???

はー。
忘れ物なんてついてないなぁ。
休日前の気分も台無しだよ……。

少女がぶつぶつ言いながら、教室の扉を開ける。

???

ん?
日高じゃねーか。
どうした? 忘れ物か?

まさか人が居るとは思っていなかったのだろう。
日高と呼ばれた少女は、飛び上がりそうになった。

日高

う、うわ!
なんだ、笠原じゃないの。
驚かせないでよ!

日高

あれ、二宮も?

笠原の前に座っていた少年が手を挙げる。

二宮

やぁ、日高さん。

二宮

あれ、日高さん、部活は?

日高

ちょっと足挫いちゃってね。
今日は早めに帰ることにしたの。
それより、
アンタ達こんな時間まで何してるの?

日高

あっ。

日高

か、笠原アンタ……。
望月さんというものがありながら、
二宮と……。

笠原

アホかお前は。

日高

冗談よ。
で、何してるの?

笠原

二宮が面白い実験を考えたから、
話聞いてたんだよ。

二宮

そんなに面白い話でもないけどね。

日高

へー!
どんな実験?

二宮

うーん、
日高さんは普段、夢を覚えている方かな?

日高

そうだなぁ、結構覚えてるよ。

二宮

じゃあ、夢の中では数日も経っていたのに、起きたらほんの数分しか経っていなかった……っていう経験は無い?

日高

うーん、そこまで極端じゃないけど、
近いことはあるかな。

笠原

結構そういう体験してる奴多いんだな。
俺は普段の夢すら覚えてないってのに。

日高

ふっふ、ここの出来が違うからね。

そう言って少女は、自分の頭をツンツンと突いた。

笠原

ぐっ……。
あ、頭の良し悪しは夢に関係ねーだろ。

日高

まぁ、そりゃそうだ。

二宮

あのー、続けても?

日高

おっと、ごめんごめん。
どうぞ。

二宮

それでね、この図を見て欲しいんだ。

そう言って二宮は、1枚の紙を取り出した。

二宮

こんな感じにね、夢の中で夢を見るんだ。
そうすれば、現実ではたった数分の夢でも、体感ではもっと長い時間を体験できるんじゃないかな? って考えたんだよ。

日高

へぇ。
こりゃ確かに面白い。

笠原

この後二宮が実演するらしいぞ。

日高

おっ、本当に?
私も見てていい?

二宮

眠るだけだから、面白いものじゃ無いよ。
実際に出来るかどうかもわからないしね。

二宮

そうだ、日高さんも居てくれるなら、
1つお願いしていいかい?

日高

ん、何?

二宮

さっき話した通り、
この実験では夢の深いところへ行く。
もしかしたら、帰って来られないかも
……なんて。
だから、僕の様子がおかしくなったり、
あまりにも長く眠っているようなら起こして欲しいんだ。

日高

なるほど。
おーけーおーけー、まかしといて。

二宮

ありがとう。

二宮は油性ペンを取り出すと、
手の甲に何やら書き始めた。

笠原

何してんだ?

二宮

ここが現実だとわかるように、
印をつけてるんだ。
学校の夢を見ることもあるだろうし、
その時に夢かどうか区別が付くようにね。

笠原

なるほど、確かにそれはありえるな。

二宮

これでよし……と。

二宮は、手の甲の印を見て、満足気に頷いた。

そのまま机に伏せ、寝る体制に入る。

二宮

それじゃ行ってくるよ、2人とも。

日高

気をつけてねー。
もしもの時はまかしといて!

笠原

気をつけて行ってこいよ。

……でも、都合よく夢の中で眠る夢を見られるかな?

それが、この―験のために、明晰夢―見る訓練してたらし―ぞ。
おかげで、あ―程度はコ――ロールできる―うになった――。

ひゃー。
ぬ―りないねぇ――

――――。

二宮

うーん……。

二宮

あれ……暗い……。

目を覚ました二宮が時計を確認すると、
針は、なんと0時を回っていた。

教室の中に、月の光が差し込んでいる。

既に、2人の姿は無かった。

二宮

2人ともひどいな、
起こしてって言ったのに……。

今日はもう帰ろう。

肩を落としながら、二宮は立ち上がった。

しかし、二宮はふと違和感を覚えた。

二宮

なんだ……この机。

机が、先程まで座っていたものとは明らかに違う。

よくよく見てみれば、時計の位置もおかしい気がする。

二宮は慌てて手の甲を確認した。

そこに印は無かった。

二宮

なるほど……。
ここは夢の中か。

安心した二宮は、床に大の字になった。

二宮

やってみたかったんだこれ。
現実じゃこんなことできないからね。

そのまま目を閉じ、次の夢に向かう――

二宮

う……、何だ。
顔に何か、湿ったものが……。

おい!
何サボってんだ!

二宮

う、うわっ!

突然の怒声に、二宮は慌てて飛び起きた。
目の前に屈みこんでいた馬と目が合う。

顔に当たっていたのは、彼の鼻息だったようだ。

二宮

い、今、馬が喋っ……

そう言いかけた途端、頭に強い衝撃を受けた。

こっちだ馬鹿野郎!

二宮

痛ッ……。
あ、貴方は?

はぁ?
まだ寝ぼけてんのか?
新人のくせに、
初日から居眠りとはいい度胸だよ。
もう一発食らわされたくなかったら、
さっさと働け!

そう言って男は拳を固めた。

二宮が頭を庇いながら後ずさる。

二宮

す、すみません!
すぐにやります! ……しかし、僕は何をすればいいんでしょうか?

おいおい、お前本当に大丈夫か?
さっき教えたばかりだろうが……。

はぁ……、もう一度だけ教えてやる。
次はねえからな。

二宮の仕事というのは、この馬小屋の掃除らしい。

改めて(?)男から説明を受けた二宮は、必死で働いた。

時間はあっという間に過ぎ、夜が来る。

おーい、そろそろ時間だ。

お、中々綺麗になってるな。
やりゃあできるじゃねぇか。

二宮

あ、ありがとうございます……。

それじゃ、片付けたら上がって来い。
飯にするぞ。

そう言って男は、小屋から出て行った。

男を見届けて、二宮は干し草の山に倒れこむ。

二宮

つ、疲れた……。

二宮

はぁー、明日もこれかぁ。
でも、早く慣れないとなぁ。

次第に瞼が重くなる。

二宮

あれ、どうして僕は、
この仕事をしているんだっけ。

ぼやけていく視界の隅に、自分の手の甲が映った。

二宮


何か、足りないような……。

そのまま、二宮の意識は落ちていった。

――――。

苦しい……。

息が……。

二宮

ガハッ!
こ、ここは!?

慌てて水面から顔を出す。

溺れていたらしいが、
どうしてこんな状況になったのか、何も思い出せない。

そこか!
待ってろ!

男性の叫び声が聞こえた次の瞬間、
目の前にロープらしきものが投げ込まれた。

二宮がロープを必死に掴む。

よーし! 離すんじゃねーぞ!

二宮の体が岸へ手繰り寄せられていく。

岸まで来たところで、男に引っ張りあげられた。

危なかったな。
お前の姿を見失った時はどうしようかと思ったぜ。

二宮

はぁ、助かりました。
ありがとうございます。

気にすんな。
お前にはいつも助けてもらってるからな。
お互い様だ。

二宮

え?
あの、どこかでお会いしたことが……?

ん? 何言ってんだ。
……お前まさか、頭でも打ったのか?
自分の事はわかるか?

二宮

僕ですか?
僕は……あれ、誰だったかな……。
馬小屋の、掃除人……?

おいおい、参ったな。
お前がそんな状態じゃ、
この先には進めないぞ。

怪我はないようだが、無理はできないな。
……少し休憩したら、街へ戻ろう。

二宮

す、すみません。
ご迷惑をお掛けしているみたいで。

まぁ、なっちまったもんは仕方ねぇよ。
とりあえず、今はもう休め。
もしかしたら、良くなるかもしれん。

二宮

はい。

二宮は、木陰に横になった。

僕は、誰なんだ?

さっきまでは確かに、
馬小屋の掃除をしていたはずなのに。

掃除を終えて、その後はどうしたんだっけ……。

確か、干し草に倒れこんで、それから……。

二宮

そうか、もしかしてこれは、夢なのか。

あのまま、眠ってしまったらしい。

夢であれば、この奇妙な状況も納得できる。

夢。

夢といえば、最近何か、夢に関係する話をしたような。

……そうだ、これは夢。

二宮は自分の手の甲を見た。

印は無い。

二宮

僕は、順調に進んできているらしい。
体感では、少なくとも1日経過してる。
このままどこまで行けるか興味はあるけど、
適当なところで帰ったほうがいいかな……。

そんな事を考えているうちに、
二宮の意識は落ちていった――――。

二宮

……ここは?

日高

お、起きた起きた。

笠原

おう、おかえり。
どうだった?

二宮

ああ、帰ってきたのか。
何分ぐらい経ってる?

日高

そんなに経ってないねー。
10分ぐらいかな?

二宮

全然経ってないね。
それでも夢は3つぐらい見てたよ。
体感的には1日以上だった。
と言っても、夢の1つが大部分を占めてるんだけどね。

日高

へー!
そりゃすごい。
最初の1歩としては中々なんじゃない?

笠原

ちなみに、どんな夢だったんだ?

二宮

うん、内容はね……。

説明をしようとして動いた手に、ふと違和感を覚える。

何かが、足りない。

二宮

印が、無い?

現実の証である印が、手の甲に無い。

二宮

違う。

笠原

ん、どうした?

二宮

ここは現実じゃない、夢の中だ。

おい、起きろ。
起きろって。
そろそろ出発するぞ。

二宮

あ、おはようございます。

おう、よく休めたか?

二宮

はい、おかげさまで。

俺のことはわかるか?
自分のことは?

二宮

いえ、何も。
……すみません。

ダメか。
仕方ない、街に戻るとしよう。

男に先導され、川沿いを下る。

男は歩きながら、2人の目的を話してくれた。

2人は何かの調査に来ていたらしいが、
二宮にはさっぱり理解できない。

まるで知らない言語のように、
わけのわからない単語ばかりが飛び出してくる。


そうして川沿いを進む内、次第に日も暮れ始めた。

今日はこの辺で休もう。
順調に行けば、
明後日の夕方には街に出られるはずだ。

二宮

はい。

男に倣って、木の根元に寄り掛かる。

二宮

僕はこれからどうなるんだろう。
せめて自分のことや、この人のことぐらいは思い出さないと……。

二宮は何でもいいから思い出そうと努力してみるが、
どうしても、昨日助けられた時以前の記憶が無い。

二宮

ダメだ……。
この人に助けられたことしか覚えてない。
本当に溺れた時頭でも打ったのかなぁ。

この人に助けられた。

二宮の頭に、何かが引っかかる。

二宮

……あれ?
助けてくれたのは、この人だっけ?
そりゃそうだ。
他に人なんて居ないんだし。

でも……。

それ以上は考えられなかった。

意識が、更に下へと落ちていく――――。

二宮

あれ?
ここは?

気が付くと、二宮は真っ白な通路に立っていた。

通路の上部は透明になっていて、
そこから星空が見える。

日高

ちょっと、急に止まらないでよ。

二宮

え? ああ、ごめん。

日高

ぼんやりしないでよね。
アンタがそんなんじゃ、
皆の士気に関わるんだから。

二宮

僕が?
僕は何をしているの?

日高

何よそれ。
アンタ無しじゃこの星の開拓は進まないんだから、しっかりしてよね。本当に。

二宮

星の、開拓……。

日高

ま、色々考えることは多いんだろうけどさ。
悩んでるなら、
いつでもアタシらに相談しなよ。

二宮

ああ、ありがとう。
もう大丈夫だよ。

段々と記憶が蘇ってくる。

この星を、人の住める地にする。

それが僕の役目だ。

作業場に向かい、皆に指示出す。

皆よくやってくれている。
僕達の役目が果たされる日も近いだろう。

二宮

順調だね。
このままいけば、
この星にも人が住めるようになる。
人が住めるように……。

二宮

住めるようにして、どうするんだ?

二宮は頭を抱えた。

どうして自分はこんな事をしているんだろう。

記憶に靄がかかったように、何も思い出せなくなる。

まるで昨日までの事が、夢の出来事のように。

二宮

……夢。
そうだった、ここは。

手の甲に印は無い。

ここは何処なんだろう。

僕は、どれぐらい潜ってきた?

もう、自分の位置も思い出せない。

二宮が眠るのが怖くなった。

これ以上眠ったら、現実に帰れないような気さえする。

それでも、ここは夢の中。
自分の意思で体を動かせないこともある。

事実、今まで見た夢の中では"夢の中の自分"の行動で眠ったことも多かった。

僕は、この夢の中から出られるのか……?

2人とも、早く起こしてくれ……。

あるときは学生。

あるときは兵士。

あるときは宇宙開拓の指導者。

二宮はそれからも、夢の中を旅し続けた。

何日も、何ヶ月も、何年も、何十年も。

夢の内容はすぐに変わる。

寝て覚めれば、そこは別世界だった。

僕はいつまで、夢を見ればいい?

ここは一体、何処なんだ。

僕は一体、誰なんだ。

僕は――

――おい。

大丈夫か? 起きろよ二宮。

おい、二宮!

二宮

っは!

笠原

おはよう。
お前、かなりうなされてたぞ。

日高

ほんと、すごい汗。
どんな夢見てたの?

二宮

ここは……、やっと、帰ってきたのか。
僕が眠ってから、何時間経ってる?

日高

そんなに経ってないねー。
1時間弱ってところ。

二宮

そう、か。
僕は、何十年も夢の中を彷徨っていたよ。

日高

へ、へぇ!
すごいじゃん!
最初の1歩としては十分すぎるんじゃない?

笠原

たった1時間で、年単位の夢を見たのか。
大冒険じゃないか。
どんな内容だったんだ?

二宮

うん、内容はね……。

二宮

あっ!

二宮は慌てて手の甲を確認する。

あった。

体感で言えばこの印を書いたのは何十年も昔の話だが、
忘れるはずもない、自分で書いた印がそこにある。

二宮

良かった。本当に。
それで、夢の内容なんだけど。

二宮が言いかけたところで、
学校のチャイムが教室に鳴り響く。

笠原

おっと、午後の授業が始まるな。
席に戻ろうぜ。

日高

ちぇっ、これからってときに、残念だね。
こんなんじゃ気になって授業なんて頭に入らないよ。

笠原

お前は普段から授業聞いてないんだから変わらないだろ。

日高

ま、それもそうだね。
二宮くん、また後で夢の話聞かせてね。

二宮

うん、またあとでね。

2人は席に戻っていった。

二宮も夢の話をしたくて仕方がなかったが、仕方ない。

授業を受ける夢もいくらか見たが、
現実の授業は久しぶりだ。
折角の再会に水を差された形だが、
なんだか嬉しかった。

やっと現実に帰ってきたのだ。
話す時間はいくらでもある。

全員居るなー。
午後の授業を始めるぞ。

午後の授業が始まった。

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