仕事を優先してきた男

ふぅ


―仕事を優先してきた俺には、
 何が残っているんだろう?

ただいまぁ

 玄関の扉を開けると、家の中は真っ暗で、ただただ俺の声が虚しく響くだけだった。

………

そっと靴を脱ぎ、中に入る。

 暗い廊下を移動してリビングに入り、扉の横のスイッチで照明を付けると、

 食卓用のテーブルの上には、ラップにかけられた夕飯が置かれていた。

 毎日帰ってくる度に、妻はかかさず夕飯を作ってくれている。手抜きはせず、手作りを。

 丁寧にラップして置かれた料理には、俺の身体を気遣った品だった。今日は筑前煮と焼き魚のようだ。炊飯器には御飯が保温状態でキープされている。

……ふぅ

 俺はネクタイを外し、スーツの上着を脱ぐ。リビングの壁に掛けられたハンガーを取ると、そのハンガーにスーツをかけて壁にかけた。

 実質、シャツとボクサーパンツ姿になった俺は、キッチンで手を洗い、いつものように夕飯を食べる。

……そういえば、
娘はもう何歳になったんだ?

 ほかほかの白いご飯を箸で口に運び、食事をしているとそんな疑問が浮かび上がった。

 あいつと結婚して、娘が生まれて……それがつい昨日のように思えてしまう。家族のことなど目もくれず、働き続けてきた代償が、改めて実感する。

 今ここに居るのは、俺しかいない。
 あいつと付き合ってから、抱いていた夢は……

 家族みんなで食事をして、楽しく日常を過ごす。

 それが理想だったのに。

 どうしてこうなってしまったんだろうか?

 もくもくと食事をしていると、時計は夜中の1時を指していた。


……
………

 食事を済ませた俺は、風呂に入って疲れを洗い流した。パジャマに着替え寝室に入ると、大きなベッドに妻が横になって眠っていた。

……なぁ

………

なあ、起きているか?

………

今更、なのかもしれないが
……聞いてくれ

………

俺は、何も見ていなかったんだな。
お前のことも、娘のことも…

仕事を理由に、
ずっと家族と過ごす時間を逃していた。
だけど、本当に大切なことは……

……今日、改めて実感したんだ

………

俺は今からでも、お前や……
娘との時間を大切にしていきたい

本当に今更だけど、俺は、お前達とちゃんと「家族」で居たいんだ

 すると妻がゆっくりと起き上がり、俺の方を見据えて

……そうね

と、妻はぽつりと呟いだ。

あなたは、私達のことなんて見向きもしないで、仕事に明け暮れたわ

……あぁ

休みの日だってそうよ?
書斎に閉じこもって、仕事ばかり……

 そう言った妻の目には、一筋の涙が頬に伝っていた。

……悪かった、
寂しい思いをさせて

本当に、バカなんだから

あなたはバカよ、大バカよ!

こんなにも、一緒に過ごしているのに、
まるで他人みたい……

私達は「家族」なのよ!?

それなのにあなたは、あなたは……!!

 そう妻は叫んで、俺の胸を何度も叩き思いの丈を訴えた。

【仕事を優先してきた男 End】

仕事を優先してきた男

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