おかーさんはイケメンがお好き
おかーさんはイケメンがお好き
うちのおかーさんは
テレビとかでよく聞く“シングルマザー”ってやつです。
おとーさんが3年前に死んでから
おかーさんはずっとひとりでボクを育ててくれました。
でも、おかーさんはいっつも明るくて
ちょっとドジだけど元気いぱいなので
ボクは淋しいと思ったコトはありません。
ただ、1個だけ困ったコトが。
おかーさんはイケメン(イケてる男のヒトのコトです)が
大好きみたいなんです。
うちのリビングには、
ボクのハミガキカレンダーの隣にじゃにーずのポスターが
本棚にもボクの絵本にまじって
カンコクアイドルの雑誌がならんでいます。
いいトシして、これはどうかなぁ。
オトナゲない
あ、もうしおくれました。
ボクはトミナガセイヤ。
ちょっとしっかりものの5さいです。
まあでも、おかーさんはボクのために
一生懸命お仕事してくれてるし、
こーいうイキヌキも大切なんだと思います。
でも、ボクある日気づいちゃったんですよ。
そんなにイケメンが好きなら
おかーさんはイケメンとケッコンすればいいのに、って。
だってそうでしょ?
そうすれば、おかーさんはヘトヘトになるまで仕事しなくていいし
おうちにイケメンがいたら、きっとおかーさんは毎日ハッピーなはず。
ね、いい考えでしょ?ボクって頭いい!
セイちゃん?星哉?
早く起きなさい
朝8時。おかーさんがボクを起こしにきます。
もう起きてるよ、おかーさん
ボクはおかーさんとちがって、お寝坊さんじゃないので
とっくに起きてます。
着替えも済んで、
今、最後のクツシタを履いてるとこ。
よし!はけた!
今日はかかとの所が曲がらないで上手に履けました。
ゴキゲンな気分でキッチンへ行くと
テーブルにはいつものシリアルとヨーグルトとバナナが。
いただきます
ホイクエンで教わったように
キチンと手を合わせてご挨拶すると、
先に食べはじめてたおかーさんがそれを見てあわてて
いただきます
と手を合わせました。
おかーさん、
ごあいさつしないで食べてたの?
おぎょうぎ悪い
だって忙しいんだもん
おかーさんはオトナゲない言いワケをすると、
すごい勢いで食べ終えて
ごちそうさま
のご挨拶と同時にイスから立ち上がりました。
そうしてバタバタとお皿を洗ったり
お化粧をしたり
カバンの中身を出したり入れたりしてから
さあセイちゃん、行こう
と言ってハミガキを終えたボクに声をかけました。
ボクが玄関でクツを履いてると、
おかーさんは
おっと、忘れてた
と言ってリビングへ走っていき
行ってきまーす
とおとーさんのブツダンに手を合わせて
それからついでに、
じゃにーずのポスターにチュッとキスをしていきました。
それを見てボクは
やっぱりおかーさんはイケメンとケッコンした方がいいな
と考えたのでした。
ホイクエンで散歩の時間、
ボクはあたりをキョロキョロ見回しました。
どうしたの、セイちゃん?
何か探し物?
それを見た優しいチカ先生が声をかけてくれました。
先生、イケメンってどこにいるのかな?
ボクの質問に、チカ先生は目をまん丸くしました。
い、イケメン?どうして?
おかーさんとケッコンさせるの
ボクの答えに、チカ先生は今度は口をパクパクさせます。
キンギョみたい。
そして、ひとつ咳ばらいをすると
セイちゃんはイケメンのパパが欲しいの?
と頑張ってニコニコしながら言うのでした。
ボクはそのしつもんにちょっと考えてしまいました。
そして今朝のおかーさんのすがたを思い出して
できれば、じゃにーずみたいのがいい
と、答えたのでした。
その日、ホイクエンからかえる道で
セイちゃん、イケメンのパパが欲しいの?
と、チカ先生と同じことをおかーさんはボクに聞きました。
だからボクは
散歩のときに探したけどいなかったよ。
どこにいるのかなぁ、イケメン
と今日のコトを思い出しながら言うと、
おかーさんは驚いた顔をしたあと笑い出して
どこかなぁ。
お母さんは東京ドームか埼玉アリーナ辺りだと思う
と楽しそうにボクの手を握って言いました。
ボクはウラヤマだと思う。
きっと夜か朝のはやーい時間じゃないと出てこないんだよ
あはは、それじゃカブトムシじゃん
なんかカブトムシ欲しくなってきた
よし、夏になったら一緒に捕りに行こう
おかーさんと手をつないで歩いた帰り道は
まあるいお月さまが空に浮かんでいて、
ボクはなんだかシアワセな気分になったのでした。
それから何日か経って、
カレンダーを1枚めくったある日。
セイちゃん、明日遊園地行こう
と、おかーさんが土曜日の夜に言いました。
いつも忙しいおかーさんとお出かけするのは久しぶりだったので、
ボクはすっごくすーっごく嬉しくて大喜びでした。
やったー!!おかーさん、お弁当作ってね!
はいはい
おにぎりね!あとカラアゲとウインナーとゆでたまごね!!
はいはい、美味しいの作るね
明日なに乗る!?ボク、ゴーカートがいい!
いいよ、ゴーカート一緒に乗ろう
あとね!あとね!えっと、忘れちゃったけど、全部おかーさんと乗る!!
分かったから、そんなにはしゃぐと熱出ちゃうよ
そう言われたけどボクは嬉しいのが止まらなくって、
お部屋をピョンピョンと飛び回ったのでした。
遊園地の日はすっごく晴れていて、
ボクはお気に入りのボウシにお気に入りのTシャツを着て、
支度の遅いおかーさんを何度も
はやくはやく
と急かしました。
おかーさんも、オシゴトの日よりカワイイ格好をして
ずっとニコニコしてて
ボクはもうそれだけで嬉しくてしょうがない気持ちです。
ゴキゲンなボクはバスでもおりこうです。
おばあさんに席を譲ってあげたら、
おかーさんもまわりのヒトもいっぱい褒めてくれて
ボクは今日は最高のハッピーデーだと
すごく思いました。
今日がずっと続けばいいのに
夜寝て、目が覚めたらまた今日が始まればいいのに。
そんな気持ちでボクはおかーさんと手をつないで
遊園地に向かったのでした。
山城さーん
こっちこっち!
遊園地に着くなり、
おかーさんが遠くに向かって手を振りました。
逆の手をつなぎながらボクはポカンとして
おかーさんを見上げました。
セイちゃん、今日はね
お母さんのお友達も一緒なの。
いいよね?
しゃがんでボクの目を見ながら言ったおかーさんの後ろから、
男のヒトが走って来るのが見えました。
…イケメンだ…
ボクは呟きました。
じゃにーずよりはイケメンじゃないけど
すごくイケてる男のヒトです。
走って来たイケメンは、おかーさんと顔を見合わせると
ボクの目の高さまでしゃがんで
こんにちは、星哉くん。
僕は山城裕人。
君のお母さんの会社の友達です
って、優しそうな顔をして言いました。
ゴーカートも、メリーゴーランドも、おっきいブランコも
みんなみんなイケメンも一緒に乗りました。
イケメンはボクを抱っこしてくれたり
アイスを買ってくれたり
風船を買ってくれたりしました。
お昼には3人いっしょに
お弁当を食べます。
裕く…じゃなかった、山城さん。
いっぱい食べてね、
お弁当作りすぎちゃったから
もういいんじゃない?
いつも通りで。
星哉くんだって馴れたでしょ
そうかなあ
俺も富永さんて呼ぶの疲れたよ
美沙ちゃんでいいよね
ボクがおにぎりを食べる横で、
おかーさんたちは楽しそうにお話してました。
セイちゃんもいっぱい食べてね。
ほら、唐揚げあるよ
おかーさんはそう言って、
ボクの紙皿にカラアゲをのっけました。
そしてイケメンに
美沙ちゃん料理上手いね
と言われて、
すごく嬉しそうな顔をしながら
イケメンのお皿にもカラアゲをのっけました。
ご飯を食べ終わると、
今度はみんなでゲームコーナーへ行きました。
3人でプリクラを撮るとき、
おかーさんはイケメンと手をつないで、
ボクはイケメンに抱っこされました。
出てきたプリクラを見ておかーさんは赤い顔をして
ヤバい、嬉しい
とイケメンの腕をギュッと掴んでいました。
ボクが飛行機の形をした乗り物を見つけ
のりたい
と言うと、係りのヒトが
これは子供用だから、一人で乗ってね
と言いました。
それを聞いたおかーさんは
ここで見ててあげるから
セイちゃん一人で乗っておいで
と手を振ります。
ボクはおかーさんに水筒を預けて
ひとりで飛行機の乗り物にのりました。
グルグル回る乗り物にのって、
ボクはおかーさんの姿が見えるたびに手を振りました。
けど、何周めかの時に
おかーさんはイケメンと喋ってて
手を振ってくれませんでした。
おかーさんは笑っていました。
すごく楽しそうに、イケメンと笑っていました。
おかーさんはイケメンが好きだから
今日はずっとイケメンが一緒で嬉しいんだ。
ほらね。ボクの思ったとおり。
イケメンと一緒ならおかーさんは
きっと毎日ハッピーなんだ。
だから、おかーさんは
イケメンとケッコンすればいいんだ。
ボクはもう、乗り物が何周しても
おかーさんに手は振りませんでした。
乗り物が止まっても
お喋りに夢中なおかーさんは気がつきません。
ボクは係りのヒトに
転ばないように手を引っ張ってもらって
ひとりで乗り物から下りました。
そして、おかーさんたちのいる
ベンチの所までひとりで歩いていくと、
楽しそうにお喋りしていた
おかーさんがやっとボクに気がつきました。
あ、ごめんねセイちゃん!
終わったの気が付かなかった!
一人で降りてきたの?エライね
慌てながらそう言って立ち上がった
おかーさんの左手は
イケメンと手をつないでいました。
うわああああああん!!
ボクはおっきい声で泣きました。
セイちゃん、どうしたの!?
慌てておかーさんが駆けて来ます。
どうした?
どっか痛いのか?
おかーさんの後からイケメンもついて来ます。
それを見たボクは
お前なんかキライだ!
あっちいけ!!
と言って落ちてた小石を拾って
イケメンに向かって投げました。
コラ!
セイちゃん!
それを見たおかーさんが怒ります。
でもボクはおかーさんの手をつかんで
もう片方の手でまた小石を掴んで投げました。
おかーさんはセイヤのだ!
おかーさんと手をつなぐのはセイヤだけなんだからな!
お前なんかあっちいけ!
ボクは夢中で小石を投げました。
おかーさんは
やめなさい、星哉!
と言ってボクの手を掴みましたが、
イケメンは何も言わずただ立ってボクを見てました。
イケメンは怒ってなくて困った顔をしてたけど、
ボクにはその姿はスッゴクスッゴク怖いヤツに見えました。
そのうちコウゲキをあきらめたボクを、
おかーさんは抱っこして、
ボクはおかーさんにしがみつきながらワアワア泣きました。
――おかーさんはイケメンが好きだから
イケメンといるとハッピーなのに。
おかーさんがハッピーなら
ボクもハッピーなのに。
やだやだやだぁ!!
おかーさん、
イケメンとケッコンしちゃやだぁ!!
今日のボクは全然ハッピーじゃありません。
セイちゃんごめんね。
お母さん結婚しないよ、ずっとセイちゃんと一緒だよ。
セイちゃんが1番大好きだよ
泣いてるボクをぎゅっと抱きしめながら、
おかーさんも泣いてしまいました。
イケメンはそれを見ながら困った顔で立っていて、
ボクはそれを見てちょっとだけ
イケメンが可哀想になりました。
いっぱい泣いて疲れて眠ってしまったボクを、
おかーさんはおんぶして連れて帰ってくれました。
おかーさんの匂いがいっぱいして、あったくって、
とってもいい気持ちで。
ボクはフワフワと揺られながらユメを見ていました。
…私、今日、凄く反省した。
前に新しいお父さんが欲しいって言ってたの
何も疑わず真に受けてた
きっとこの子が欲しかったのはお父さんじゃなく、
私の嬉しそうな姿だったんだよね
優しいね、星哉くん。
美沙ちゃんのコトが本当に好きなんだよ
うん。でもね、
私、この子がしっかりしてるのに甘えて、
最近ちゃんと向き合ってあげてなかった。
ゆっくりおしゃべりしたり、どこかへ出掛けたり
だからきっとセイちゃんは
お父さんが欲しいって言ったんだよね。
お父さんがいれば私がもっとゆっくり出来て
もっとニコニコしてくれると思って
泣かないで、美沙ちゃん。
美沙ちゃんはよくやってるよ
ごめんね、裕くんにも嫌な思いさせたね。
私、早くセイちゃんと裕くんに仲良くなって欲しくて
焦ってたみたい。
セイちゃんの気持ちもちゃんと考えないで…
母親失格だよね
母親失格だったら星哉くんは
こんなに美沙ちゃんのコト好きじゃないよ
それに俺も全然嫌な思いしてないから。
俺の好きな人は子供にこんなに愛されてるんだって、
分かっただけで充分
星哉くんが認めてくれるまで、
俺、何年でも待てるから
……ありがとう、裕くん……
夢心地に聞こえてくるお喋りは
意味は分からないけど、とっても優しくて
ボクは子守唄を聞いてる気分でユメを見たのでした。
朝起きたとき、ボクはおうちのお布団で
キッチンからはいつものように、
おかーさんがバタバタとご飯のしたくをする音が聞こえました。
セイちゃん、昨日はごめんね
朝ごはんを食べながらおかーさんが言いました。
今日のおかーさんは急いでいません。
ご飯もいつものメニューに
ウサギのリンゴとゆで卵が付いています。
おかーさんはイケメンとケッコンしたい?
ボクは聞きました。
ボクはおかーさんのハッピーをあきらめられないのです。
今はいいよ。
お母さんにはセイちゃんがいるもん。
セイちゃんが1番大事
でも、おかーさんはイケメンが好きなんでしょう?
ボクがバナナ食べながらそう言うと、
おかーさんはウフフと笑って
そうだね。
でも山城さんよりジャニーズより、
セイちゃんが1番イケメンだから
お母さん今が1番幸せ
そう言いました。
ボク、イケメンなの?
驚いて聞くと、おかーさんは
セイちゃんはセイちゃんのパパに似て、
超ーイケメンだよ
なんて言うので、
ボクは恥ずかしくなって
顔がホカホカしてしまいました。
ところでさー、セイちゃん
山城さんの事イケメンって言うけど…
セイちゃん的には山城さんってイケてるの?
ホイクエンに行く道で手をつなぎながらおかーさんが言いました。
ヤマシロさんは、
ゴーゴーレンジャーのブルーに似てると思う
ボクがおかーさんを見上げながら言うと、
おかーさんは
ああー…あの、おじさんレンジャーね
…確かに似てるかも。
そう言えばセイちゃん、ゴーゴーブルー好きだったもんね…
と、ヘンな表情をして言いました。
セイちゃん的にはアレがイケメンなのかー
そっかー…
おかーさんは違うの?
イケメンだからヤマシロさんとケッコンしたいんでしょう?
あの人は心が超イケメンなの
得意そうにおかーさんは言ったけど、
ボクにはよく分からなくて。
ボクはポカポカのお日さまが照らす道を
おかーさんと手をつないで歩きながら、
やっぱりボクのおかーさんはイケメンが好きなんだ
と思いました。
おしまい。