいっぱいの恩返しをしているのですよ!

男爵様

……ごく普通の菓子を作ってくれるのも立派な恩返しだと思うのですけどねえ

アマミ

ダーメーでーすー!
男爵様がいなくなったら私が困ります!

男爵様

なぜです。約束が果たされればちゃんとニンゲンの世界に返しますし、ここに残りたいのならば、この屋敷に住めばいい。他のオバケたちが良くしてくれるでしょう

アマミ

そーいう問題じゃありません。
私は男爵様と一緒にいたいんです!

 少女は男爵のカボチャ頭にぐぐっと顔を近付けると、とても眩しい笑顔で男爵にこう言ったのです。

アマミ

だって私、
男爵様のことが好きですから!

男爵様

……

 呆気にとられた男爵様に少女は軽くウィンクをすると、「じゃ、次のお菓子を作ってきますね!」と、
ぱたぱたとキッチンへの駆け戻っていきました。

男爵様

これは……久しぶりに……驚かされたかもしれません

 あの恋する菓子職人のおかげで、男爵様はまだまだ長生きしそうです。

すいーとらいふ ふぉーゆー

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