最近、何かつまらない。満たされない。張り合いがない。そんなグダグダな土曜日のことだった――


 部屋の中でゴロリと寝返りを打ったら、ベッドの下に四角い袋が転がっているのを発見した。

……あれ? これって。

しまった!

 それはレンタルショップの通い袋だった。拾い上げて中のレシートを確認する。

 返却日から既に、3日が経過していた。

やばい。早く返しに行かないと!

 最近のレンタルショップは借りるのは安いが、延滞料はかなり高めだと聞いたことがあった。

 時刻は深夜の23時半を回っていた。僕が利用している店は24時までだ。早くしないと日付が変わって、4日目の延滞料になってしまう。

今月はガチャに課金しすぎたから、これ以上の出費はとにかく避けないと!

 僕はアパートを飛び出してレンタルショップに自転車を走らせた。本来15分かかる道のりを10分まで短縮させた。



 店は入り口の照明が落とされ、閉店作業が始まっていた。しかし24時までにはあと5分あった。僕は急いでカウンターへと向かった。

返却お願いします!

 奥にいた店員さんが億劫そうな顔でカウンターにやってきた。

確認しますので少々お待ちください。

 ピッ、ピッ、ピッ。
 店員さんは袋を開け、スキャナで返却処理を始めた。

ふう。どうにかギリギリで間に合った。危なかったなあ。

 緊張が解けた僕は目の前の店員さんを観察した。年は少し上か、同じくらい。髪がつるりと滑らかで、頭の形がいいように見える。かなり好みだった。胸のプレートには『伊波』という名前が記されていた。

伊波さんというのか。とてもいい響きの苗字だ。よく見れば顔もクールビューティーで断然かわいいぞ。

前からこの店はよく来ていたけど、そういえば女性店員がいるのは初めて見るな。

ちょっと話しかけてみようかな。恋とか愛とかLOVEとかが始まるかもしれない。

 そう思った矢先のことだった。

 おふ!

 僕は自分が返却しようとしていたDVDが、いずれもエロ作品だったことを思い出したのだ。
 エロっぽい一般作品ではない。専用のコーナーで区分けされた、生粋のアダルト作品だ。はっきり言えば18禁というやつだ。

……あ、ああ、あああ。

………………

 ピッ、ピッ、ピッ!
 店員さんは眉一つ動かさずに処理を続けている。

き、きっと心の中では……

キモチワルイ!

3日も延滞するほど気に入ったのかよ!?

これだから男って生き物は! 絶滅しろ!

……なんて罵られているんだろうな。ガクガクブルブル。

 わずか数秒前までは胸をときめかせていた僕だったが、今となっては穴を掘って入りたいくらいだった。

……っていうか、そもそもなんでこんな夜の時間帯に女性を一人で店番させているんだ?

深夜なんだから男の店員を置けよ! 男だったらこんな惨めな気持ちにならずに済んだのに。クソッ、この店にハメられた!

 などと心の中で悪態をついていたところ、店員さんのが話しかけてきた。

延滞が3日分ありましたので、お会計は合計して4500円になります。

あっ、ハイ。

 僕は支払いを素早く済ませようと財布に手をかけた。
 ……が、違和感を覚えて手を止めた。

ごめんなさい。今、いくらって言いました?

4500円です。

えええっ? なんか高すぎないですか?

クレームをつけるつもりじゃないけど、4500円といったら新品のDVDを1枚買えてしまうほどじゃないか。絶対に計算を間違ってるはずだよ。

 店員さんは表情を変えずに内訳の解説を始めた。

間違っていません。お客様はDVDを3本レンタルしていました。延滞は3日間です。延滞料は1本あたり1日500円です。

500円×3本×3日で、4500円です。暗算、できますか?

延滞料が一本で500円? 一週間レンタルが100円なのに?

延滞料の相場は知らないけど、せめて一日2~300円が妥当なところだと思うな。感覚的に。

お客様はうちの会員カードをお持ちですよね?

え? はい。持っていますけど。

会員カードを作る際に、利用規約に同意する旨のサインをされましたよね?

そうですね。サインしないと会員カードを作れないって聞いたんで。

こちらが料金表と利用規約になります。延滞料が500円ということも記載されています。お客様は既にこの金額に同意して、当店を利用されているはずです。

 最初に決められていたのだから、何も言い返すことができなかった。

……わかりました。確かに最初に同意してました。すいません。

……こうなったら払うしかないか。でも、4500円という金額はでかい。財布にかなり痛いな。どうしたものか。

ちょっとだけサービスで安くなったりしないですかね? 実は今月、仕送りが厳しいんですよ。

なりません。

逆立ちしても?

は?

 ユーモアで場をほぐそうとしたのだけれど、完全に失敗だった。店員さんの表情はさらに険しくなった。

わたしはただのアルバイトです。金額はレジが自動で算出します。わたしはそれに応じて料金を徴収します。そこにサービスや感情は介在しません。以上です。

……そうですか。

 僕はしぶしぶマジックテープの財布を開いた。
 バリバリ。
 五千円札がなかったので、千円札と小銭を合わせて出すことにした。

お急ぎください。

ちょっと待っててくださいよ。財布の中の小銭が多いんです。そういうことってあるでしょ? 仕方がないじゃないですか。

 急かされてムッとした。
 向こうとしては早く店を閉めたいのだろうが、曲がりなりにも僕は客なのだ。

 僕はどうにか4500円分のお金を用意し、トレーにジャラジャラと出した。

 店員さんはそれを数え上げた。そして首を左右に振った。

足りません。

いやいや。ちゃんと数えてくださいよ。4500円ピッタリあるはずですから。

誠に残念なお知らせですが、たった今、6000円になりました。

は? さっき4500円って言ったじゃないか。何? 詐欺なの?

時計を見てください。24時を過ぎてますよね? 日付が変わり、4日目の延滞料金に切り替わったんです。

 僕はカウンターに置かれたデジタル時計を見た。彼女の言う通り土曜日から日曜日に変わっている。

 僕は慌てて声を上げた。

ちょ、ちょっと待ってくれよ! 受付は昨日のうちにしていたじゃないですか!?

受付はそうです。でも、このレジはリアルタイムで動いています。昨日のうちに決算が終了しなかったので、こういうことになりました。だから急ぐように注意したんですよ。

そ、そんな店側の事情なんて知らないし。

わたしだってそちらの都合のことは知りません。最初から迅速にお金を払っていればよかったんですよ。

 会話は平行線。店員さんは真面目に仕事をしているだけなのだろうが、次第に腹が立ってきた。

コンピュータ万能の時代ですね。コンピュータに人間がしっかり管理されてるってわけだ。

皮肉を言っても物事は変わりません。払うんですか? 払わないんですか?

払いますよ。4500円は。

いいえ。ですから6000円です。

今、財布には4500円しかないんだ。見ていただろ? 小銭をがんばってかき集めていたのを。

それではいったんご自宅にお帰りになって、お金を用意してから再びご来店ください。延滞が確定したわけですから、今日の24時まででいいんですよ?

わかったよ。……いや、無理だ。

どうしてですか?

アパートにはお金を置かない主義なんだ。財布に全部入れて生活しているから。それと、今日は日付が変わって日曜日だ。銀行が閉まっていてお金を下ろせない。

ATMをご利用ください。最近、週末でもコンビニでも下ろせるようになったじゃないですか。

僕の使っているのは地方銀行はまだコンビニに対応していないんだよ。

月曜日にはまた延滞料が加算されてしまいますよ? 次は7500円になります。それでいいのなら、どうぞご自由に。

無茶苦茶だ。横暴だ。アベノミクスだ!

 僕としてはクレーマーをやっているつもりは一切なかった。ただこれ以上、被害を拡大させたくないだけだった。
 それなのに店員さんは、心の底から面倒臭そうな顔をした。

……わかりました。これ以上、何も言わないください。すべてわたしが解決します。足りない金額はわたしが出します。それでいいでしょう?

え、貸してくれるの?

いいえ。払います。

いやいや、それは流石に悪いですよ。

わたしにとって悪いことは、今の状況が延々と続くことです。わたしは早く店を閉めて、家で『ブリジットジョーンズの日記』を観たいんです。

……『ブリジットジョーンズの日記』か。見たことないけど、確か女性に人気のある映画だったよなあ。

で、でもやっぱり悪いよ。お金は貸してくれるだけでいいと思うんだ。後で絶対に返しにくるから。

そんなことされる方が面倒なんですよ。いいですか? 客の延滞料を代わりに立て替えたことがバレたら、わたしが不正をしていると周りに思われるんですよ。人の迷惑を少しは考えてください。

……そ、そうですか。わかりました。

 僕は店員さんの提案に乗ることにした。彼女は自分の財布から1500円を取り出し、レジ処理を行った。おかげで僕は晴れてDVDの返却を完了させることができた。

あ、ありがとう。本当にありがとう。伊波さん。あなたの名前はしっかり僕の心の中に刻まれました。

どういたしません。あと気安くネームプレートの名前を呼ばないでください。それでは閉店作業があるので、すみやかにお帰りください。

 僕は頭を下げて店を出ようとした。ところが出口に来たところで呼び止められた。

やっぱり、ちょっと待って!

……え?

最後に一言だけ、伝えたいことがあるの。聞いてもらえる?

ま、まさか、交際の申し込みだろうか? 僕のことが好きだから、延滞料をサービスしてくれたとか?

あ、ありえない! でも、100パーセントありえないとも言い切れない。むしろありえるって考えた方が全てに説明がつく気がするぞ。

何でしょうか? 何でも言ってください。

 笑顔で答えると、店員さんはカッと目を見開いて叫んだ。

延滞料が高いって気持ちは理解できる。だけど、アダルト作品を延滞したくせに、女性店員を相手に粘着するってどういう神経? 恥ずかしくないの!?

おおおおうっ!?

 まったくもって正論だった。
 思わぬ店員さんの口撃に、僕はカーッと耳の先まで熱くなった。

それにレンタルしてたこのタイトルは何!? 『エロ・グラビティ』? 『ベイセックス』? 『マッドセックス~怒りのデスロード~』? なんで3本とも、有名映画をもじった作品なの? 性癖、偏りすぎ!

はううっ!

 彼女は容赦なく僕を責め続けた。

 延滞料を自分で払っていたら、彼女は何も言わなかっただろう。店員と客の関係とはそういうものだ。
 しかし延滞料を負担させてしまった今では、個人的な文句をぶつけられても仕方がない。

……ぼ、僕は、もしかして、おかしいんだろうか?

聞くまでもないでしょ!

黙って見ているだけなら当人の勝手。ケチはつけない。でもこれだけ迷惑かけられたら、全部言ってやる。とことん否定してやる。

映画のシチュエーションを土台することでしか、興奮できない変態め。恥じなさい。赤面しなさい。泣け。悔やめ。自分の変態性を戒めろ。さもなくば根本からねじれてもげろ!

ちょ、ちょっと、待って。それ、もう一言じゃ、ないんじゃ……

うるさい。黙れ。変態に発言権はない!

……う、う、う、うわあああああああああ

 僕は責め苦に耐え切れなくなり、ついに泣き叫びながらレンタルショップを飛び出した。



 
 ――翌月。

 深夜になるのを待ってから、僕はレンタルショップへと自転車を走らせた。

 店番が伊波さん一人であることを確認してから、僕はカウンターに向かった。

返却お願いします

 店員さんは僕を見て嫌な顔をした。でも仕事なので、何も言わずに返却の処理をしてくれる。

……延滞料が加算されます。

払いたくありません。

は?

前みたいに罵ってください。罵ってくれたらちゃんと払いますから。お願いします。

………………

 彼女は冷ややかな目で僕を睨みつけた。

 彼女の中で怒りが募っていくがのがわかる。

 でも、僕は反対に体中がゾクゾクしてくる。

 あの日以来、僕は彼女に罵られるのが快感になってしまった。

あの時ほど、恥と罪の感情を激しく刺激されたことは今までで一度もなかった。

 レンタル一週間で100円。
 延滞料は1日につき500円。

 たったこれだけで毎日がこんなに楽しい。

最近、僕はとても満ち足りている! まったく、DVDは最高のエンターテイメントだぜ!



~おわり~ 

男の戦い~レンタルの延滞料が高すぎる~

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