国王から魔王討伐の依頼を受け、テンプレート的な展開で依頼を引き受けてしまった勇者。
 数々の難敵やボスを倒し、行く村行く町の厄介ごとを片付けながら、剣士、賢者、魔導士といったテンプレート的な仲間を加え、ようやく魔王が住む城、魔王城に到着した。
 魔王城の中にも護衛モンスターが多数おり、ちぎっては投げちぎっては投げる快投により、勇者パーティーはとうとう魔王城の最上階、魔王が居座る魔王の玉座に到達した。

勇者

ここか、魔王の部屋は!

 最終護衛モンスターを倒し扉を開くと、まるで勇者を待ちわびていたかのように、魔王はその玉座で笑っていた。

魔王

ふはははは、よく来たな勇者たちよ。
だが、お前たちもここまでだ。

剣士

出たな魔王!
お前を倒して、世界に平和を取り戻す!

魔導士

あなたの悪事もここまでよ。
さあ、観念なさい!

賢者

護衛はすべて倒しました。あとは貴方一人です。

 身構える勇者パーティ。対して、魔王は余裕のある声で笑う。

魔王

ほほう、威勢のいい奴らだな。ここで殺してしまうのは惜しい。
そうだな……勇者よ、一つ提案があるのだが……

剣士

提案? 今更何を提案するっていうんだ?

魔王

なあに、簡単なこと。
勇者よ、私と手を組まないか?
私と勇者、二人で手を組めば、世界を支配することなどたやすいことだ。

賢者

な……この期に及んで、何を言うのかしら?

魔王

タダとは言わん。私と手を組んだあかつきには、世界の半分をお前にやろう。
どうだ、悪い話ではないだろう?

魔導士

はぁ? 何を言っているの?
そんなの、断るに決まっているでしょ?

剣士

ったく、まさか今時こんなことを言う魔王がいるとは……。
勇者様、あのバカ魔王にはっきり言ってやってくださいよ。

勇者

ん、そうだな……

勇者

……

剣士

……

勇者

……ちょっと考えさせてくれ。

魔導士

……え?

賢者

か、考えるって……

剣士

ちょ、ど、どういうことですか!?

 思わぬ返事に、混乱する剣士、賢者、魔導士をよそに、勇者は何故か考えるそぶりをする。

勇者

よし、わかった、魔王よ、お前と手を組もう!

剣士

は、はぁ?

魔導士

ゆ、勇者、なにを言っているの?

賢者

魔王と手を組むということが、どういうことか分かっているのですか?

 勇者の言葉に、言葉を失う三人。

魔王

は、はーっはっはっは、良い判断だ。さすが勇者、話が分かるな。

魔王

一度言ってみたかっただけなんだが、まさかOKされるとは……。

勇者

……しかし、条件がある。

魔王

ん、何だ?

勇者

俺にも守るべき家族がいる。魔王の支配下に置かれたことによって、不自由な暮らしをさせることは我慢がならない。
せめて、俺が支配する地域だけは俺自身で決めさせてくれ。

魔王

なるほど、それもそうか。まあよかろう、好きなところを選ぶがよい。

勇者

ありがとう、ならば、お前と手を組もう。

魔王

よし、これにて契約は成立だ!

 魔王が勇者に手を差し伸べると、それに応えるように勇者は魔王の手を握り返す。
 その瞬間、目がくらむほどにあたりがまぶしくなる。

魔導士

な、何よこれ!

賢者

勇者様が……

剣士

くっ、乱心してしまったか!
こうなったら、俺たちで勇者様ともども、魔王を止めるしかない!

 まぶしさが収まると、すぐさま剣士は魔王に切りかかり、魔導士は呪文を唱え始める。

魔王

ふん、勇者と私の契約は成立したのだ。
他の奴は消えてもらおう。

魔王

食らえ! 《魔獄の火炎流(メギド・ストリーム》!

 魔王が左手を振り下ろすと、すべてを押し流す勢いで現れた炎が剣士たちを焼き尽くす!

剣士

くっ、う、うわぁぁぁぁぁ!

賢者

そ、そんな……こんなに力の差があるなんて……

魔導士

ダメ! 防ぎきれない!

 炎の勢いに飲まれ、剣士たち三人はその場で倒れ込んだ。

魔王

ふん、他愛もない。これでは勇者が見放すのも無理はないな。

勇者

……

魔王

さて、立ち話もなんだ、食事でもしながら、今後の話でもしようではないか。

 そう言うと、魔王は指をパチン、と鳴らした。
 すると、今までいた魔王の部屋から、大きな机のある食堂へと移動した。

 テーブルには、すでに肉や果物といったごちそうが並べられている。その周りには、魔王の手下と思われるモンスターが、三又の槍を持って並んでいた。
 給仕を務めていると思われる、ガーゴイルのようなモンスターがワインのボトルを持って来ると、魔王の席にあるワイングラスに注ぐ。

魔王

さあ勇者よ、今日は私と勇者が手を組んだ記念すべき日だ。
たっぷりと食事を楽しむがよい。

勇者

うむ、いただきます!

 給仕のガーゴイルがワインを注ぐのを待たず、勇者は肉にかぶりつく。

魔王

まあ待て、腹が減っているのはわかるが、まずは乾杯からだ。さあ、グラスを取れ。

勇者

ああ、そうだったな。では……

魔王

私と勇者の未来に

勇者

乾杯!

 魔王と勇者はお互いグラスを軽くぶつけ合うと、飲み物をくっと口にした。

勇者

おお、この肉うまいな。
人間の世界では食べたことないぞ?

魔王

フフフ、我が畜産部隊による品種改良を行った牛の肉だからな。人間の作るものとは格段に違うであろう?

勇者

ほぉ、なるほど。こんな技術があったとは……

魔王

どうだ、魔族もなかなかのものだろう?

勇者

おお、この果物もうまい!
こんなものを毎日食ってたのか?

 魔王の言うことも聞かず、勇者はムシャムシャと食事を続ける。

魔王

……ところで、支配する地域がどうのこうのと言っていたが、一体どこをしていすると言うのだ?

 魔王が指を鳴らすと、そばにいたガーゴイルが地図を持ってきて魔王に渡す。
 それを、テーブルに広げ、勇者に尋ねた。

勇者

ああ、そのことだが……

 勇者は地図を見ると、こくりと頷く。

勇者

この世界の陸地すべてと、国の領海すべてを貰おう!

魔王

……え?

勇者

いや、この世界は陸地が3割、海が7割だから、陸地だけでは半分にならない。だから領海を貰えば大体半分になると思うのだが……?

魔王

い、いや、そうではなくてだな、つまり私の支配下は海しかないということになるのだが?

勇者

うむ、そうなるな。

魔王

アホか! 陸地が無ければ意味がないだろう!

勇者

なんだ、陸地が必要なんだ。なら、南極大陸くらいは残してやろう。

魔王

人がいなければ意味が無いだろう! 何を言っている!

勇者

え、いや、こっちが指定した場所を半分くれるという約束だろう?
場所を指定させてくれると言ったのは魔王の方ではないか。
その条件で俺は契約したわけだが……

魔王

ダメだ、そんな契約無効だ! 認められるか!

勇者

ほぉ……魔王自ら契約を結んでおいて、契約を破棄するというのか?

 魔王が机を叩いて立ち上がると、グラスが倒れ、入っていたリンゴジュースがこぼれた。

魔王

私はそんなつもりで契約したつもりはない!
せめてもの便宜を図ったつもりだったのだ!
こんなこと、契約破棄以前の問題だろう!

勇者

ふぅん、そうか。
別に、そっちがその気なら、別に契約破棄でもいい。
だが、それでいいのか?

魔王

……はぁ? どういうことだ?

勇者

契約破棄するなら、こちらにも考えがある、ということだ。

 かじりかけた果物をテーブルに置くと、勇者はゆっくりと立ち上がる。それを警戒し、ガーゴイルたちは武器を構えた。

勇者

俺たちの冒険は、魔王を倒すことで終わりを迎えるはずだった。魔王を倒すことで、支配された魔物や人間たちは解放され、それぞれ平和に暮らす。魔王を倒すことで、平和を取り戻すことが、俺たちの使命だ。

勇者

しかし、もし俺たちが魔王を倒さなければどうなるだろう?
魔王に支配された魔物たちは、きっと悲惨な生活を強いられるに違いない。

魔王

……どういうことだ?

勇者

契約破棄をした場合、俺たちは魔王に戦いを挑む。だが、完全には倒さず、生きたまま捕える。そして、人間たちの前でみじめな姿を晒すことになるだろう。
魔王の手下たちは人間の支配下に置かれ、魔物たちは害獣として退治されたり、見世物にされたりするだろう。
肉が旨いなら、食用にもされるだろうな。

魔王

なっ……そんなこと、出来るわけが……

勇者

出来るさ。何しろ俺たちのパーティーは全員LV99(レベルカンスト)だし、魔王を倒すなんてわけはない。
仲間がやられたのは、俺が仲間の動きを封じてステータスを下げたからだし。

勇者

それに、あまり表だって活動はしていないが、国の兵士たちも指導して鍛え上げたからな。
そうだな……この城最強の手下である、アークデーモンくらいなら、兵士一人であっさり倒せるレベルだ。
そんな兵士が一万もいるのだぞ?

魔王

なっ……し、しかし私の軍はそれだけでは……

勇者

どこかに秘密のダンジョンと隠しボスがいる、とでも言いたげだろうが、そんなの俺たちのパーティーで楽勝で突破できるぞ。隠しボスだって、剣士の攻撃三発耐えきれれば大したものだ。

勇者

これほどの戦力差があるのだから、魔王側に勝ち目などない。
それでも、契約破棄するというのか?

魔王

ぐっ……だが、それほどの戦力差があろうとも、そんな条件、飲むわけには……

勇者

ほぉ、まだそんなことを言うのか?
さすがにラスボスの魔王様は、言うことが違うらしい。

魔王

当たり前だ! そんな要求を簡単に飲めるわけないだろう!

勇者

はぁ……まるで状況がわかっていないようだな。

勇者

あ、そうだ、魔王よ、お前には一人娘がいたな。

魔王

この際娘は関係ないだろう。

勇者

いやいや、あれは人間から見てもなかなかの美人だ。
存在を知った兵士の中には、捕えて監禁しようと考える者もいたし、独身を貫いてきたこの国の王子様も、魔王の娘なら結婚したいと言い出すほどだ。

勇者

もし魔王が捕えられたら、お前の娘はどうなると思う?

魔王

なっ、貴様ら、魔族の娘に手を出す気か!?

勇者

そうなることも容易に想像できるだろう。
何しろ兵士たちは、禁欲生活でいろいろと飢えているからな。
女なら魔族だろうがなんだろうが、手に出せるなら出すだろうさ。
もちろん、いくら魔族といえど、屈強な男たちの前では手も足も出まい。

勇者

あ、そうだ、いいことを考えた。
魔王を瀕死にして民衆の晒し者にするついでに、娘を目の前で凌辱するというのはどうだろう?
「お父さん、助けて!」と泣き叫ぶ娘を前にして、何もできずに涙を流す魔王。最高のシチュエーションではないかい?

魔王

……お前は悪魔の血が流れているのか?
いや、むしろ悪魔ではないのか?

勇者

いや、魔王の子供ではないのだが?

魔王

んなこと、分かっておるわ!

勇者

……で、契約破棄するの? しないの?

魔王

……

魔王

……

魔王

……わかった、その条件を飲もう。

勇者

さすが魔王、ようやく俺の話を理解してくれたようだな。

魔王

だからその右手に握っている私の部下を放してやってくれ。

勇者

え、あ、すまん、つい熱くなって首を握りしめるところだった。

 こうして勇者は魔王から不平等な契約を勝ち取り、不機嫌になる魔王とともに祝杯をあげた。

 翌日、勇者が魔王の城から戻ってきたのだが……

勇者

みんな、ただいま!
作戦は大成功……

勇者

……って、あれ?

剣士

酷いぞ勇者!
俺たちをこんな目に遭わせるなんて!

魔導士

何故私たちに魔王の最強呪文をまともに浴びせさせたのよ!
防御呪文も唱えられないし、流石に死ぬところだったじゃない!

賢者

信じられません!
勇者として何を考えているのか、私には理解ができません!

勇者

あ、ああ、すまんすまん、あれは魔王を油断させるためで……

剣士

ほぉ、そんなことで許されるとでも?

賢者

これはお仕置きが必要ですね。

魔導士

ではたっぷりと私の魔法を浴びてもらいましょう。
もちろん、魔王の最強魔法レベルの、ね。

勇者

え、ちょ、ちょっと、うわぁぁぁ!

 勇者はこの後仲間からたっぷりお仕置きをされたらしい。

 こうして世界は平和になったが、魔王の領域に入ると魔王砲が飛んでくるため、ちょっとだけ漁業がやりにくくなった。

魔王の誘惑

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