チェックポイントキーパーの掟
チェックポイントキーパーの掟
目を覚ますと知らない部屋にいた。
あっ、あれ？
自分が寝ていたと思われる場所は卵形のベッドで、素材は非常に柔らかいクッションのような素材で作られている。
内面は絹のような手触りで押すと軽く反発が返って来る。
しかし、絹で出来ている訳では無い様だ。
目覚めたのは自分だけだったらしく、６個あったカプセルの中は空だった。
此処どこだっけ……
寝すぎた時のように頭の中がボンヤリとしていた。
こんにちは”勇者モテナイ”
イルカに似た小さい物が目の前に居た。大きさは拳より一回り小さいぐらいだろうか。
私の名前は”ピポット”。
貴方専用の案内役です
見た目はちいちゃくて可愛らしい。
なんだ？ こいつ？？
俺は頭を撫でようとした。
ところが頭を撫でるどころかピポットの体そのものに触る事が出来なかったのだ。
ああ、私は貴方にしか見えないのですよ
ピポットは空中をクルリと回転してから目の前をゆらゆらと泳いでいる。
俺の名前はモテナイなのか？
まず、最初に情けない感じの自分の名前を確認してみた。
はい、そうです。
ご自分でお決めになったのですよ？
なんだか、納得がいかないような気がするが、決まっているのならしょうがない。
記憶が混乱する中で、部屋の外に出て建物から街道に出た。
きゃぁーーーー
道行く女の人が俺を見て悲鳴を上げる。
ふふっ、イケメンに生まれたサガなのか……
ふと自分の身体を見たら、出てはいけない物が”こんにちわ”をしていた。
これが原因だったのか……
俺は傍に落ちていた粗末な布を体に巻いた。
これで少しはマシになっただろう。
少しブラブラと歩いて小さな市場の様な場所に立ち寄った。
街道には様々な人種が居て、人の形をしている方が珍しいくらいだ。
この世界に居る動物は異様だ。
それは肉を売っている露店を見れば分かる。
もちろん俺が記憶していた家畜と比較してなのだが、鶏は足が４本生えているし、牛の乳房は８つ付いている。
次に見たのは穀物を売っている露店だ。
農作物も大きかった。
小麦は一粒一粒が人間の拳程もある。
これなら一粒で腹が一杯になりそうだな……
しかし、目が覚めたばかりの俺は腹が減って無かったのだ。
魔法が使えるのだろうか？
何故か最初に思った事だ。
魔法はどうやって使えば良いんだ？
モテナイはピポットに質問した。
唱える詠唱はアルファベット３文字で唱えて下さい。
例えば”家に帰る”魔法の場合にはＩＧＨ（あいじぃえいち）です
ピポットから噴き出しのような物が出て答えた。
一辺、英語に直さないと駄目なのか……
めんどくさいな
俺の視界の端にいつも案内役の妖精ピポットがいた。
ギルドはどこだ？
俺はピポットに質問した。
ギルド…… なんですか？ それは？？
俺も知らない。何となく頭に浮かんで来たキーワードだ。
街道を歩いていると、とある民家の前に人だかりが出来ていた。
”どうしたのか？”と村人に聞くと、一族の長の娘が病気になっているそうだ。
治すには山奥の洞窟にある秘宝が必要だ。
黒っぽい細長い箱らしい。
秘宝を探して来てくれる勇者を、霊媒師が異世界から呼び出したと言っていた。
ああ、それで目が覚めたのか……
何となく目覚めさせられた理由が分かった。
きっとこのイベントの為だろう。
俺は家の中に入り、霊媒師に面会した。
塔みたいな建物で目が覚めたんだけど……
霊媒師は粗末な布を巻いただけの俺を見ながらため息を付いた。
……随分とガリガリじゃのぉ
どうやら筋肉マシマシのマッチョな男を想像していたらしい。
ガリヒョロの俺は期待外れなのだろう。
呼んで置いて、その反応？？
俺は感情が顔に出るらしい。
憮然としていると霊媒師は何事かを唱えた。
すると俺が身に着けていた布は、剣士の服装になり腰には剣が供えられていた。
こんなもんかのぉ
じゃ、いってらっしゃい
……ずいぶんと軽いノリで言われてしまったが、行かない訳にはいくまい。
でも、一人では行けないので通りすがりの侍、薬師、霊媒師に声をかけて集めた。
「ああ、良いですよ」
彼等も一緒に行ってくれると言う。
余りにも上手く行きすぎて、ちょっと妙な引っ掛かりを覚えたが、面倒が無い方が助かる。
途中で洞窟の案内人と名乗る人物を仲間に加えた。
総勢五人だ。
パーティーとしては標準だろう。
パーティー？
……何でそんな単語が出て来るんだ？？
そんな事を疑問に思いながら歩いていると洞窟に着いた。
案内人によると洞窟は全部で８階層あり、途中の魔物を倒さないと先の階層に進めなくなっているらしい。
しかし、仲間たちの手助けもあり、次々と階層を攻略できた。
最下層には最後のしぃぴぃキーパー・賢者が居た。
賢者は年老いた男のような感じで、流木に粗末な布を被せた様な感じだ
待て、お前は勘違いしている
賢者はこの期に及んで妙な事を口走っている。
しぃぴぃ（ＣＰ）とはチェックポイント。
関門の事だ
それは分かっている。
自分の使命を思い出せ！
私を倒しても問題は解決しないぞ、正しい選択をするのだ
俺の使命は賢者が握っている細長い箱を持って帰る事だ。
それで村娘の命が助かってクリアーだ。
クリアー……
何でそんな単語が出て来るんだ？？
俺は頭を振って邪念を吹き飛ばした。
だが、断るっ！
俺はお前の手下に成る気は無い！
”ズバァーーーーッ”
モテナイは剣を振りぬいて賢者を切り裂いた。
賢者は塵となって消えていく。
モテナイの勝利だ。
「やたぁ！」
仲間たちが歓喜の声を揚げた。
俺はドヤ顔で剣を頭上にかざして見せた。
その時。
『ヴィーッ ヴィーッ』
突然響き渡る警報音、地面と思われていた部分が移動を始める。
やがて、床の下に満点の星々が輝いているのが見えるようになった。
観測窓の一部なのだろう。
睡眠娯楽プログラムが中断されました
無機質な音声が流れて来る。
最下層のキーパーを破った時に、これ以上は時間の無駄と判断した中央制御装置が、強制的に覚醒させたようだ。
強制的な覚醒は、人間に記憶障害を与えてしまうので、緊急時以外は禁止されている。
中央制御装置は人間の判断を求めています
この辺で納得が出来た。今までのはシミュレーションだ。
宇宙空間を行く間の冷凍睡眠時に脳のリハビリ用に設定しておいた奴だ。
脳はたとえ僅かでも活動させておかないと、意識が意味を消失してしまう。
自我を保てなくなるのだ。
そして、俺は滅亡した地球から、他の惑星に向けて旅をしている、巨大移民ロケット”ヌトソエ”の航海士だったのだ。
当船の航路上にある星系で、超新星爆発のニュートリノを検出しました
今、船は恒星の最後の輝き（超新星爆発）に巻き込まれようとしているのだった。
『航路を変更して良いか？ [Y/N] 』
これを押させる為だけに超長期睡眠から目覚めさせられたのだ。
自分はシステムの保守要員だ。
航海の時に人間でしか判断できない緊急事態の時には、催眠から目覚める様にプログラムされている。
彼は余りの事に唖然として座り込んでしまった。
長期冷凍睡眠時、退屈しないようにセットしておいた『しょっせつやににょろにょろ』プログラムと現実を混同していたのだ。
完全に覚醒して唖然としたモテナイは、中央制御装置（マザー）に向かって叫んだ。
中央制御装置（マザー）！
衝撃波が来るまでの時間は！？
モテナイの背中を汗が一筋流れていく。”これでは『勇者』では無く『愚者』ではないか……”
…… 今です……
中央制御装置からの回答は素っ気無い物だった。
船を凄まじい衝撃が襲う。
モテナイは部屋の中央にある制御装置から、部屋の端まで優に二十メートルは弾き飛ばされた。
間に合わなかったのだ。
回避する為の貴重な時間は、無益な空想ごっこに費やされ、自分を覚醒させる為のプログラムで、無駄に過ごしていたのだ。
現実に気が付いたときには何も出来ない。
唖然とした愚者モテナイは、白い光に包まれて蒸発して行った。
