Ⅰ 与えられた奇跡

 ある小さな村の外れに、意地悪な女と二人の少女がひっそりと暮らしていた。二人の少女は、労働力を必要としていた女が村へ来た軍人から買ったのだった。浮民の子だ、と軍人は説明した。女はそれを信じ、銀貨一枚と交換でボロ布を纏った少女二人を引き取った。
 その日から、女は母となり、少女たちは娘となった。
 もちろん、そこに愛情はない。

リゼット、街に行ってこの籠を売ってきなさい。はい、これは昼食の林檎よ。

はい、お母様

ほら、グズグズしないで早く出て行って

 母親はリゼットに、自ら編んだ籐の籠を押し付け、粗末な家から出した。母親は意地悪だった。けれどリゼットは耐えていた。なにしろ自分が頑張らなければ、幼い妹のマノンにまで八つ当たりされてしまうのだ。
 それにリゼットは街へ籠を売りに出かけるのが、そんなに嫌ではなかった。途中で通る森の木々の、鮮やかな色彩を見ると心が安らぐから。

それに――大好きな歌を、こっそり口ずさめるのもいいわね

 リゼットは幼い頃、今日と同じように母親に用事を押し付けられ森の中で泣いているときに、自分より少し年上の男の子に励まされた。
その美しい歌声に感激し、自分もそれをなぞるように歌っている。心を奪われた少年の声にはとうてい及ばないが、いつか近づけるようにと、時間を見つけては一人で歌の練習をするのだ。苦しいことばかりの日々の、それはささやかな支えでもあった。
 だからその日も歌を口ずさみながら、リゼットは森の中を進んで行ったのだ。
 森へ入って少しした頃、突然、激しい雨が降ってきた。
リゼットは大きな楡の木の下で休むことにした。

あら、どうしたのかしら?

 リゼットの視線の先、楡の木の根元に、一人の老婆が倒れているではないか。粗末な服に、防寒用のマントを纏っている。荷物はやはり麻で出来た袋が一つで、何かを盗られたような形跡はない。おそらく、山道を歩いた疲れで体調が悪くなり、この場で行き倒れてしまったのだろう。
 リゼットは放っておくことが出来ず、すぐに駆け寄り老婆を抱き起こした。

お婆さん、大丈夫?

ああ、ありがとう、娘さん。少しお腹が減ってしまってね

それは大変。これを食べて元気を出して

リゼットは食事として持たされた林檎を差し出す。

いいのかい?お前の食事なのだろう?

いいのよ、私はまだ動けるもの。それよりお婆さんのことが心配よ

ありがとう。お礼に、お前に力をあげよう。こちらへ向けて頭を下げてごらん

 老婆は娘の頭に手をかざすと、なにやら謎めいた呪文を唱えた。

はい、これでおしまい。これからおまえは泣くたびに、涙が宝石になる

何それ、怖い……まあ良いわ。お婆さんの笑顔が見られて嬉しいから

戸惑いながらも、リゼットは老婆に礼を言う。

本当にありがとう。助けてもらって心から感謝している。今、お前に授けた力はこれからきっと役に立つだろう

 そうして二人は別れた。

 リゼットは街の市場に着くと、籠を並べて売り始めた。

籠はいかがですか?丈夫で長持ちする籠ですよ

声を張り上げるのは得意ではないけれど、お客さんに立ち止まってもらわないことには、商売は成り立たない。リゼットは一生懸命に声を張り上げる。
 そこへ熊のように大きな体をした中年の男が現れ、卑しい笑みを浮かべながら、リゼットに声をかけた。

なんだこの籠は。まるで素人が作った出来損ないだな

 売り物を侮辱され、リゼットの頭に血が上る。

そんなことはありません。これは私の母が心を込めて作ったもので、とても丈夫で使い勝手も良いのです

リゼットは痛む心を抑え、毅然とした態度で返した。

どれどれ、ではよく見せてもらおう

 そう言うと男は籠を両手で持ち、左右に引っ張った。

次の瞬間、籠は大きく裂けてバラバラになり、地面に落ちてしまった。

そんな……どうしてそんなひどいことをするのですか!

 リゼットの瞳から涙が零れ落ちた。
 

するとその瞬間、不思議なことが起こった。涙が全て、色とりどりの美しい宝石に変わったのである。

なんてこと……!あのお婆さんの言っていたことは、本当だったの?

 市場の人々はみな驚いて、あたりは騒然となる。
 リゼットは籠を売る代わりに、瞳から落ちた宝石をお金に換えて持ち帰ったのだった。

Ⅰ 与えられた奇跡

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