ブラック企業バンザイ!
みかん勇者

~落語 千両みかんより~

異世界ブラック商店

とある世界のとある場所。
そこにはブラック商店で働く勇者さんという若者がおったとさ。

大旦那

うちの息子が最近元気がないんだよ。
君は息子の幼なじみだ。
息子も大きくなった。
親には言えない悩みもあるだろう。
それとなく聞き出してくれないかい?

勇者

はあ、若旦那が。
へい。かしこまりました。
(っち! てめえ安月給しか払わねえで何言ってやがるこのクソ野郎が!)

若旦那の家

勇者

若旦那。
若旦那。
生きてますか?

若旦那

はあ、生きてますよ……

そこにはわざとらしく頭から布団を被りめそめそと泣く若旦那がいた。

勇者

どうしたんですか?
泣いてばかりいると体壊しますよ。
(まったく泣けばなんでもわがままが通ると思いやがって……)

若旦那

もうこんなに苦しいなら死んでしまいたいよ。
いえねえ。
明けても暮れても、あのことしか思い浮かばないんだよ。

勇者

死んでしまいたいってアンタ……
あー、でも寝ても覚めてもそれしか考えられないほど苦しいんですね……
そりゃ重傷だ。

若旦那

そうなんだよ……
あの、ふっくらとした、つやつやの、すべすべとした……

勇者

ほう。
(このクソガキ。色気出しやがって。女の話かよ)

若旦那

固くて……ぽちょっと緑色があって……

勇者

……はい?

若旦那

いやだからね、こう大きくて……

勇者

なんだか、おかしなお嬢さんですねえ。
どこのお嬢さんですか?

若旦那

お嬢さん?
君は何を言っているんだい?

勇者

女じゃないんですか?

若旦那

女?
君は何を言ってるんだね?

若旦那

女なんかじゃないよ。
アレが手に入りさえすれば……
ああ……死にたい……

勇者

あんた死ぬなんてて大げさな……
アレってなんですか?

若旦那

そんな恥ずかしいことは人に言えないよ!

勇者

若旦那ねえ。
人に言えなかったら手に入るわけがないでしょう。
ほれ早く言いなさいよ

若旦那

恥ずかしい!
……あれはキメの細やかな。

勇者

(やっぱり女じゃねえか)

若旦那

あのすべすべとした……

勇者

若旦那。
恥ずかしいことじゃないですよ。
はい頑張れ!

若旦那

……いいニオイのする。

勇者

がんばれー!

若旦那

みかんが食べたい……。

勇者

……はい?

若旦那

みかんが食べたいんだ……。

勇者

あのねえ。
なんだミカンくらい。
いくらでも買ってきてあげますよ。

若旦那

本当かい!?

勇者

ええ。
買ってきますよ!

勇者

やれやれ。
まったく面倒くさいなあ。

ブラック商店

大旦那

それで、息子の様子はどうだった?

勇者

それがですねえ。
若旦那は夢中なんですよ……つやつやの……

大旦那

おい、それはもしかして!

勇者

肌のきめ細やかな……

大旦那

ど、どこのお嬢さんだい?

勇者

って思うでしょ。
ところかミカンでした。

大旦那

へ?

勇者

だからミカン。

大旦那

……何を言ってるんだい?

勇者

だから若旦那はミカンが食べたいそうです。

大旦那

……それでどうするんだい?

勇者

ええ。
蜜柑を買ってきてやるって約束しましたよ。

大旦那

……お前……何を言ってるんだい?

勇者

へ?

大旦那

今は何月だと思ってるんだい?

勇者

9月ですね。

大旦那

蜜柑の季節は?

勇者

へ?

大旦那

あのね。蜜柑の季節は冬でしょが!
このクソ暑い中で売ってるわけがないでしょ!

勇者

え?

大旦那

売ってるわけがないでしょが!

勇者

えええええええ!

大旦那

お前どうしてくれるんだ!?

勇者

へ?

大旦那

これが原因で息子が死んだらどうするんだと言ってるんだよ!

勇者

どうなるんで?

大旦那

そりゃ主に対する反逆罪でお上に差し出すことになるだろうねえ。

勇者

えええええええええ!

大旦那

反逆罪はたいへんだよ。
死刑だからね!

勇者

ひええええええええええええ!

これはたいへんだ。
どんな手を使っても蜜柑を用意しなければならない。
死刑は嫌だ。
だいたいなにが主だ!
時給800ブロンズ、社会保険なし、サービス残業付きで何を言ってやがる!
死刑なんて割に合わない

勇者は走った。
これ以上ないくらい狼狽しながら。

勇者

お、おい八百屋!

八百屋

おう勇者。
どうしたそんなに慌てて。

勇者

ミカン!
ミカンくれ!

八百屋

お前バカか?
今は9月だぞ。
あるわけねえだろ。

勇者

そりゃわかってるんだ!
でも蜜柑がないと俺は主殺しで処刑されちまう

八百屋

おー、主殺し……
そりゃキツい刑だな……

勇者

知ってるのか?

八百屋

ああ、こないだ処刑を見てきたからな。
まずな足を片方ずつ二匹の牛に縛り付けるんだ。

勇者

ほう。

八百屋

それでセットしたら二匹の牛をお互い逆の方向に走らせるんだ。
お前真っ二つお前汁ぶっしゃー!
うけけ笑えるー♪

勇者

……お前の店では二度と買わねえ。
ばーかばーか!

八百屋

うるせえテメエが死ね!
あ、そうそう。
どうしても助かりたければヨー●ドー(仮称)に行ってみな。
あるかもよ。

勇者

お、おうすまねえ!

●ーカ●ー(仮称)

勇者

み、み、みかん!
ミカンをください!

勇者

……蜜柑!?

戦士

ミカンだって!

魔道士

なんてことだ……蜜柑に挑戦する猛者が現れたか!

勇者

え?

店の中には屈強な戦士、体じゅうに傷のある男、全身を鎧に包んだ大男、不気味な声を出す魔道士など、猛者たちがいた。
さぞ名のある冒険者なのだろう。
そんな彼らの視線が勇者に集まった。

店長

お客様……お客様は蜜柑を欲しているとのことですが本当の事でございますか?

勇者

ええ!
ミカンを!
ミカンがないと処刑されてしまうんです!

店長

蜜柑は困難な道ですよ……それでも構いませんか?

勇者

え、ええ。もちろん

店長

では異世界へ行ってもらいましょう。

勇者

へ?

店長

パートリーダーさん!
異世界への転送の準備を!

パートリーダー

はい!

勇者

い、異世界?

店長

いいですか?
今から貴方には異世界を滅ぼそうとする魔王を倒してもらいます。

勇者

なにその電波!

店長

いいですか。
異世界で四人の仲間を集めるのです。
そしてオリハルコンで聖剣を作り、究極魔法を習得するのです!
ミカンはその先にあります!

勇者

いやなんでミカンを手に入れるのに魔王を倒す必要が……

店長

さあ! 勇者様! 転送陣に入ってください

勇者

いやだから!

店長

さっさと行けコラァ!

勇者

ぎゃあああああああああああああああああ!

それからの勇者の活躍は異世界の記録に残っている。
常人では狂ってしまうような試練の数々。
四人の魂で結ばれた仲間。

妖精の里で手に入れたオリハルコン。
幻の種族であるドワーフにっよってオリハルコンは聖剣となった。

勇者は四人の仲間と共に魔王の住むデスキャッスルへ辿り着く。
次々と道半ばで倒れる仲間。

勇者は感情を押し殺し正義の心で突き進む。
暴かれる世界の謎。
魔王との対峙。

そして魔王との対決の最中、神が現れる。
そう、この世界を滅ぼそうと画策していたのは神だったのだ。

魔王と勇者は手を取り神と戦うことを決意する。
そしていつしか二人の間に芽生える友情。

勇者!
俺の事は構わず神を倒すんだ!
いや魔王、おれはもう仲間を失いたくないんだ!

友情が奇跡を生む。

二人の心が一つになったとき、究極魔法埼玉ストームが生まれる。

神よ!
お前だけは許さない!

なぜだ!
なぜこの神がちっぽけな虫けらに滅ぼされるのだ。
たとえこの神を倒そうともこの世界は救われない。
魔族と人間は未来永劫殺し合うのだ。

いや違う。
俺と勇者はわかり合えたんだ!

魔王……

そうだこれからは魔族も人間も関係ない!
俺たちが理想の未来を作るのだ!

こうして神を倒した勇者は至高の宝である蜜柑を手に元の世界に戻るのだった。

勇者

なぜこうなった……

店長

おかえりなさいませ。

勇者

なぜミカン一つを手に入れるのに単行本10巻分の冒険をしなければならない……

店長

でもその蜜柑。
一つ1000ゴールドですよ。

勇者

はい?

店長

一つ1000ゴールド。
待っている人に持って帰ってあげてください。

勇者

1000ゴールド……

勇者はなんだか釈然としない。
苦労したのは勇者なのに1000ゴールドのミカンを若旦那に差し出すのだから。

このブラック企業がいつまでもつかなんて誰もわからないのに。

若旦那の家

若旦那

ああ、ミカン……ミカン!

勇者

ええ。蜜柑ですよ。

若旦那

すべすべで……

勇者

それはもういいですから……

若旦那

ではいただこうかねえ。

勇者

そのミカン。
1000ゴールドですからね!

若旦那

1000ゴールド……

勇者

ええ。

若旦那

……安いねえ。

勇者

……

勇者の胸に仄暗い殺意が目覚めた。

若旦那

ああ、ミカンミカンミカン……ああ、なぜ貴方はミカンなの……

勇者

さっさと食え!

若旦那

むきむきむきむきむき。
ああ、蜜柑……10袋あるねえ

勇者

言っておきますが一袋100ゴールドですからね

若旦那

ああ、わかっているよ。
美味しい! 美味しい!

いつか殺そう。
勇者は異世界では抱いたことのないブルジョアへの憎しみに支配されていた。

若旦那

ああ! 美味しい!!!
なんだか元気になってきたよ!

勇者

そうはよかったですねえ……

若旦那

……これはパパの分。これはママの分。
そしてこれは……

勇者

これは?

若旦那

勇者の分。

勇者

はあ……

若旦那

ああ、これをパパとママに持って行ってくれないかい?

勇者

はあ

こうして勇者は蜜柑三袋を渡されたのであった。

勇者

はあ……時給800ブロンズ……社会保険なし。
退職金もないんだろうなあ……
失業保険も出ないし……

勇者

俺が苦労して手に入れたのはミカン一袋。
一袋100ゴールド……それが三袋……あ、そうか……

こうして勇者は蜜柑三袋を持って姿を消したのである。

みかん勇者

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